第2話 出会い(11/ 4 '22 改

『血の契約』


 ウラトには、吸血したものを支配する力がある。


 とはいえ、それは人間相手の話だ。ヴァンパイアには、ことにヴァンパイアをベースにした『なにか』に対して有効であるかどうかは定かではない。


 それであっても、ジェイにとっては『誰が己の主人となるのか』を決める重要なことであった。


 かくして、ウラトの吸血により、ジェイは契約を結んだ。そのジェイに対し、ウラトは次のような命令を下す。


「早速だが、貴様にやってもらいたいことがある。まずは、小手調べといこうか」



***


 ――翌日。昨夜からの雨は止んだ。地面は乾いていたが、所々ぬかるんでいる。夜は更けていた。


 ジェイは伊原邸を出る。車に乗り、アサトの運転で目的地に向かう。


 アサトは運転中、「奴の能力は未知数だ、だから私に奴を任されたのだろう」とジェイとウラトのことで思案する。


 ただ、服装についてのやり取りのとき、ジェイは妙なことを口走っていた。なにより、着せ替え人形扱いされても表情一つ変えない。

 ――何を考えてるかわからない面倒くさい奴――アサトの中で、ジェイはそうなっていた。


「ジェイ。お前に言っておきたいことがある」

 アサトは、助手席に座っているジェイに向かって話しかける。


「私はウラト様からお前の監視を命じられた。いいか、私はウラト様から直接、お言葉を頂いている。

 私の命令はウラト様のものと同一だ。つまり、私の命令を聞けということだ。わかったか?」


「そうなのか。わかった」


 ジェイは、無表情で淡々と答える。アサトの「主人の命と同一なのだから、自分の言うことを聞け」という言葉は、ジェイにとっては、反発もないが感慨もないようだ。



***


 目的地周辺に着いたので車を停める。これから目的地に向かおうというところで、ジェイは口を開いた。

「なんで目的地の前で停めないんだ?」


 その問いに対して、アサトは呆れた調子でこう返す。

「目的地の前に、車を停めるスペースがないからだ」

 それに対し、ジェイはこう答えた。


「成程、車を圧縮して持ち歩くことができないのか。随分と前時代的だな。見たところ、ここは私がいたところよりも、文明が二週ほど遅れてると見える」


「お前はもう喋るな」


 ――二人は車から降り、徒歩で目的地へと向かう。


 今は真夜中だ。にも関わらず、マッドシティは喧騒に包まれていた。昼間は営業していない店の看板が怪しく光る。通りには、若者がたむろしている一方で、怪しげな輩もちらほら見られる。時折、客引きと思われるものが、通行人に声をかけていた。


 アサトはそれらのものに目もくれず、目的地目掛けて歩く。ジェイはその後に従う。


 バー『リュクス』の前に来ると、アサトは立ち止まった。ジェイもそれに倣う。


「ジェイ、聞きたいことがあるんだが」

 アサトは入口を指差しながら、ジェイに話しかけた。


「アサト、さっきは『お前はもう喋るな』と言っていたではないか」


「あれは『任務と関係の無いことは喋るな』という意味だ!」

 ジェイは要領を得ない答え方をする。アサトは苛立ちを隠せなかった。


「ここは会員制でな。『ある条件を満たす者』でないと、エントランスから先に進めない。

「そこで、ジェイ、お前には中に入ってもらう」


「アサトは一緒ではないのか?」

「私は無理だ。何故なら、ここはヴァンパイア専用だからな。

「お前は厳密に言うとヴァンパイア『ではない』から拒否されるかもしれないが」


「そうなのか。確かにアサトは入れないな。アサトはイヌだし」

 ジェイは唐突にイヌ発言をする。


 アサトは噴き出した。

「誰が犬だ! 誰が! 私はウェアウルフだ! 犬じゃなくて狼だ!」

 アサトに構わず、ジェイは話を続ける。


「イヌはオオカミを家畜化させたものだ。それに、アサトはウラトの命令に従っているんだろう。やっぱりイヌじゃないか」


「やっぱりお前は喋るな!」



***


 ――バー『リュクス』


 ジェイはアサトに改めて「中に入れ」と命じられる。言われるまま、店内に入り、受付に向かう。


「お客様、申し訳ありません。当店は会員制となっておりまして」


 店員は、初来店したジェイに会員証の提示を求める。それに対し、ジェイは店員の目をじっと見つめた。


「……どうぞ、中にお入りください」

 ジェイからは会員証を提示されていない。にも関わらず、ドアの向こうにあるバースペースの方へ案内する。


 受付には店員が他にも何人かいた。だが、案内した者と同様、ジェイを止めることをせず、すんなりと通した。



 ――向かった先のバースペースはこじんまりとしてはいるが、リラックスできるスペースは十分確保されている。他にも気の利いたBGMがかかってたりして、見たところ一般的なバーと違いはない。


 しかし、グラスに出されている飲み物は全て赤黒い。

 バーカウンターにある収納棚には、申し訳程度に酒瓶が置いてあるくらいで、その殆どが血液パックであった。

 席の方を見てみれば、テーブルにも血液パックが置かれている。


 ジェイはひとまずスペースを一巡する。席は埋まっていたが、誰ひとりとしてジェイに気がつくものはいない。

 いや、気がついたものもいようが、誰も気に止めなかった。というのも、これこそがジェイの『認識阻害能力』だからである。


 ジェイは粗方一巡し、己の存在に気づいてさえいないことを改めて確認する。そこで、ウラトから出された命令を実行することにした。


 まず、ジェイは右手で左手首を引っ掻く。手首からは血が流れる。すると、その血はコウモリに変化した。


 コウモリは、談笑している客の一人に噛み付く。

 客は一瞬走った痛みに戸惑うが、次の瞬間、身体が爆発した。

 爆発物が使われたからではない。体内から一斉に大量のコウモリが湧き出して、身体の内側を突き破ったからである。


「何が起こったんだ!」

「ギャーっ!」


 室内に悲鳴がこだまする。和やかな雰囲気から一転、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 体内から出てきたコウモリは次から次へと客に襲いかかる。

 客と店員は外へ逃げだそうとするも、コウモリは部屋を覆い尽くさんばかりになっていた。


 彼らは、今まさに大惨事の真っ只中であるにも関わらず、その原因を知ることができないのだ。逃げるのはもはや不可能であった。



***


 ジェイは、室内に生存者がいなくなったかを確認する。確認を終えると、ジェイはコウモリを引き寄せる。

 引き寄せられたコウモリは、ジェイと接触した後、次々と吸収されていった。


 店内は、辺り一面、血の海と化している。肉片やら臓腑やらがあちこちに散乱していた。


 ヴァンパイアというものは、致命傷であっても心臓さえ残っていれば再生できるものである。だが、ジェイはその心臓を完膚なきまでに粉砕した。そのため、再生不可能になったのである。


 コウモリを回収し終えたジェイは、改めて室内を見回す。


 室内には、生存者はいないはずだった――少女が一人、呆然と立ち尽くしている。茶色の瞳を丸く見開きながら。まるで、惨状を焼き付けるように。


 髪はウェーブがかった明るいロングヘアで、前髪は額が出るほど短い。その上にはヘッドドレスを乗せている。

 黒地に白のレースがふんだんにあしらわれたワンピースを着ているのだが、ヘッドドレスはそれに合わせたものだ。

 履き口に白のレースとリボンがついたニーソックスを履いている。その上に履いているものは、黒革で先が丸くなっているストラップシューズだ。


 少女は、所謂ロリィタファッションと呼ばれているような格好をしている。けれど、返り血によって見るも無残な姿になっていた。


 ジェイは少女の方へ向かう。未だ呆然としている少女の前で、認識阻害を解除する。


 ジェイの存在を認めた少女は、姿を見るなり、驚いた様子を見せる。続いて、声を張り上げた。


「これ、全部!あなたがやったのね!

「どうして、あなたは私を殺さなかったの!私だってヴァンパイアよ!どうして...…」

 少女の叶声は嗚咽に変わり、泣き出した。


 ジェイは涙に暮れている少女を見ている。相も変わらず無表情であった。

 ふと、少女の顔を覗き込んだかと思うと、その前に屈む。

 手で少女の顔を挟むように持ち、向きを変える。


 そして、喉元に噛み付き、吸血した。


 粗方吸い取ると、喉元から口を離す。今度は自らの手首に噛みつき、傷をつけた。手首からどくどくと血が流れる。


「飲め」

 少女は、血を吸われ、意識が朦朧としている。ジェイはそんな少女に、血が流れている方の手首を差し出した。


 そう命じられるも、少女は血が流れている様を、ただ見ているだけだ。


 血を飲もうとしない少女に痺れを切らしたのか、ジェイ手首を少女の口に押し付ける。

 少女は手首から流れる血を飲んでいく。


 ジェイは少女が自らの血を飲んだことを確認した。しばらくして、手首を少女の口から離す。


 口から離した瞬間、少女は一瞬身体をビクッとさせる。そのまま気を失い、後ろの方に倒れ込んだ。

 ジェイは気を失った少女を抱え、室内を後にした。



***


 店の外で待っていたアサトは、予想以上に早く出てきたジェイに驚く。それと同時に少女を抱えて出てきたので思わず激昂した。


「その娘はなんだ。店にいたのならヴァンパイアじゃないのか。なんで殺さなかったんだ! ウラト様から、『店内にいるヴァンパイアを全員殺せ』と命じられてただろうが!」


 アサトはいきり立っている。対してジェイはこう答えた。


「似てるんだ。彼女はリリーにそっくりなんだ」

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