第8話 Raining Blood(10/8 '22 改
「ところで、外回りって言いますけど、何をやるんですか?」
アンリは、上司であるコウゾウと、先輩であるサトシと共に、バー『ラナンキュラス』に来ていた。
「なんかね、最近、変な事件が立て続けに発生しててね。なんでも、人体が爆発するらしいんだ。それも一人や二人じゃない。
最初は『リュクス』で起こったそうだけど、それを皮切りに、あちこちで起こってるって話だよ。
俺たちのやることは、それの犯人探しってとこかな」
それを聞いたアンリは、血の気が引いたのを感じた。
「部長、それ初めて聞きました!なんで、そんな大事件が報道されないんですか?あと、それ、警察の仕事ですよね?」
「キノシタ君、そこは深く追求しない方がいいね。俺たちは犯人探しだけをしよう。わかったね?」
コウゾウはアンリに向かって微笑んだ。
「だから、僕が『外回り』に駆り出されたんだけど」
二人のやり取りを見ていたサトシが、口を開いた。
「ちなみに、連続人体爆発事件の被害者は、正確に言うと人間じゃないんだ」
「……えーと、それ、どういうことですか……?」
アンリは話が飲み込めなかったので、話の途中だったが、それを遮るように尋ねた。
「部長、もしかしてキノシタは『ヴァンパイア案件』知らないの?」
サトシは、コウゾウに話を降った。
「知らないねぇ。だって、特総に来たの、つい最近だもの」
「あー、なるほど」
それを聞いて、サトシは納得したように頷いた。
「どこまで話せばいいかな……まずは『ヴァンパイア案件』の話をしようか。
これは、もし、ヴァンパイアが事件を起こした、もしくは絡んでいたとする。
そうなると、警察は捜査しない、マスコミは報道しない、というやつだ」
「ば、ヴァンパイア?」
アンリは、信じられないという表情を浮かべた。
「そこからしないと駄目な感じ?」
キョトンとした様子のアンリを見て、サトシは聞き返した。
「えーと、ヴァンパイアって、血を吸うやつですよね……」
「そうそう」
「コウモリになったり、昼間は棺桶で寝てたり、ニンニクと十字架が弱点だったり……」
「ニンニクは弱点だけど、十字架は平気だよ。昼間は寝てるのは正解だけど、棺桶は使ってないね。昼間寝てるのは、日光に当たると死んじゃうからなんだけど。
そうそう、十字架は平気って言ったけど、銀製品は駄目だね。ちなみに、致命傷を負っても、瞬時に再生できる。けれども、心臓に杭を刺されたら死ぬね。銀弾撃ち込まれても死ぬけど」
「随分お詳しいみたいですが……もしかして、先輩……」
アンリはサトシをまじまじと見た。サトシは微笑みを浮かべていた。
「そうだよ」
サトシは笑顔で返事をした。
どおりで、サスペンス映画に出てくる人喰い教授のような扱いを受けていたわけだ。
確かに、初対面時は、恐怖芯を覚えた。
が、こういう具合にやり取りをしているうちに、おっかない印象が、薄れていくのを感じた。
右も左も分からない自分に対して、嫌な顔をひとつもせず、一から丁寧に説明してくれる、親切な先輩だ。
今のアンリの、サトシに対する印象は、こうである。
――本当に、ヴァンパイアなのか?――アンリは失礼を承知で、サトシのことを見つめていた。
そもそも、ヴァンパイア云々言われても、さっきまで、フィクションの怪物扱いしてたのだ。いまいち話が信じられないというのもある。
しかし、今は仕事中だ。仕事中にヴァンパイアの話をしたのだ。しかも、冗談めかさず、実在しているという体で。
それに、サトシの話を、上司であるコウゾウもまた、実在している体で話している――
「先輩、こんなことを聞くのは失礼かもしれませんけど、いいですか?」
「何?気になることは、なんでも聴いて」
サトシは、微笑みながら返す。
「えーと、目が、赤いですね……」
アンリは、失礼を承知で聞いてみた。
「ああ、これ?カラコンじゃないよ。なんでか知らないけど、ヴァンパイアになったとき、こうなったの。
「一応言っておくけど、ヴァンパイアだからといって、赤目になってるとは限らないよ。むしろ、赤目のヴァンパイアって、僕しかいないんじゃないの?」
「もしかして、キノシタ君、セントウダくんのこと、怖いと思ってる?」
コウゾウが、横から入ってきた。
「大丈夫だよ!セントウダ君、俺らは襲わないから」
コウゾウはアンリを怖がらせまいと、フォローを入れる。
アンリはそのとき「『俺らは』ということは、人を襲うことがあるのか」と口から出かけた。
「なので、犯人は僕を狙う可能性が高い、ということだ。まあ、会社の方だって僕のことを厄介払いしたいんだろう。だって僕は――」
「セントウダ!」
コウゾウは一転、険しい面持ちになる。そして、サトシの話を遮った。
「……俺は、セントウダ君が何をやらかしたか知らない。いずれ償う時がくるかもしれない。でも、それは今じゃない、でしょ?」
険しい面持ちから一転、いつもの穏やかな調子に戻った。
「部長もそんな顔をするんですね。初めて見ました。
でも、事件発生時のカメラを見たけど、犯人の姿が見えませんでしたよ。だからエンカしたら、殺されるでしょうね。見えないんじゃ、抵抗のしようがないし。
「だから、僕のことを当てにしないでください。二人とも、死んだら申し訳ない」
「この話はやめやめ!さっさと外回りを終わらせて帰ろう!」
コウゾウは話を切り上げ、三人は、聞き込みを開始した。
***
マサキもまた『ラナンキュラス』に来ていた。
ゲンジロウと、『ヴァンパイア案件』のことで、現時点でわかっていることを共有した――押収品に手をつけたことまでは話さなかったが――どうやら、ここで度々、薬物のやり取りがされている、というのだ。
『ラナンキュラス』は、火鳥会のシマではない。
だが、ここマッドシティは、暴力団だけではなく、半グレと呼ばれるような、暴力団とはまた別の、反社会的勢力が蠢いている――暴力団に限って言えば、火鳥会だけではないが――
『ラナンキュラス』がどこと結びついているのか、まだ不明だが、きっと、新興の勢力であろう。
あいにく、マサキはマル暴ではない為か、裏社会の勢力を掴みきれていない。
ひとつ言えることは、火鳥会はその新興勢力を警戒している、ということだ。
もしかしたら、その新興勢力とやらが、ケイコを殺害し、カナをさらった犯人と繋がっているかもしれない。
それと、もうひとつ、マサキにおぞましい力を授けた薬物とも、関係があるかもしれない――
店内で張り込みを続けていると、会社帰りと思わしき三人組を見かけた。
どうやら、バーテンダーと話をしているようだ。
上司と思わしき男が部下を連れて飲みに行く、それ自体は別におかしいことではない。
ただ、さっきから見ていると、酒に手をつけている様子がない。
特に、背がいちばん高い男なんかは、グラスを口に運んでさえいない。
まるで、飲みに来たというよりは、聞き込みに来たみたいではないか。
三人組の中にマサキが知っている顔はなかった。つまりは、刑事ではないということだ。
マサキは、いてもたってもいられなくなり、思い切って席を立った。
「お話の途中、申し訳ありません。私、こういうものなんですが」
マサキは上司と思われる男に、警察手帳を見せた。
「最近、この辺りで事件が起こっていまして……」
すると、背が高い男が割って入ってきた。
「お話なら僕が伺います。この二人はまだバーテンダーとお話したいようなので。
「……それに、少々、込み入った話をしたいので、出来れば、静かなところでお話がしたいのですが」
刑事と二人きりになりたいとは。何かあるに違いない。
さすがに、刑事相手に無茶なことはしないだろう、マサキはそう考えた。
男を信用した訳では無いが、でも何も情報が得られるかもしれない。
それに万が一、身に危険が及んでもこっちには奥の手があるのだ。
マサキは、男の話に乗ることにした。
***
二人は店内を出て、路地裏に向かう。
周りに誰もいないことを確認し、まずは男の方が話を切り出した。
「刑事さん、なんの事件を調べているんですか?」
「殺人事件です」
男は、マサキの口から出た「殺人事件」という言葉に反応したようで、こんなことを口走った。
「殺人事件ですか。それは、体の血が抜かれている事件のことですか?それとも、人体が爆発した事件のことですか?」
それを聞いたマサキの全身に緊張が走った。
「なんで、マスコミが報道してないのに、その事件のことを知ってるんだ、っていう顔をしてますね。
「なら、刑事さん。そのふたつの事件は捜査できないはずなんですけど。勝手に捜査するのは服務規程違反じゃないんですか?」
「貴様こそ何者だ!身元を明かさない奴に、服務規程違反と言われる筋合いはない!」
「こんな調子じゃ、懲戒免職は不回避だろうけど、余計なこと喋られても困るしなぁ。
「刑事さん、悪く思わないでね」
男がマサキと距離を詰める。
銃は持っていないようだが、マサキも持っていない。男の言った通り、これは違法捜査だ。
例え銃を持っていたとしても、使おうものなら余計な面倒事が増えるだけだ。
だったら――
マサキはサングラスを外した。
視界が赤に染まる。そして、男は、首から勢いよく血を吹き出して倒れた。
「...やったか?」
マサキは恐る恐る男を見る。うつ伏せに倒れたきりピクリとも動かず、首からは血が勢いよく流れ、血溜まりを作っていた。
妙な薬物を飲んでから、使えるようになった忌まわしい力。
思っていた通り、人を容易く殺すことのできる力であった。
この力を使うことがなければ、どんなによかったか。マサキは、もう後戻りができなくなってしまった。
さてどうしよう、そんなことを考えていた矢先のことである。
マサキの目の前に影がかかり、首筋を噛まれた。
マサキは抵抗する間もなく、意識が遠のいていく。そのまま、その場に崩れ落ちた。
「さっきの一撃で、血をだいぶ失ってしまったよ。でも、補充したからもう大丈夫。ご馳走様」
男はマサキの首筋から口を離し、手で口を拭った。
マサキは、事切れていた。
***
「部長、申し訳ありません。回収できますか?あと、せめて上着でもあったらありがたいんですけど――」
サトシはコウゾウに電話をかける。
しばし待っていると、コウゾウとアンリがやってきた。
「先輩!大丈夫ですか!?」
首の辺りが血塗れになっているサトシを見て、アンリは叫んだ。
「あー、大丈夫大丈夫。怪我は治ったから。治りが早いんだ 、僕。
「それにしても、先輩、ね。ヴァンパイアになってるのに、先輩って呼ばれるなんて」
「何を言ってるんですか。初めて会ったときは正直、怖かったですよ。でも、今の先輩は……身体の傷は直ぐに治っても、心の傷はそう簡単に治らないと思うんです」
アンリは、自分でも何を言ってるのかわからなかった。
とはいえ、なにか言わなくてはいけない。
そんな思いが、アンリの中で湧き上がってきたのである。
サトシは、そんなアンリを見て、こんなんでやっていけるのかと呆れていた。けれども、嫌な気はしなかった。
「ぎゃあああ!!」
アンリは唐突に悲鳴を上げた。今になって、サトシの傍らで動かなくなっているマサキに、気がついたからである。
「キノシタ君、ちょっと落ち着こうか」
アンリは半ば錯乱状態になっている。コウゾウは、アンリの口を抑えた。騒がれたら、困るからだ。
これを見たサトシは、こんなんでやっていけるのかと、改めて思った。
***
コウゾウはサトシに、オーバーサイズの上着を着せる。
続いて、なるべく人目につかぬように、車に乗せた。
帰社途中の車内、サトシは後部座席に座り、窓にもたれ掛かっていた。
その時、サトシの身に妙なことが起こった。
『失礼します。警察のものですが――』
『これは……こちらで預からせていただきます。連絡は後ほど――』
まったく預かり知らない記憶が、脳内を駆け巡ってきたのである。
「……これは、一体?」
サトシは、噛み締めるように、流れてくる記憶を辿る。
『最近、ここらで、あるヤクが出回っていてな。スロートバイトって言うらしいんだが』
『俺ら、スロートバイトは扱ってないぜ。どうにも、よく知らない連中が、これを広めているらしい――』
「スロートバイトは、人をヴァンパイアにする薬だ。超能力が使えるようになるって聞いたことないけど……そういえば、スロートバイトとは別に、そんなような薬を飲まされたような……」
サトシは、流れてくる記憶を反芻していた。
「にしても、マサキさん。押収品に手を出した挙句、ヤクザと手を組むとか……悪い刑事さんだ」
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