第11話 The Invisible Man(10/10 '22 改

 ――火鳥会事務所。


「――親分、イハラ=ウラトってやつは、本当に信用していいのか?しょっちゅう、やり取りしてるようだが。

「だいいち、フィクサーだかなんだが知らねぇが、コソコソしてるのも気に入らねえ。こちとら、体張ってんだぞ」


 ヨウヘイは、ウラトに対する不満を漏らした。それを受けて、ゲンジロウはこう返す。


「そうか、お前はまだイハラ=ウラトに会ってないのか。お前がここに来た時、マッドシティは平和だったからな」


「平和?」

 今も水面下で、他所とやり合っている状況であることに変わりはない。そもそも、サツに監視されているだろう。


 そういえば、以前、派手な抗争があり、多くの組員がやられたと聞いたことがある。

 親分は、そのことを言っているのだろう。ヨウヘイは合点した。


「イハラ=ウラトが動く時は、ヤバいことが起こったときだ。もしかしたら、今ならこっちに顔を見せに来るかもしれないぜ。

「どっちにせよ、顔を見といた方がいいだろう。あちらさんを怒らせでもしたら、タマがいくつあっても足りないぞ」


 ゲンジロウは、早速と言わんばかりに電話を手に取った。

「もしもし、急な話で悪いんだが――」



***


「――と、いうわけだ。オグマ=ヨウヘイという奴に、顔を見せることになった」

「大丈夫なのですか?我々が動いていると知ったら……」

 アサトは心配そうに伺う。


「奴らはとっくに知っておろう。今更コソコソすることもあるまい」

 ウラトは自信満々に答えた。


「不信感を持たれたら、こっちがやりずらいのでな。あとひとつ、気になることがある」

「気になること?」


「うむ。どうして奴らが、マサキと火鳥会の関係に気がついたのか、だ」

「!」

 ウラトはアサトのハッとした表情を見逃さなかった。


「……ミドリ製薬の内通者がいると?」


「どうだろうな。まるっきり無縁といは言いきれぬな。とはいえ、ひとつの組に入れ込むような真似をする、というのも考えにくい。

「もしかしたら、余と同じ能力を持っているヴァンパイアがいるのかもしれない」

 ウラトは不敵に笑った。


「ウラト様。笑っている場合ですか……?」

「ハハハ。一方的じゃ面白くないと思ってたところだ。相手にとって不足なしよ」


 内情が筒抜けになっているかもしれないのに、それを意に返さない。アサトはまるで、考えが分からなかった。



「――そういうわけだ。これから余は、アサトと共に出る。お前も一緒に行くんだ」

 ウラトは、ジェイに向かって、今から火鳥会事務所に行くことを伝えた。


「奴も連れていくのですか?」

 アサトは怪訝そうにジェイの方に顔を向ける。


「ジェイはお前に任せているからな。だったら一緒の方がいいだろう。余はお前を連れていきたいし、それに他のものにジェイは任せられん」

「...承知致しました」


 なんだかんだ言って、主人は自分の力を認めているということだろう。そう受けとったアサトは頭を下げた。


「ウラト、いつもより背が高くなってないか。あと服装が違うし」


 ジェイが指摘したとおり、ウラトは身長が伸びていた。

 ウラトは同年代――厳密に言うと、遥かに歳上なのであるが――と比較しても小柄な部類に入る背の高さだった。今では、アサトと肩を並べるくらいの背丈になっている。


 髪型は、いつものサイド縦ロールにしているが、服装は、華美なゴシックファッションではない。

 最低限の装飾に抑えられた、シンプルなパンツスーツスタイルとなっている。


「ヒト社会には、TPOというのがあってだな。今から行くところは、こういう格好の方が相応しいからだ」

「なんで、身長まで変える必要があるんだ」

「それはな、舐められるわけにはいかないからだ」



***


 ジェイはウラトとアサトと共に屋敷を出、火鳥会事務所へ向かった。着いたとき、組員に迎えられる。そして、ゲンジロウの元に案内された。

 案内された先には、ゲンジロウの他にヨウヘイがいた。


「こんにちは、オグマ様。ワタクシがイハラ=ウラトですわ」

 ウラトはヨウヘイに向かって恭しく頭を下げた。


「……親分、なんですか、このふざけた女は」

「オグマ、イハラさんには世話になってるんだ。口の聞き方には気をつけろ」


 ヨウヘイは、極道相手に、臆面もなくお嬢様言葉を使うウラトを訝しんだ。ゲンジロウがそれをたしなめる。


 ヨウヘイは、しばらくウラトを観察していたが、アサトの隣にいるジェイに気がついた。

 オグマと目が合ったジェイは、とりあえずオグマの様子を見る。


「なんか、さっきからもう一人の連れに睨まれてるんですが。信用されてないんですかね、俺は?」

「もう一人?イハラさんは、一人しか連れてないぞ。

「すいませんねぇ、イハラさん。こいつは見えちゃいけないもんが見える口でして」


「親分、こいつは幽霊じゃ」


「私が見えるのか?」

「おわああああ!?」


 ヨウヘイが、ゲンジロウとやり取りをしているときである。ジェイは、ヨウヘイの鼻先まで近づいた。

 ヨウヘイの慌てふためく様子を見たウラトは、ゲンジロウにこう言った。


「ワタクシ、オグマ様とゆっくりお話したいんですの。お部屋をご用意していただけます?」



***


 組員は、別室にヨウヘイとウラト達を案内した。


「……イハラさん。さっきから俺の事をガン見してる、こいつは何者なんですか」


 ヨウヘイは、先程からジェイの視線を痛いほど浴びていた。


「ヨウヘイこそ、何者なんだ。なんで私を認識できるんだ。現にゲンジロウは、私を認識していない」

「イハラさん、何を言っているんですかこいつは」


 ウラトは口に手を当てて、オホホホと笑い声を立てた。


「失礼いたしました。ワタクシも驚きましたわ。だって、この方のおっしゃる通り、ワタクシとオオガミ以外には認識できないはずですもの」

「えっ……?」


 少なくともこの二人には、こいつが見えているということだ。ヨウヘイは困惑した。


「あんたらも霊感があるんですか?いや、実は俺、親分が言ってた通り、幽霊が見えるんです」


「生憎、ワタクシとオオガミは、そのようなものは見えません。そもそもこの方、ジェイって言うんですけど、ジェイは幽霊ではありませんもの」


「そうだ、こいつは幽霊じゃない。なのになんで親分には見えないんだ」

「二人が言っているユーレイってなんだ」

「それはですね。ジェイは、風景の一部に溶け込むことができますのよ。認識阻害と言うのですが」


「認識阻害?」

 聞き慣れない言葉を聞いたヨウヘイは、眉をひそめる。


「だからユーレイってなんだ」

「黙ってろよお前!」

 しつこく尋ねてくるジェイに、ヨウヘイはつい声を荒らげてしまった。


「ジェイ相手に強気に出るとは、中々勇気のあるお方ですのね。

「ジェイの認識阻害はかける相手を選べますの。だから、ワタクシとオオガミには『認識できる』のですわ。でもまさか、認識阻害が効かない方がいるとは」

 ウラトは顎に手を当てて、物思いにふけるかのように遠くを見た。


「ですので、ジェイのことは他言無用でお願いいたしますわ」

「……わかった」


 そもそも、自分以外の人間には認識できないのだ。風景の一部になっている男の話をしたところで、誰も信じないだろう。


 ウラトは、そんな男を連れているのだ。機嫌でも損ねたら、何をされるかわかったものじゃない。ヨウヘイは「わかった」と答えるしかなかった。


「イハラさん。あんたが、どういう人かわかりました。わざわざご足労かけて、申し訳ありません」

「こちらこそ、お目にかかれて嬉しいですわ」

 ウラトは一礼をする。


「オオガミ、ジェイ、帰りますわよ」

 帰り際、ウラトはヨウヘイに尋ねた。


「そういえば、オグマ様は幽霊が見えるといっておりましたのね。ところで、ワタクシの周りにはどなたがおりますの?」


 ヨウヘイは改めてウラトを見る。

 周囲には、苦渋に満ちた表情を浮かべ、如何にも「恨らめしや」と言いそうな幽霊が集まっていた。それとは対照的に、ウラトは、にこやかな笑みを浮かべている。


 どこまで業の深い女なんだ。やはり生きてる人間の方が遥かに恐ろしい。ヨウヘイは、改めてそう思った。



***


「親分、イハラ=ウラトには気をつけてください。あの女は思った以上に危険です」

 ヨウヘイは、ゲンジロウにウラトから受けた印象を率直に話した。


「危険といえば、コフタ=マサキのことです。ミドリ製薬は、俺たちの手に負える相手じゃないでしょう……手を引いた方がいいんじゃ……?」


「オグマ!」

 一喝されたヨウヘイは、思わず身体をビクッとさせた。


「俺たちは舐められてるんだぞ。ミドリ製薬め、いい気になりやがって。

「コフタさんは、クビが飛ぶのを覚悟で俺たちを頼ったんだぞ。このまま舐められてたまるか。

「俺たちは、表社会に出られない。だがな、俺たちにはメンツがあるんだ。コフタさんのウサを晴らす。それが俺の任侠だ」


 そうか、だから俺は親分について行くと決めたんだ。何時になく、熱っぽくなっている組長を見たヨウヘイは、心の中で呟いた。



***


「だからユーレイってなんなんだ」

 帰り道、ジェイは再度尋ねた。


「なんでお前は幽霊のことをそんなに気にしてるんだ」

「さあ?」

 ジェイの気の抜けた返事にアサトはずっこけそうになった。


「幽霊というのは、人間が死んだらなると信じられているもののことだ」

 ウラトが答えた。


「ユーレイになると、ヨウヘイ以外の人間には見えなくなるということか」

「そういうことだな」


 しばらく間を開けて、ジェイはこんなことを尋ねた。


「私は死んだらどうなるんだ?」


 ウラトは、ジェイの顔を覗き込んだ。ジェイの話すトーンに悲愴感を覚えたが、顔は相変わらずの無表情であった。


「貴様は死ぬことはないから、そんな事を考えなくていいんだ」

「そうか、わかった」


 ウラトの答えに対し、ジェイは相変わらず無表情で返した。

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