第7話Part6

 明菜と話してから二日後。私は、土砂降りの街をかけめぐり、必死に怪異の気配を探していた。

 憑依型は見つからない。相手も常に移動しているようだった。

 が、進展はあった。それは第一の事件についてだった。

 これまで犯人は、被害者たちを他殺とは分からない方法で殺している。そう仮定すると辻褄があった。

 冬彦の死体は彼の自宅の下を排水溝の中で見つかった。バラバラに刻まれて流されたのだ。

 犯行現場は風呂場だ。そこで解体して死体を流したのだという。凶器はまだ見つかっていない。

しかし、もし怪異の仕業なら素手でも切り刻める。また、今回の一連の事件の流れから怪異は明らかに「憑依型」だ。知能が高い。私は自宅を探索した後に、念のため、解体されて処分された可能性について警察に伝えてくれるように紫乃に頼んでおいた。

 葬儀がいつになるのかは分からない。


 私は土砂降りの中、帰路につく。あたりはもうすっかり暗い。土曜日とはいえ、天候のせいか、人はまばらだった。いや、土曜日ではなかった。もう夜中の十二時を回っている。長い間時計を見ていなかったのと、疲労で時間の感覚が無くなっている。

 背中に背負ったリュックは午前中に買ったものだ。中には警察関係者から受け取った資料が入っている。冬彦が殺された件についての調査結果だ。

 午前中に受け取ってすぐに読んだところ、風呂場から大量のルミノール反応が出たことで殺害現場を特定できたことや、冬彦は殺害される少し前に、意中の女性と仲たがいしており、金遣いが荒くなっていたことなどが記されていた。

当然、元恋人の女性にも聞き込みが行われたが、進展はなかったとの記載がなされていた。

 雨水があふれる歩道を歩く。繁華街を抜けると、道が少しずつ傾斜して、周りに自然が多くなってくる。全身がだるかった。足元がふらふらする。服が水を吸って重い。そして、心もとても重かった。


防げなかった。起こってしまったのだ。第三の事件が。


                         

 門限を過ぎてから部屋に戻ると、建物の壁をよじ登って窓を空け、自室に戻った。

すっかり水を吸って重くなってしまった服を脱ぎ棄て、畳む気力もなく、ベッドに倒れこんだ。壁に掛けてある木製の時計を見るともう午前三時だ。この時間に犯人が活動することはないだろう。

頭の中がひどく霞んでいた。それは連日のように続く睡眠不足のせいだけではなく、私自身の無力感にもよるのだろう。


 三件目の事件。被害者は府議会議員の男だった。分家筋だが洲波家とは血縁が近く、交流も深い。一番目の被害者である冬彦ともよく会っていた。

 事件が起こったのは、昨日の午後十時以降。

 地元の役所や企業の人々と会食をした高級中華料理店を出て、その後殺害されたらしい。

 そこは私が繁華街を捜索した時に見かけたことのある店で、かなり歩いた距離にある人気のない商店街が現場だった。彼は伴っていた秘書と共に死んでいるのが見つかった。

 二人とも酔っていたし、秘書の自宅からもそう離れていない。このまま帰るつもりだったのだろう。秘書は女性だった。議員は独身だった。つまりそういうことだ。

 発見したのは皮肉にも警邏けいら中の警官。私の事務所が契約をとりつけた後、警戒して動員人数を増やしていたらしい。殺害の現場を見た者はいない。

 が、彼らはなぜか商店のガレージに突っ込んで無くなっていた。ガレージは歪み、内側に割れるようにして折れていた。遺体の状況は酷く凄惨で、地元では顔が売れているはずの彼も、身元特定に少し時間がかかったほどだった。


 その時私は別の場所にいたのだ。間に合わなかった。

 すぐに近隣の防犯カメラが調べられた。犯人らしい姿は映っていなかったが、姿を目撃した人がいたのだという。

帰宅途中のOLで、事件現場の近くで走り去る人影とぶつかりそうになったそうだ。

焼き鳥屋の帰りに、近くの道をものすごい速さで走って建物の陰から陰へと消えていったのという。

 その人物はぼろぼろのフード付きの上着を身にまとっていた。

髪はかなり長く、明るさの全く感じられない淡い栗色の髪だったそうだ。

 パッと見た感じだと、背はかなり低く、中学生かと思うほど小柄だったそうだ。


 明菜の話が頭をよぎった。栗色の髪。発育不良のような小柄な身体。


 まさか。だとしたらどうして。いなくなって七年も経つのに?

 

私は思考を整理するため、ベッドから起き上がって机のところまで移動し、教科書の代わりに最近よく開くようになっていた大学ノートに判明した事実をまとめていく。


 そして携帯端末を操作し、着信をチェックする。北海道に行っていた紫乃からの連絡はなかったが、PDFがメールに添付されて、私がかつて使っていたメールアカウントに送られてきていた。

 件名は 『洲波について分かったこと。主に家系』と書かれていた。


「家系?」


 何事かと気になって読んでいくと、そこには京都の旧家について研究している教授の記録文書と不破怪異調査事務所が聞き込み調査を行った旨が記されていた。慌てて文面を読んでいく。

「双子」というワードが目に入った。更に集中する。


『家の中の物がさ、やたら二つセットで置いてあるのよね』


 明菜との会話が頭の中に蘇った。


『どういうこと?』

『屋敷の中が左右対称になるようにつくってあるの。あと、備品も。例えば二階に続く吹き抜けのホールの入口に甲冑が飾ってあるんだけど、二体いんのよね。狛犬みたいに』


 変わった屋敷だったなあ、と続いた。

 頭を抑えた。全文読み終わる。もし、もしここに書かれている内容が、事件とつながっているとしたら。

 めまいがする。頭が熱く、重い。瞼が勝手に下りていく。頭の中が無茶苦茶だ。

 部屋の中を移動し、ベッドのそばまで歩いていく。

 急速に意識が遠くなるのが分かった。




「あれえ。やっぱり変だよ」


 遠くで声が聞こえた。ドンドンと打撃音が聞こえてくる。目を開けた。薄暗い部屋の中にいて、私は白い天井を見上げた。さらに打撃音がする。誰かが部屋をノックしているとようやくわかった。嘔吐感に似た眠気を感じた。また目の前がかすんできた。喉が渇いている。


「あれえ、静かになった」

「起きちゃったのかな?」

「なら起きた方がよさそうねえ。うなされるよりは断然ましってものよ」


 二人分の声がする。片方は聞き慣れた声だった。でも、もう一人は?

 身体の下にベッドのマットの柔らかさを感じた。無事にベッドまでたどり着けていたことに安堵しながら、私は起き上がると寮の個室のドアの所まで歩いていく。いつのまにかスウェットを身に付けていた。まったく記憶に無かった。


 ドアを開けると、切れ長の目にボブカットの少女。そして隣にいる大きな目のポニーテールの少女が、驚いたように口を開けた。

 そこには小夜香と洲波明菜が驚いたように固まっている。


「雛ちゃん、ひどい顔だよ」


 小夜香が唖然とした顔で告げた。

 どうしてここに、と私が聞き返した。声がひどく掠れていた。



「何を聞かれたのって聞いてみたの」


 私は、二人を招き入れて、インスタントの紅茶を二人に振舞った。顔を洗面所で洗ってみたが、小夜香が驚いたようにひどい顔だった。眼は真っ赤になっていて、顔色もひどく悪い。全体的にげっそりとしてしまっていた。本当にひどい顔だった。


「雛ちゃん、前から様子おかしかったじゃない?」


 私が興味を示さなかったオカルト的な話題に興味を持ったり、調査のため付き合いが悪くなっていたことはやっぱりお見通しだったようだ。

 その際に、明菜のことを聞き出したタイミングで、小夜香は私が明菜に接触を図るかもしれないと思ったそうだ。

「洲波の親戚の子がこの学校にも通ってるよ」というものだったのだが、私は念のため小夜香を巻き込まないよう、興味が無いふりをした。


 しかし、それは逆効果だったようだ。そうして、私が怪異を探して街をさまよい歩いている間、明菜に話を聞いたのだという。

それで、私が探偵云々という話題を聞かせたというのを聞き、更に驚いたのだという。小夜香の時と違い、オカルト活動の一環だとは話せなかった。だから探偵の調査と偽ったが、矛盾が仇になったらしい。そういえば、私は嘘をつくのも演技をするのも下手くそだった。だから二人は私の真意を問いただすことにした。最近私の動向がおかしいのも、仮病を使っていることやその理由についても聞き出すつもりだったのだという。

 明菜が心配そうに言う。


「わたしも、確かに今回の事件は気になってたけどさあ……冬彦さんは行方不明で、えーと、恭司さんは事故、なんでしょ?警察が結構調べたって聞いたよ?」


 私は違和感を感じて、つい口に出してしまう。


「三人目がいるでしょ?あの議員の人……」

「何のこと?」


 そうか。まだ報道されていないのだ。そういえば、冬彦のことも放送されていなかった。これが連続殺人だと分かれば、一族からの風当たりが強くなる、あるいは一族の誰かから地元の報道局が口止めされているのかもしれない。地元警察も、最近は会社の業績が衰えているとはいえ、洲波を支持する派閥はいるはずだ。

 そういえば、冬彦が実は他殺だったということも、新聞には載らなかった。やはりだいぶ後になってから発表するつもりなのだろう。


 そして私は、事件に深く関わっていることを告白してしまっていた。三人目の犠牲者の存在を。こちらはおそらく、死亡した状況の異常さから報道が控えられているのだろう。

 二人がいぶかしげな視線を送ってくる。

 私は、顔を伏せかけたが、その代わりに顔をしっかり上げた。二人の顔があった。

 そこに浮かぶ表情はひどく心配そうだ。私を疑うでもなく、ただただ心配している。


「よかったら話してくれない?」


 小夜香がややあって口を開いた。


「なにが雛ちゃんにあったのかは知らないし、何をしてるのかも分からない。だけどぉ、心配だけが積み重なるのはいやよ。私、ほとんどあなたの事を知らないの」


 どう答えたものか迷った。どこから何を話せばいいか分からなかった。

 明菜が少し後から続けた。


「わたしがこの前、君に話したことと関係あるの?うちの本家が、今の君に……なにか……」


 今の私はとても怪しい。夜通し歩き回り、人のことを調べ回っている。自分のことを全然話さない。小夜香にでさえ、親戚の仲介で転校してきたことくらいしか話していない。

 不破家と少し小夜香の実家がコネがある程度のものだ。不破家にもこの学校の卒業生がいるという程度の。

 けれど、二人は心配してくれている。そして、私のように言いにくいことも無いのだろう。

 羨ましかった。私だって、本当は隠し事なんかしたくない。そして隠し事だらけの私をただ案じてくれていた。


「詳しくは話せないけど……確かに調べてはいるんだ」


 気が付いたら声が出ていた。


「今回の事件。事情がいくつもあるの。複雑だけど……明菜さんの話とも関係してる。ほんとは引き受けてあげたかったんだ」

「な、なんのこと?」


 明菜が目をぱちくりさせた。


「人探し。あなたと別れたあの子は、今もこの街にいる。そしてどんどん近づいてきているの。たぶんあなたは遠縁だから狙われなかった。そしてその子は洲波の一族を恨んでいる」


 自分が脈絡のないことを話している気分になってきた。


「どうして、そんなことわかるの?雛ちゃんはなんなのぉ?」


 疑問を含みながらも、気怠さを含んだ声で小夜香が尋ねてくる。


「私は、ここに来る前、今回みたいに変わった事件をよく調べる仕事をしていたの。家業みたいなもので、手伝っていたんだ。けど……」


 私は話し出した。自分が投げ出してしまったすべてのことについて。

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