ヒナゲシのさまよい
スミハリ
第1話プロローグ
またこの場所に帰ってきてしまった。
ここの木々が風に揺れる音を聞くと、懐かしさが心に浮かぶ。
わたしが通う学生寮から少し離れたところにある天然林。そこの中央にある開けた、木々の無い場所。わたしのお気に入りの場所。周囲に生い茂る緑は昔と変わらず鮮やかだった。
昔はよく、ここで遊んでいた。わたしの親戚の子達が固まって遊ぶ中、わたしは気に入った遊び相手とだけ遊んでいた。ここ何年かは親戚のみんなもめっきりより付かなくなったらしいけど。
うちの家とみんな事情が同じなのか、それとも違うのかはわからない。迷いそうになるほど広いわけではないけど、遊び場には充分な敷地面積。ここはそんな場所だった。
新しく高校生になった今は、その相手がいない。寂しくはないけど、そこだけは変わってしまった。
歩みを進めていき、ざらざらとした木の表面に手をかける。
かすかに手汗の出た手をかけ、体を上に引き上げた。
足が地面から離れる。
かつて見栄を張って登れることを自慢した木に登ってみると、昔よりもずっと簡単に登ることができた。中学の時にやっていたバスケットで、体力がついたのもあるのかもしれない。
過保護な友達や両親には止められたが、心配なのは私の身だけではなかったのだろう。
それは無理もない。
ただ、それを見て感心してくれる子が一人いたことが嬉しかった。けれど、もうその子には会えなくなったし、なんとなくそれからはあの屋敷にも行き辛くなった。
屋敷の中は珍しかったから、結構詳しく覚えている。
やがて木の頭の先に一番近い枝の分かれ目に到達し、そこでゆっくり腰を下ろした。
森の奥の向こう側まで見渡せる。
他の木々の緑に混じって、赤い屋根を持つクリーム色の建物がみえた。
わたしもお呼ばれしていた洋風の屋敷だ。お屋敷といえば、三階建てかと小さい頃は思っていたけど、よく見ると天井の高い二階建てだった。本当に変わっていない。
左右対称の造りの、わたしの実家より、ずっと立派なお屋敷。
周りだけが変わっていく。
ただ、切なさを感じるよりも森の空気の美味しさ、夕暮れに差し掛かった陽の光の独特の眩しさに、わたしは感心していた。
(写真でも撮ろうか)
ポケットから携帯を取り出す。
その時、ガサッとかすかに音がした。下からだ。
私は思わず私は目線を下げ音がした方向を見る。
少し離れたブナの木立の中に、何かがいる。それは木から木へと身を隠すようにして静かに近づいてきていた。シルエットからして、あれは……人……だ。
やがて私がいる木の下までやってきて、立ち止まり、顔を上げた。
二つの黒い瞳がこちらをじっと見つめていた。
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