第4話Part3

 この世界には「怪異かいい」と呼ばれる存在がいる。

 その人ならざるもの達は、通常とは異なる誕生の仕方で、この世界に生まれてくる。

 この存在達は、人知れずこの世界に存在し、人々の生活や生命を脅かすことがあった。古来から、「魍魎もうりょう」や「憑物つきもの」、などと呼ばれていた存在だ。これらの存在ははるか昔からこの世界に存在し、例外なくこの日本にも誕生し、生息していた。


 先述の通り、怪異達が人々を危機にさらした際に、人間たちは無抵抗だったわけではない。

 彼らの中には「妖術ようじゅつ」とも呼ばれる特殊な術を行使する能力に恵まれた者達がおり、彼らは化者たちと同じく、物理法則を無視した現象を自在に起こす技術を対抗手段として用いることで、人々のために戦ってきた。その仕組みははるか昔から現在まで、技術は継承され、途切れることなく続いてきた。

 もともとは「妖術士ようじゅつし」の家系として、人々や政府から依頼を受けて、各家系がフリーで活動していた。

 しかし、近年、具体的には2000年代に入ったあたりから、怪異による犯罪は増加の一途を辿り始めた。原因は分からない。多くの俗説が流れているが、誰もその裏付けをとれなかった。

 そのため、妖術士達は、戦力を増強させ、対策を強める必要があった。

 妖術士たちは衰退を防ぐために、技術を継承する後継者を育成するための試みを始めたり、衰退しかかった家系を、今なお力を持つ家系が援助して、徒党を組んで怪異と戦うための依頼を請け負う会社法人を立ち上げたりして、対策を図った。


私がかつて勤めていた、いや、今も勤めている「不破怪異対策事務所ふわかいいたいさくじむしょ」もそんなところの一つだ。東京にある化者退治の事務所ではかなり大手の分類だ。

 私はそこでかつては妖術士の一人として仕事をこなしていた。

 しかし、私は訳あって、ここでの仕事から完全に手を引いていた。


 あの病院の屋上で感じたのは間違いなく、怪異の気配だ。寒気のような、首から下が冷えていくような独特な感覚があった。

 妖術に通ずるものは、敵対する化物たちの気配を感じる独特の直感を持っている。  どちらも物理法則を無視した現象に関わる存在だからこそ、異常な現象を感じ取る感覚が鋭敏なのだろう、という推測を私は聞いたことがあった。


 いま、私は事件が起こった現場の近くにいる。田んぼの近くのあぜ道。道幅はそこそこ広いが、時間が午前0時を回っているのもあって、道端には人っ子一人いない。

 事件現場はもうすでに見てきた。いまだに警官が近くに立っていて、黄色い立ち入り禁止を示すテープが張られていた。見つからないように物陰に隠れて様子を伺うと確かに怪異の気配がした。



「よし…………」


 セオリー通りにいくと……私はどんどんあぜ道をそれて、郊外の人気のない道を進んでいく。どんどん人の歩く道からは外れていく。


 やがて進んでいくうちに、奥に小さな山が見える、かなり広い空き地が見えてきた。このまま奥まで進んでいけば県境にさしかかる。といっても、ずいぶん歩かなければならないだろうが。私は、草木の生い茂る空き地に足を踏み入れた。スニーカーが、草を踏みしめていく。

 急に。頭の片隅が冷えるような感覚があって、私の心臓がトクン、と跳ねた。鼓動を落ち着かせるように深呼吸する。

 間違いない、ここにいる。そして、相手は私の存在に気づき、注意を向けたのだろう。

 足音を殺しながら、進んでいく。小さな山を登っていき、あたりが真っ暗になった。

 そして、またも山道をそれていくと、小さな窪地があった。そこは木々に囲まれている。

 私はポーチに手をかけ、慎重に進んでいく。すると…………


『キキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キ』


 油の切れたねじのような異音。私にはそれがなんなのか、すぐに分かった。

 離れた場所にある木々の陰から、細長い、いや太長い何かが顔を出す。

 そこには、小さな人の顔のようなものが沢山張り付いていた。足音を立てながら、それがゆっくり、ゆっくりと姿を現す。それは前身は二足歩行の爬虫類のような形をしていた。ただし、ハンマーの先端のような形をした頭には先ほど見てとれたように人の顔がいくつもはりついている。グロテスクな姿だった。だが、これが化物の姿なのだ。前身は緑色。木々の葉よりも濃い色だった。


『キキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キ』


 そうこれは目の前の怪異が立てる笑い声だった。


『キキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キキキ、キ……………………』


 怪異が、笑うのを止めた。次の瞬間。


『しゅあっっっっっっ』


 それが飛び掛かってくる。三メートルほどの巨体からは考えられないほどのスピードだ。

 私は全身に力をこめる。自分の心臓が激しく脈を打つのを感じた。

 全身の血液が熱くなり、濃度があがったような感覚と高揚感がやってくる。妖力を体内で生成し、体中に拡散して新たなガソリンとして循環させ、自らの肉体を活性化、強化させたのだ。私はとっさに跳躍して飛び退き、攻撃をかわした。

 足元の硬い土がはじけ飛ぶ。

 私はパーカーを、空中から飛び降りながら投げつけ、視界を防ぎながら、地面を蹴って、相手に飛び蹴りを入れた。思わぬ反撃に化物がたじろぎ、奇声をあげた。

 更に反動を利用して空中でバク転し、怪異の体の下側をポーチから取り出した肉厚のナイフで掻き切った。このナイフは対化物用に加工された特別製だ。希少金属に純銀を練りこんである。対して怪異は激しく尾を振り回して、私に一撃を当てようとする。

 頭上をかすめる尾を横に転がってかわすと、ちょうど私の後頭部の後ろに気配を感じ、受け身をとって地面に背中を投げ出し、迫る相手の歯による噛みつきを回避した。歯を嚙み鳴らす音と共に、悔しげに化物が唸った。


 さらにそのまま後ろを振り返ることなく、背後めがけて呪符を投げつける。爆発音とともに、吹き上がる橙色の火花が私の顔を照らした、同時に熱を感じる。私の術の一つだ。

 火花の中から突き出した怪異のウロコのついた手の爪を、ナイフで受け止めて払う。二撃目を、私は転がって地面に伏せて交わした。

 私は背中に力を入れて反動を利用して起き上げると、背後を回転しながらナイフで一閃する。

 やけになったように放たれる爪と尻尾の連続攻撃をジグザクに飛んでかわすと、急停止してから、大きく跳躍した。

相手の背後めがけて飛び、さらに回し蹴りを浴びせる。私は大声を上げながら、右手の呪符に妖力をこめて怪異の口の中に叩き込んだ。

 あああああああああ、と奇声が上がる。

 怪異の長い蛇のような形の顔に呪符が張り付き、その顔を燃やしていた。浄化の炎。化物の存在そのものを燃やし尽くす火炎を生成する、攻撃用の妖術。

 顔を抑えてひるんだそいつの体に狙いをつけ、もう一度同じ技を繰り出す。

 さらに悲鳴が上がる中、私は相手に突っ込んでいき、ナイフを閃かせて体中を突き刺した。

 赤黒い血が飛び散り、やがて、もんどりを打って勢いよく倒れた。

 しばらくピクピクと痙攣したのち、怪異の体は赤黒い塊と化し、どろどろと溶けていった。


 私はポーチに鞘をはめたナイフをしまうと、額の汗をぬぐう。体はなまっていなかった。ちゃんと対応できた。けれども……

 あまりいい手応えではなかった。嫌な推論に達したからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る