三つ目 小狐
隣にいるよ、と声をかける。
でも彼はこちらを見ることなく、どんだん先へ進んでいった。
ぴしゃり、と水の音が聞こえ、彼は周りをゆっくりと見回す。
額にはじっとりと汗をかいて、今にも零れ落ちそうに月の光を反射していた。
深い色をした賽銭箱に、錆びたすず、横には閉ざされてギッチリと縄で巻かれた井戸。
カタリと音がして、じっと見つめる。
がさりと勢い良く黒い影が飛び出し、ギョッと身をすくませて思わず彼の肩を掴んでしまった。
「狐……」
もふりとした毛を艶めかせ、丸い純な目でこちらを見つめるそれに、彼は手を合わせる。
夜の神社ではあまり良くないのでは、と思いながら、彼の後をついて歩き出した。
「肩が痛い……」
眉を顰めて腕を回す彼に、ごめん、と囁いている時も、前を見つめていた。そうせざるを得なかった。
惹きつけられるように、小狐を凝視する。
小さな顔にしては大きな、裂けたようになっている口を開くと
「どこの者だ?」
と周りに低くよく響いた。
今度は彼が飛び上がる。
宙を舞う彼の汗が、見えた気がした。
「え!? なんて!?」
咄嗟に、何と言ったか聞き取ろうとする彼に、ふふと笑ってしまう。
様々な方向を眺める彼を嘲笑うように、辺りに立ち並ぶ木々がザワリと音を立てる。
それに呼応するように狐は身軽に身体を翻らせた。
「ちょっと待って!!!」
狐を追って森の中に入って行こうとする彼の気配を感じ、慌てて手を掴む。
だめ! と叫ぶと彼は立ち止まり、こちらを向いた。
視線を向けろと訴えかけるように、森の中からまた、あの声が響く。
身体の芯まで震わせるその声に、彼は一瞬瞳を揺らがせ、私の方を見た。
「ただいま」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます