第2話Part1
広い窓にかけられたカーテンは夕日を遮れきれず、食堂のあちこちに影を投げかけている。私達の座る机の端もオレンジ色の光に照らされており、しばらく見つめていると目が痛くなりそうだった。
「また一人御不幸があったそうだよ」
「誰のこと?」
私はフォークを動かすのをやめて皿から顔をあげた。
「
「ニュースなら見てないよ」
小夜香が、ふぅん、と鼻を鳴らす。
広い学生食堂の窓際の席。中庭に面しているから、夕陽が差し込んできて眩しい。立ち並ぶ食堂の棚の中には皿がいっぱい飾ってある。おそらく陶器コレクション。その上にはなぜか四つのカップが入った銀のお盆が置いてある。
一度高く跳んで中身をのぞいてみたが空だった。
また部屋の隅の天井近くの壁にはこれまた何を祀っているのかよくわからない神棚?がある。誰も名前を知らず、どこにも記されていない神様。ご利益にはなんなのだろう?
「ちょっとぉ。しっかり聞いてるの?」
うん。と答えて、聞く姿勢があることをアピールするために、フォークをツナやサバ、ホタテなどを使った海産ミックスパスタに刺したフォークを抜いて、皿のフチに置いた。
「また、ってことは今回は?」
洲波家という名前は知っていた。この京都府D市の名士で、業種は知らないが老舗の企業グループだ。歴史は長いらしいが、いつの時代のものかは知らない。小夜香が言うには、今回事件に巻き込まれた、という洲波家の人は自分が院長を勤めるビル六階の屋上から落ちたらしい。
聞くだけなら、事故か自殺だが、どうも報道によると状況がおかしいという。
落ちる前に、転落防止のフェンスを突き破っており、そのまま落下したのだという。たしかに妙だ。事故にしても自殺にしても派手すぎる。
「ね、変でしょ?それから他にもいろんな噂があってさ」
ピックアップした様々な憶測を伝えてくる。
彼女は話好きで、私は聞き上手。だからこそこの関係は成り立っている。それに私が好きか嫌いかに関わらず、自分がしたい話をしている小夜香は悪くないと個人的に思う。
切れ長の目を動かし、少し気だるげに、しかし盛んに話す彼女は、今のところこの学校での私の唯一の友人だ。
「それでねぇ、今から現場を見に行かない?」
「なんで?」
「だって、さすがに今回のは異常でしょう?参考のために見ておこうかと」
「なんの参考にするつもり?」
声が尖るのが自分にもわかる。何を言い出すのだこの子は。
少し面くらいながらも、小夜香は
「いやあ、オカルト好きとして。気になるじゃない?警察があらかた見た後かもしれないけど、生の現場を見ておきたいなって。軽蔑する?不謹慎って」
確かにこの子は好奇心旺盛だ。身近なところにある心霊スポットを全制覇したとも言っていた。
「別にしないよ。行くこと自体は不謹慎だとも思わないし。動機に関しては何か言いたいけど。好奇心?」
「あのね。人には、いや、私にはね。行っても気持ちよくなれないと分かっていても、行きたい場所ってものがあるの。好奇心とかとは違うの。気になることはやめられないの」
「そうなんだ」
理解は難しかった。けれど気になるのは私も同じだった。
「いいよ。いつ行く?」
「食べ終わったらすぐ。ノリいいじゃない」
「心配だから。その前に少し荷物とってくるね。水筒とか」
「水筒?まあいいけど。てかほんとに来てくれるんだ?」
「行く流れでしょ」
デザートばかりの食事を終えた小夜香が立ち上がり、私も後に続いた。
返却台まで歩いて行き、ご馳走様、と声をかける。
少し申し訳なかった。半分も食べれなかったから。
でも、小夜香がいなければ、私はもっと食べれなかったかもしれない。
校外に出て、ニュースアプリやネット情報をもとに現地に行ってみた。
当然、小夜香も一緒だ。夕暮れ時で、学園を出た先にある、いわば城下町のような繁華街は寂れていてもそれなりににぎわっていた。夕暮れ時だから色んな人が買い物をしているのかもしれない。学園の寮に私はこもっていることが多いから、この雑踏は新鮮な気がした。以前はもっと人が多いところにいたのに。
六階建ての鉄筋コンクリートでできた堅牢な造りのビル。屋上から人が飛んでも、病院は通常営業だ。閉める理由が無いのは事実なのだが。
もう警官はおらず、裏口の非常階段まで行き、立ち入り禁止のロープを超える。
緑のペンキで塗られた壁に囲まれた踊り場の階段の途中には赤いカラーコーンが置かれていた。
小夜香が出発だね、と私を促してくる。急に薄暗いところに移動したからか、短い茶髪に影がかかった。
抜き足、差し足で非常階段を登っていく。やがて屋上へ出た。開放的で広く、誰もいない。
まだ事件発生から二十四時間も経っていない。そのことをふと思い出した。
「やっぱり何も残ってないかぁ……」
小夜香が諦めたような口調で言った。
「そうだね…………」
私は、屋上の昇降口から少しずつ歩みを進めていく。
その時だった。首筋が急に冷たくなった。
強い違和感と、首筋が震えるような感覚が、首から頭まで這い上がってくる。何かを無言で訴えるかのように。
そうか。この事件はやはり……思わず周りを見渡した。当然、小夜香しかいない。
「どうしたの?」
と言いながらも、小夜香は眉を寄せている。
「な、なんでもない」
まずい、この場所は。よくない。
「興味本位で来たみたはいいけど……」
言いながら、小夜香が三歩ほど後ろに下がった。
「あんまりいい感じはしないね。」
「……人が死んだ場所だからじゃないかな」
時間が経ってはいるけど、とつけ加える。人が死んだ場所には特有の空気がある。
離れなくてはいけない。早くここから。
「……やっぱこなきゃ良かったかな」
「……そうだね」
この子の好奇心が強いところは嫌いではない。むしろ、いろいろな場所に同行させてくれる事は今の学校に通い始めたばかりの私にとっては救いとなっている。けれど、今回ばかりは彼女のためにはならなかったようだ。
「帰ろうかぁ。忘れものない?」
微かに笑って、小夜香が言う。
「何も持って来てないよ」
そう、と頷いて、私がもと来た出口歩き始めると、小夜香はすぐに付いてきた。屋上を立ち去る寸前で小夜香が振り返る。私もつられて振り返った。表情が強張るのを感じた。
無人の屋上は、沈みかけの夕日に照らされていた。
真っ暗な時よりも私は不気味に感じられた。
やがて、2人揃って慎重に階段を降りていく。私の方が小夜香の後ろを歩き、時折背後を確認した。再びカラーコーンのそばを通り抜け、ビルから2人で出る。夕暮れに照らされた往来に忙しく多くの通行人たちが歩いていく。
私達の姿は雑踏にまぎれた。誰にも呼び止められなかったし、私達の後ろのビルに誰も注意を払おうともしなかった。
その間に、会話は無い。私は一刻も早くここから離れたかった。小夜香のためにも。自分のためにも。
今夜はどうしよう。心の中で、私はそう呟いた。
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