第2話 幼馴染の同士と新情報

「いっただっきま~す」


 奏は「はむっ」と小さな口を開けるとカツを頬張る。

 

「ん~! やっぱりここのカツはおいしいね~」


 笑顔でモグモグしながら左手で頬を抑えながら、食べている姿を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。


「………」

 

 恥ずかしそうに顔を逸らす彼女。


「……見られてると食べづらい」


 あぁ、あまりにもおいしそうに食べるもんだからつい見てしまった。


「いや、美味しそうに食べるな~って思って

「だっておいしいし…何より誰かに貢いでもらって食べるご飯は格別だし」

「言い方、それだと僕が君のこと好きで貢いでるみたいじゃないか」


 その言い方はまるで彼女に貢いでいるという誤解が増えそうなので否定する。


「え、私の事嫌いなの?」


 嫌い……という事はない。

 一緒に居て楽しいし、何より同じ推し仲間として楽しい。

 恋愛感情というより、同じものを追いかける仲間として好きだ。


「そういう言い方、誤解を生むからやめてほしい」

「あはは」


 彼女はそう言って悪戯っぽく笑う。

 彼女はこういう思わせぶりな事をよく言う困り者だ。


「冗談だよ、奢ってくれてありがと」


 彼女はそう言ってえへへっとペロッと舌を出して笑う。

 その表情はとても可愛らしく、ドキッとしてしまった。

 

「さて、今日はここまでにして皆さんに重大告知があります!!」


 重大告知?

 動画配信の事だろうか?


「私、近々このラジオを卒業することになります」


 ……え?

 卒業?


「理由は色々あるんだけど、専念したいっていうのがあって卒業することにしましました」


 思考が追いつかない。

 そこからは引継ぎで新しい子がラジオを引き継ぐ形になった。

 

「しばらくは新田美奈ちゃんと一緒にやっていくから、それじゃ美奈ちゃん自己紹介をお願いしま~す!!」

「は、はい!!」


 新しい新田美奈という女の子が緊張してした声でそう言った。


「緊張しないで、リラ~っクス……ほら、深呼吸深呼吸~」

「……すぅ~、はぁ~」 


 彼方ちゃんの言葉に素直に従い、深呼吸をしていた。

 素直な子だというのがラジオ越しに伝わってくる。


「新田美奈です……えっと、えっと……うぅ……」

「……ごめんね皆、少し緊張しているみたいで」

「ご、ごめんなさい!!」

「ううん、緊張するのは分かるよ~、私も最初の頃噛み噛みだったしね~」


 確かにそうだ。

 昔の彼女も初ラジオの時は面白いくらい慌てていたのを覚えている。

 噛み噛みプラスで色々ひっくり返していたのか何かが落ちる音が響き渡っていた。


「そうなんですか?」

「うん、私なんて飲み物溢して機材まで濡らしちゃったんだから」


 今のしっかり者の彼女からは想像もできないだろう。

  

「今日は緊張しているみたいだから、質問はまた今度ね」

「すみません……」

「いいよ、初回なんだし仕方ない。 徐々に慣れて引き継いでってね」


 彼女は優しい。

 誰よりも一人でやる事の不安をわかっているかのように彼女にいった。

 彼女の時は1人だったので、誰も助けてはくれなかったが美奈ちゃんには彼方ちゃんがいる。

 

「時間も時間だし、美奈ちゃん最後に一言言いたいことありますか?」

「え、えっと……未熟ですが、頑張っていきますので応援、よろしくお願いします」


 彼女は「うぅ……」っと恥ずかしそうな声が聞こえた。

 

「はい、ありがと~!! それじゃ、残りの三か月よろしくね……それじゃ、次回をお楽しみに、ばいば~い」

「ば、ばいば~い」


 新しい女の子と共にラジオを締めくくり、終わってしまった。

 卒業か……。

 仕方ないとはいえ、僕の青春の一部と化していた彼女のラジオの喪失感は僕の心にぽっかりと穴が空いたようだった。


 ……ねるか。

 そうして僕はそのままベットに倒れ込み、泥のように眠った。


 彼方ちゃんが引退すると知って次の月曜になり、いつものように奏との待ち合わせ場所に着くと、彼女は心配そうに顔を覗かせる。


「どうしたの? 元気ないじゃん」

「そうか?」

「うん、なんていうか死んだ魚のような目をしてる」

「……酷くね?」

 

 例えが完全にひどい。

 生気がない目なのは知っていたが、実際に人に言われると泣きたくなってくる。

 彼女にそう言うと、呆れたように両手に腰を当て頬を膨らましながら、見てくる。 


「彼方ちゃんの引退はいつか来るんだよ? それが決まっただけじゃん」

「仕方ないって言ってもな……」

 

 正直、割り切れるものじゃない。

 わかってるよ、いつか終わりが来ることなんて。

 始まりがあれば終わりがある。

 これは何事においてもそうだ。

 

「めそめそしないの、そんなんじゃ彼方ちゃんが悲しむよ?」

「悲しむ?」

「だってそうでしょ? 彼女だっていつもラジオを盛り上げようとどんな時でも明るく接してたじゃない。 引退の時だって、本当は自分だって悲しかったはずだよ」


 確かに彼女の言う通りだった。

 本当は誰よりも彼女の方があの番組を楽しんでいたのだ。

 不安や辛い事、楽しい事など色々あったはずだ。

 

「そう、だね……」

「そうだよ、全く……」

「……ごめん」


 そうだよな。 

 別れは悲しい、だけど彼女の配信に涙は似合わない。

 彼方の番組誓約第二条、皆で楽しく笑顔で楽しもう。

 彼女の番組においての三箇条の一つだ。

 彼女もリスナーも互いに楽しく番組を送る為の三つの心得だ。

 

「元気になったみたいでよかった、それじゃ学校行こ?」

「……あぁ」

「それに、彼方ちゃんライブ配信するんでしょ、何を落ち込むことがあるの?」


 そっか、確かに彼女の言う通りだ。

 もし、あのアカウントが本当の彼女ならライブ配信するという事だ。

 すっかり忘れてた。


「でも、あれが本当って事は……」


 そう思っていると、そのアカウントから動画が投稿されたと通知が来ていた。

 これは……。


「お、投稿通知来てる」


 そう言って彼女は片耳にイヤホンをつけると、もう片方のイヤホンを渡して来ようとする。

 紐型のイヤホンでないとはいえ、誰かが使ったのをましてや彼女が使っていると考えると気恥しくなる。


「ほい、これ」

「いいよ、自分のでみるよ」

「そう?」


 そう言って彼女はもう片方のイヤホンをしまう。

 僕らは立ち止まり、動画を再生する。

 画面はラジオの構図で座っている子がいてその手にはお便りと書かれた物を持っていた。

 

「皆さんこんにちわ~、叶彼方で~す」


 その声を聞いた瞬間わかった。

 この声は間違いなく、彼方ちゃんだった。

 本当の彼女の配信アカウントだった。


「初めましての人が多いと思いますので自己紹介します!! 私は叶彼方、明るさと元気が取柄な普通の女の子です!!」


 彼方ちゃんが動画を投稿したを始めて数分後、登録者数が急増した。

 100、200、300とどんどん増えていく。

 なんというか、彼方ちゃんだとわかった瞬間鰻登りに上がっていった。

 

「凄い伸びだね~」

「そうだな」


 登録者1から数分で1000人越になっていた。

 流石は人気番組の看板娘である。

 最終的に約3000人くらいで落ち着き、且つ緩やかに上昇している。

 

「登録者凄いな」

「そりゃ彼方ちゃんだもん」

「それもそっか」


 彼女の番組は人気だ。

 このご時世なら普通はVチューバーになったりするものだが、彼女の方針はどうやら今までのようにラジオ配信を行うそうだ。

 募集場所は前とは違い、マシュマロで募集するそうだ。

 その中から彼女が選んで進行していくと言っていた。

 

「楽しみだね」

「あぁ、そうだな!!」


 テンションが上がってきた。

 ラジオ番組は卒業してしまうが、こっちでやるなら結果オーライだ。

 配信は一応卒業と引継ぎが落ち着いてからという事なので、彼女の初配信は少なくとも三か月後という事だ。

 

「私も楽しみ……もうしないと思ってたから……」

 

 そう言って彼女は自分の事のように心底嬉しそうな表情でそう言った。

 感慨に耽っていると、携帯の横の時間を見る。 

 時間は8時、余裕を持って出たが歩きではギリギリ間に合わない。


「やべ、時間!!」

「え、うわやば!! 急げ~!!」


 奏も時計を見ると焦ったように共に学校へ向かって駆けだした。


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