第6話Part5
状況を整理すると、分からないことがある。
私はこっそりと裏口から裏門を通って学校から抜け出し、人気のない道を選んで移動していた。まず目指す場所は洲波冬彦の自宅だ。昼間だというので、人目を避けているのである。当然、制服ではなく、私服のパーカーとスカートでだ。
分からないこと、それは『今回の事件を引き起こす怪異はなぜ洲波家の人間ばかりを狙うのか?』だった。
どうやって一族の人間の居場所を特定するのか。また、なぜ一族ばかりをピンポイントで狙うのかだ。
ここで、考えなければならないことがある。
それは、『
まず一つは、私が先日倒したような化物。ろくに知性も無く、人々に猛獣のように襲いかかるタイプだ。基本的には怪異はこれが大半を占めている。
二つ目は、かなり特殊だ。これは化物と呼ぶのがふさわしいのかどうかすら分からない。
これは通称『
ホラー作品などでよく、「なにかに憑りつかれる」という現象が起こるがあれに近い。
こちらはかなり厄介だ。なぜかといえば、まず肉体が無い。それでも行動するためにどうするかというと誰かに乗り移り、その体を操作して犯罪を犯すのだ。
おまけに知性があり、憑依した人間に、器となった人物が持っていなかった知識を与えることすらある。
しかし、憑依される人間にはある条件がある。憑物を祓った後で憑かれた人間に聞き込みをしたところ、例外なく大きなストレスや心因性の病を患っていた。
それもとり憑かれる前に。その不幸に付け込むように奴らはやってくるのだ。
だからこそ吹き込まれる知識はロクなものではない。例えば人の殺し方、とか。
世間で、
そして、大概憑依された人間は恨みに思った人間や組織をそれで攻撃することがある。
邪悪な知識を蓄えて人智を超えた力を発揮する。私も第一線で活躍していた頃は何度もてこずらされた。そう、何度も。何度もだ。
不意に、変な汗が身体から噴き出した。日は照っているが、暑くはない。
まずい。もう少しで住宅地に近くなる。洲波冬彦の家までもう少しなのに。
私は首を振る。
すると、頭の中に誰かが私の目の前で激しく首を振る光景が浮かんできた。幻覚ではない。実際にあったことなのだ。こめかみが痛い。頭の上が重い。
「グ、」
「」
耳の中で声がする。
「だめ、思い出しちゃだめ」
『いやだいやだいや。死にたくない死にたくない死にたくない、助けて、もう生意気言わないから。ごめんなさい。ごめんなさい』
声がする。頭の中で思い出してしまう。
「違うよ。生意気なんか気にしてない」
頭を覆った。
「ごめんなさい。私のほうこそごめんなさい。気にしてないよ」
気にしてないから、お願い。もう私を許して。
住宅地の塀に寄りかかり、しばらく落ち着くのを待った。深呼吸を何度もして、体勢を整える。
「大丈夫。行こう」
歩き出した。ふと横を見る。当然、誰もいない。住宅地を歩いていく。道端で犬に餌をやっていたご婦人がこちらを怪訝そうに見つめていた。
笑いかけようとしたけど、上手くいかなかった。
二時間後、私は学校から離れた所にある森の中を歩いていた。
洲波冬彦の家からは引き返した形になる。念のため、付近を捜索したり、家の中の様子を伺ってみたりした。かなり距離が離れているため、バスを乗り継がなければならなかった。
付近に怪異の気配はなかったが、調べているうちに、ふと失踪について、ある可能性に思い至った。警察からの資料を受け取る際に打診した方がいいかもしれない。
スニーカーが、足元の草を踏みしめる音がだけが響いている。
すっかり夕方になっている。もう学校の授業は終わってしまっているのだろうな。ふとそんな他愛もないことが頭に浮かんだ。
なんだか、自分からどんどん仲間はずれになっていっているみたいだ。私がやっていることは崇高なことなのだろうか。仲間はずれに自分からなってまで。今自分がやっていることから逃れるために、私は今の学校に来たというのに。
靴裏が砂利を踏む。車が最近通ったようなタイヤ痕があった。
この森の奥に、洲波家の本邸があるはずだった。しかし、私がここにいるのは、当主に聞き込みをするためではない。他の人物に用があるからだ。
やがて、雑木林を抜けたところに、少し開けた場所があった。
「あ」という声が上から降ってくる。
思わず頭上を見上げると、一人の少女が少し離れたところにある大木の枝の上に腰かけていた。黒髪でポニーテールにくくっている。顔はここからだとよく見えない。
「
私は少し大きな声を出してそう言った。
「そうだよ!何か用?」
声が上から返ってくる。
「聞きたいことがあるの!話せないかな?」
「よし。ちょっと待って」
言うが早いか、その子はするすると機敏な動作で木を降りてくる。
「ふう。さすがバスケ部」
よくわからないことを言いながらその子は降り立った。
「で、あなた誰?私を知ってるの?」
「バードウォッチング部の子が、何回かあなたをここで見かけたって聞いたの。私、あなたと同じ学校だから」
それは小夜香と共に聞き出した情報だった。洲波家について聞き込みをしていると、
『洲波家の子ならここの学校にも通ってるよね?』という話に発展したのだ。
私は名乗った後、手短に事情を説明した。多少嘘を交えるかたちになったが仕方ない。
要約すると、私は洲波本家と利害関係を持つ家から雇われた探偵事務所の調査員のアルバイトということになっていた。一族の間で、何かトラブルがなかったのか、今回の一族を襲った不幸について何か知っていることはないかとか、そういう事を聞きにきたのだということを伝えた。
実際に地元警察からの依頼は正式に発注されたらしく、私と不破怪異対策事務所は正式に協力者として認められていた。当然報酬は出る。
「ふーん。なるほどね……探偵さんか」
納得がいったようにうなずきながら、こちらの様子を伺っている。こうして怪しまれる事は以前からあった。いや、今は怪しまれているのだろうか。
「入学早々バイトなんて大変だねえ。といっても、特に詳しくはないんだ。最近出入りしてなかったし。子供が聞けるような話もそんなになかったからなあ」
「それは私も同感だよ」
うちもそうだった。そして私はそういった話を社長である紫乃に任せっきりだった。
紫乃の方もあまり関わってほしくはなさそうだった。
それからはしばらく聞きとりが続いた。学校はどうだとかそういう他愛無い話だ。
三十分ほどして、そろそろ寮に戻ろうかと思い始めた頃、急に明菜が思い出したように口を開いた。
「そうだ。探偵さんってことは、人探しもしてくれるの?」
意図が読めない。どういうことだろう。
「誰か探してるの?」
「そうだね、探してるのかも。急にいなくなっちゃったから。随分前のことだけどね」
そうして、彼女は話し出した。
「私、さっきも言ったように大人たちの話は退屈でさ、親戚の子たちともあまり仲良くできなかったんだよね」
今はもう行われていないが、昔はお盆の時期に分家筋の親戚たちを集めて、会合を本家の屋敷で行うことがあったらしい。
私は手に入れた資料の写真を思い出した。背が高く、筋肉質なおばさん。そこそこ顔は整っているが、あまり気品は感じられなかった。一族の跡取りで、市内のホテルなど複数の会社を経営している。明菜とは全然似ていない。
私は相槌を打ちながら話を聞いていった。
「でも、時々遊び相手になってくれる子がいたんだ」
明菜が言うには、この敷地内の森で、一人で遊んでいた頃、その子に出会ったのだという。
「着物を着てて、すごく小柄でさ、いくつかは分からないんだけど、髪が栗色だった。あ、女の子ね。髪が長くて、肌も白いの」
その子は木陰から明菜が一人で遊んでいるのを見ていたのだという。
明菜の姿を見つけるとなぜかひどくおびえた。けれど、屋敷の茶の間からくすねてきたお菓子をあげると、警戒を解いてくれたらしい。それからは、実家に帰るまで、ずっと遊ぶようになった。
「全然しゃべらない子でね。あ、とか。うん、とか。そんなのばっかり。おまけに名前も言えないんだ。聞いても答えてくれないの」
「それって、普通じゃなくない?」
名前を言えない上にしゃべれない?どのようにして二人は遊んでいたのか。
「うん。でも私にはそれでよかったんだ」
私も引っ込み思案だったから、仲間みたい
だと思って、と続けた。
「それに、その子、いつも帰り際にね、「シー」って人差し指を立てるの。だから遊んでるのバレたくないのかなって。でも不思議なのはね、集まった親戚の中でその子を見かけたことは一度もなかったんだ」
その子は、一族の子供ではないという事だろうか。
「近所の子が迷い込んだのかな?」
「私もそう思ってた。で、その翌年も同じように遊んだの」
そこで言葉を切る。
「だけど、その次の年にはもう会えなかった。もし近所の子なら引っ越したのかもしれない。とにかくそれっきりなの」
変わった話でしょう?と話を終える明菜。
確かに変わった話だ。が、なんとなく気にかかった。
「それっていつくらいの話?」
「えっとね、そうだね。もう七年くらいになるかな。なんか参考になった?」
「分からないけれど、参考にする」
なにそれ、と明菜は笑った。彼女が引っ込み思案だったとは思えなかった。
私達が通う学校に来る前に何かあったのかもしれない。引っ込み思案よりかはきっと今の方がいいのだろう。
「その子を探せるかはわからないけど……」
先ほどは人探しといっていた。専門外だが、もし探すとすれば見つかるだろうか。
「また会いたい?」
「会えるならね。けど、やっぱ難しいか」
引っ越しとかだったらわかんないかな、と両手を頭の後ろで組んだ。
分かれてそれっきりになっていた友達。会いたい気持ちは分かる。
なんとなく。私も会えなくなっている人たちがいるからだ。かつての事務所の人達。それまで、誰かとそれっきりになることはなかったから。また出会えるか分からないのに、会えないというのはずっと会えなくなるよりもっと辛いことなのかもしれない。
約束できるかわからない、と言うと、「いいよ別に。そっちも忙しいでしょ」と返ってきた。ただ思い出しただけ、そういって彼女は笑った。そして、しばし遠い目をしてみせた。
私は礼を言って別れようとする。明菜が後からついてきた。
「なに?」
「そろそろ帰ろうかと思って。帰るところいっしょじゃない?」
そういえばそうだ、と空を見上げる。
空は紺色になりかかっているが、曇っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます