第13話 死(10/15 '22 改

「こちら、ジェイと共に、スロートバイトの取引場を潰して来ました。そこは、ヴァンパイアの溜まり場にもなっていたようです」

 アサトは頼まれた仕事を終えたことを報告した。


「そうか、よくやった。だが、こちらにも残念な報告がある。オグマ=ヨウヘイがやられた。共に居た組員も全滅したようだ」


「……そうですか」

「だが、大きい取引場を潰したのだ。ヴァンパイア共、しばらくは大人しくしておろう。そして、今度はリュウザキを潰す気だ。

「だから、ジェイを、リュウザキの元に向かわせる」


「しかし、オグマには吸血痕があったそうです。ということは、ジェイの認識阻害は通用しない可能性があります」


「前にも言ったろう。認識阻害はオマケみたいなもんだと。そもそも、余等でさえ息の根の止め方を知らんのだぞ。そんな奴をどうやって倒すつもりだ」


「しかし、ウラト様。奴には致命的な弱点があります」

「弱点ねぇ……まさか『アレ』が効くとは思っとらんだろう」

「ですが、万が一、ということはあります。

「私が恐れていることは、奴の力が向こうに渡ることです」


「ふむ……」

 ウラトは、考え込むように顎に手を当てる。しばらくの間、思案していた。


「フハハハハハ」

 ウラトが急に笑いだしたので、アサトはおじ惑った。


「奴を餌にするか!それはそれで、面白いことになりそうだ」

「ウラト様、笑い事ではありません。それこそ避けねばならぬことでは……」


「アサト、余が行き当たりばったりで動いていると言うのか?前にも言ったろう『他に手は打ってある』と」


 空元気などではなく、本当に「他に手は打ってある」のだろうか。

 もっとも、部下を安心させる為のフカシだとも考えられなくはないが。

 アサトはウラトの考えが、まるで読めなかった。



***


「部長、昨夜僕達が『オニキス』で仕事をしてた時に、人体爆発事件が発生したという話ですが」


 サトシは研究所内のパソコンから、コウゾウにリモートでやり取りをしていた。


『その話ね。きっと俺達が『オニキス』に行くっていうタイミングを狙ってやったんだろうな』

 コウゾウは溜息をついた。


「それなんですけど、部長。現場の監視カメラの映像って見せて貰えますか?」

『わかった』

 コウゾウは監視カメラの映像を送った。それには、惨たらしく人体が四散している様が写っていた。


『……いつ見ても酷いねこれ……』

 コウゾウは、仕事で見る機会が多いからか、死体には慣れてはいた。そんなコウゾウであっても、この映像は目に余るものだった。


『セントウダ君、どう?なんかわかった?』


「部長、コウモリです」

『コウモリ?』

「コウモリが、大量に身体の中から出てくるんです。それこそ人体が爆散四散するくらいに」

『コウモリ?そんなの全く見当たらないけど…』


「もしかしたら、僕だけが見えているんでしょうね。とはいえ、部長にも『人体爆破』という事実は見えている。十中八九、こいつが原因でしょう」


『ところで、誰が、そんなおっかないことしてるの』

「そいつも写っています。金髪で、黒いスーツを着た男です」


 コウゾウはまじまじと映像を見たが、サトシの言う男を見つけることは出来なかった。


『うん、見えないね』

「わかりました」


『……原因はわかったけど』

「無理です」

 サトシはキッパリと答えた。


「原因を取り除けって言うんでしょう。だから無理です。僕も、爆散四散するのがオチです」


『……君の言いたいことはわかるよ。でも、一応原因がわかったことだし、上に報告するからね』

 コウゾウは力なく答えた。



***


――龍崎宅。


「イハラさんとこの応援ってあんただけか?」


 ゲンジロウはアサトしかいないのを見て、不満を漏らした。

「ジェイ、リュウザキさんに姿を見せてくれ」

「わかった」


 ジェイはアサトに言われるまま、ゲンジロウに対する『認識阻害』を解いた。


「あんた、いつからそこにいたんだ?……もしかして、前に、オグマが言ってたやつか?」

「そういうことになるのだろうか。ヨウヘイと、何の話をしたのかわからないが」


「襲撃者の対応は、ジェイだけで充分でしょう。無闇に加勢すれば、かえって死人が増えます」


「アサト。ウラトから『私の監視』を命じられていたのではないか。私だけ行かせるようなことは、度々あったが。今回の場合、私の元から離れることになるだろう。それは、命令違反にならないのか」


「自分から、監視されたがるやつがあるか……」

 アサトは呆れてしまった。


「何事にも例外はある。今回は、相手が私の姿を認めたら、逃げ出すかもしれないからだ」


 向こうは、伊原家が動いていることは承知しているだろう。だが、自分は主人と――首謀者ウラトと――最も近しい関係にあるのだ。

 シッポを掴ませるような真似は、避けた方がよい。そう、主人は判断したというわけだ。

 ただ、ゲンジロウがいる手前、そこまでは言わなかったが。


「お待たせしました。私が、リュウザキさんを安全な場所にお連れいたします」

 アサトはジェイとの話を切り上げ、ゲンジロウを自分が乗ってきた車に案内する。


「そうか。じゃ、頼んだぞ」

 ゲンジロウは承諾し、アサトの案内で車に乗った。


「しばらくしたら、オグマを殺した奴が来るはずだ。ジェイ、そいつを始末しろ」

「わかった」


 アサトは車に乗り、ゲンジロウと共に、その場を後にした。



***


 コウゾウは、サトシと共に車で龍崎宅に向かった。

「リュウザキはもういないでしょう。僕は、金髪の黒スーツ男にミンチにされるんです」

「そういう話、やめようよ」

 コウゾウは笑顔を作ろうとしたが、顔が引きつっていた。


「ミドリ製薬にしては、いい厄介払いじゃないですか。だって僕は――」

「セントウダ!」

 コウゾウはサトシを制止した。険しい顔になったが、すぐさま笑顔に戻る。


「これは仕事だから仕方がない。でも、俺はミンチになって欲しくないよ……だから、無理しないで。逃げていいから」

「逃げてたらこんなところにいません」

「だよね」


 龍崎宅に着く。コウゾウは停車し、サトシを下ろした。


「終わったら、連絡頂戴」

 コウゾウは、車でその場を後にした。


「……期待させないでください、部長」

 サトシは、小さくなっていく車を見送った。


 ――数時間前。

「セントウダ君。今夜、龍崎宅へ行ってこいって。リュウザキを、始末してこいってさ」

「人体爆発の件は報告したんですよね?」


「報告したら、これ渡された」

 コウゾウの手には、木製のロザリオが握られていた。


「なんですか?これは」

「コウモリが見えるって言ったからかな」

「ふざけんな!」

 サトシは怒りを顕にした。


「あはははは」

「部長!笑ってる場合ですか!!」


 実質、ミドリ製薬は匙を投げたということだ。サトシが怒るのも無理はない。わかってはいるのだが、今のコウゾウには、笑うことしか出来なかった――


「――なんで、僕は、こんなのを持ってるんだろう……」

 サトシは、ロザリオを手に取って眺めていた。程なくして、それを懐にしまった。



***


「……お前が、連続人体爆発事件の犯人か!」


 サトシの目にターゲットマークが浮かび、パンッという発射音がした。音と共に、ジェイが倒れる。


「やったか!?」


 銃痕から、血がとめどなく溢れてくる。流れている血は、コウモリに変化した。


「まずい!」

 サトシは、次から次へと湧いてくるコウモリを撃ち落とした。


「私が『見える』のだな。お前が、ヨウヘイを死なせたのか」


 ジェイはすくっと立ち上がる。銃痕は跡形もなくなっていた。


「あなた、ヴァンパイアか。私は『ヴァンパイアは始末しろ』という命を受けている」


 ジェイは一瞬、姿を消す。姿を表した瞬間、サトシに殴りかかった。

 サトシは、辛うじて避ける。避けられたが、鋭い一撃であった。発生した衝撃により、吹き飛ばされた。


「ぐっ……」

 サトシは地面を転がりながら、なんとか体勢を整えようとする。ジェイは、追い打ちをかけるようにサトシに迫った。


 地面に転がった時、懐にしまったロザリオが落ちた。サトシは、とっさにそれを拾い上げる。


「畜生!こんなもん!」

 サトシはそれを地面に投げ捨てようとした。

 その時である。


 ジェイの動きが止まった。そして、その場に崩れる。


「え?」

 サトシはロザリオを見る。続いて、その場で倒れているジェイに目を向けた。


「え?もしかして、これ、弱点だったの?」

 これが、今までの惨劇を引き起こした張本人の幕切れか。あまりにも呆気ないではないか。


「アッハハハハハ!!」

 サトシは、ひとしきり笑う。存分に笑ったあと、ジェイに近づいた。


「それにしても、驚いたよ。まさか十字架が弱点なんて」

 サトシは、ジェイの髪を掴んで顔を上げさせた。


「でも、あんた強いよね……あんた吸ったら、どれだけ強くなるかな?」


 今のジェイは、指一本動かすことさえままならない。まさに、死に直面しているような状況であった。それでも、眉一本動かさなかった。


「自分がどういう状況か、わかってる?まぁいいけどさ。どうせ、死ぬんだし」


「私は死ぬのか?死んだらどうなるんだ?」

 死ぬ間際にしては、妙に悠長な事を言い出した。サトシはずっこけそうになった。


「これから、教えてあげるよ」


 サトシは、ジェイの喉に牙を立てた。


 ジェイは一瞬、目を見開いた。次第に瞼が落ちていく。

 その次に、身体がコウモリに変化していく。コウモリは次々と消えていく。そして、完全に消滅した。


 サトシは、ジェイの消滅を確認する。

 完全に消滅をしたのを確認したあと、コウゾウに電話をかけた。


「部長、人体爆発事件の犯人を始末しました。回収をお願いします」

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