第5話Part4

「倒した怪異が違う?」


 事後報告すると、紫乃が驚いた声を返してきた。


「うん。殺し方が全然違うの。事件についてちょっと知ってる子がいて、その子の話と照らし合わせたら違和感があった。だから調べてたんだけど……」


 今日はあの爬虫類のような怪異を倒した翌日の昼だ。時間は午後二時。

 私は念のため学校を休み、こっそり昼食時間の間に、地元の図書館に寄り、新聞を借りて事件のことを調べていたのだ。

概要を総合すると、次のようになる。


 最初の事件の被害者は洲波冬彦すなみふゆひこ。二十四歳。現当主の春江の一人息子だ。

 被害者といっても、現状は行方不明。忽然と姿を消してしまったらしい。彼は実家である洲波の屋敷からかなり離れたところでマンションを借りて暮らしていたという。大学院生で友人と連れ立って飲んで帰った翌日、なぜか大学に来なかったことから事件が発覚した。これが小夜香の言っていた、第一の不幸だ。現状、足取りはつかめていない。

 続いて第二の事件が中央総合病院の事件。被害者は洲波恭司すなみきょうじ。第二の事件の犠牲者で、病院長。現当主の春江の異母兄弟で、先代当主と後妻の間の子供らしい。かなり優秀で、冬彦と同じ大学の医学部をでている。こちらの事件の概要が奇妙だった。


 事件当日、五月二十四日午後八時前後。彼は病院の屋上から落下した。直接の死因はもちろんそれで、目撃者は一人もおらず、事件事故二つの可能性を警察は追っていた。

 ただ、警察の調書によると、不自然の肉体への圧迫や骨折の跡があったらしい。

 また、奇妙なことに、病院のすぐ近くを通行していた人が何人もいたようで、その人達によると、洲波恭司が落下する直前に大きな音がしたらしい。

 なんでも、「キャアアア」という車が急ブレーキをかけたような、改造タイヤがコンクリートを傷つけたような音だという。これが屋上の近くから聞こえてきたのだという。また、病院のフェンスがなぜか破れており、そこから墜落したと見て間違いない。飛び降りにしては妙だ。事故にしても、フェンスに軽くもたれかかったくらいでそんなことになるわけがなかった。

 洲波恭司は直前までタバコを吸っていたらしい。現場周辺に残された吸い殻からの推定だ。

 喫煙室にあたる部屋が病院からは撤去されてしまっていたらしく唯一吸えるのは屋上ぐらいだったのだと言う。鍵も開きっぱなしだったそうだ。

 通常は自殺防止のために鍵くらいかけてあるものだが。裏を返せば、この事件が起こる前は病院も平和だったのかもしれない。

 それに、私が倒した怪異はとてもそんな器用なマネができるとは思えなかった。それにあれが動き回っていたら、目撃者が多数いるはずだ。

 怪異事件が起こったところの近くで、別の怪異が事件を起こすことはたまにある。おそらくは私が倒した怪異は今回の一連の事件の影響でどこからともなく引き寄せられてきたに違いない。やつらは同族に引き寄せられる。悪いものは悪いものを引き寄せるのだ。


「で、今後の方針なんだけど。警察の資料が欲しい。なるべく正確なやつ」

「地元警察ね。手配はしてみるわ。現地の政治家たちとの兼合いが難しそうだけれど」

「ありがと。あと、これから洲波冬彦の自宅に行ってみる。なにか残ってるかもしれない。校内で聞き込みをしてたら気になることがあった」

「それはなに?」

「この学校、地元の偉い人の娘さんが結構通ってるって、紫、社長が言ってたよね?」


 私は言い間違いを直しながら先を続ける。そうなのだ。現に、小夜香も現在の理事長の孫だ。

 一番最初、入学するときに理事長と顔合わせをした際に、私と小夜香は出会っている。そこで友達になったのだ。理事長は生徒からラブレターを受け取って、開封するべきか迷っていた。

 彼女を通じて、校内のあちこちで洲波家の事情に詳しい人を探すことができた。


「どうしてそんなこと急に調べたがるの?」


 と訝しげだったが、言い訳を考えるより先に行動してしまったため、慌てながらも私はある話を思い出して事情を説明した。


「ちょっと調べてみたんだけどやっぱり不思議だなあ、と思って。気になったの。小夜香も不思議なのは好きだから、昨日私を誘ったんでしょう?」


 彼女はこの話をわりと好意的にとらえたらしい。というのも、彼女は前々から「オカルト研究会」を設立することを目論んでいた。その話を思い出したのだ。私は友達になった日から誘われていたのだが、その話題は避けていた。けれど、サークル設立の芽が出たかもしれないと思った小夜香は急にテンションを上げて協力してくれた。ただ、「怖いものが苦手」で通していた私のことをまだ少し怪しんでいたようではあったが。

 けれど、収穫はたいして無かった。が、


「その時に聞いたの。遠縁だけど、洲波の血縁の子が通ってるって。その子にも一族のことを聞いてみるつもり」


 遠縁である以上、本家の事情とあまり関わりは無く、有力なことは聞き出せないかもしれない。けれども、私は少しでも手がかりが欲しかった。

 二つの事件。この共通点はどちらも洲波家の血縁であること。だとすれば、家自体になにか怪異が狙う要因があるのかもしれない。


「そう。二つの事件がつながっているとあなたは考えているのね」

「偶然にしてはできすぎている」

「一人目はどこへ消えたのかしら」

「最悪、食べられちゃったのかも」


 珍しい話ではない。怪異は人間を食い殺すこともある。人食い鬼伝承も、何割かはこれだろう。


「それなら二人目はなぜ食べられなかったのかしら」

「わからない。だからこれから調べる」

「わかったわ」

「じゃあ、また」

 電話を切ろうとすると、紫乃が

「本当に大丈夫なのね」


 と確認してきた。


「うん。平気。今までみたいに動けてるよ」

「それならいいけど。その代わり、やるからにはミスしないこと。いいわね」


 胸が緊張する。少し呼吸が苦しくなった。そうだ、ミスを犯してはならない。


「大丈夫。じゃあ、方針は説明したから」


 それだけ言って電話を切った。

 寮の自室が、再び静かになった。携帯をポーチに丁寧にしまい、部屋の中を歩きだす。洗面台で顔を洗い、鏡を見た。黒い短い髪の、どんぐり眼の女の子が映っている。頭にはヒナゲシの髪飾り。私が紫乃から貰ったものだ。これをずっと私は外していなかった。寝る時でさえも。私は、水道の蛇口を捻り、髪飾りを丁寧に洗った。


 背が高く、眼も切れ長な紫乃とは全然違う見た目。やはり、血縁といっても、遠いと意味がないらしい。どちらも「不破ふわ」の血を引いているというのに。

 私は頬を叩いて気合を入れた。

 そうだ、大丈夫。私はもう、ミスしない。今度は上手くやってみせる。やらなければならないのだ。

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