第18話

 二層、三層も一層目と同じく迷宮になっていた。

 何度が彷徨ったが印を付けて進めば迷うことはなく、どんどん攻略できた。

 モンスターも出てくるのはヘビかトカゲのみ。

 最初に倒した時のように、攻撃を躱しながら、ひっくり返してトドメというパターンを用いれば、必勝と呼べるほどの勝率を誇っていた。

 俺にレベルシステムがあれば、今頃、三レベルくらいアップしているに違いない。

 だが、残念なことにこの世界には数値なんてものは無かった。


「さてと……ここが、最下層みたいだな」


 そんなことを考えながら階段を降りた四層目。

 そこは上層とは違い障害物のない開けたフロアになっていた。

 最下層はどんな【ダンジョン】でも同じような形状であることが多い。今、俺の目の前にある実力だけがモノをいうステージ。

 そして、奥には【欠片かけら】が祀られている。

 アレを回収すれば【ダンジョン】攻略は終わるが――、


「こいつを倒さないと駄目ってことか」


 俺の目の前には巨大な大蛇がいた。

【ダンジョン】には決まってボスのようなモンスターが最下層にいることが多い。この【ダンジョン】ではこいつがボスのようだ。

 全体像が把握できないほど、蜷局とぐろを巻き、人間一人分よりも大きな口からは、先端が分かれた長い舌がチロチロと動く。


「しかし、まあ、何を食べたらここまで大きくなれるんだ?」


 モンスターが巨大になることは多々ある。

 それに加えて、異様に変化することも少なくはない。クラスメイト達を倒した飛蝗バッタのように……。

【ダンジョン】が現れて何十年も経過しているのに、未だに解明されない謎を、俺が分かるわけもない。


「俺に出来るのは――こいつを倒すことだけだ」


 ここまで来たんだ。

 俺一人で【ダンジョン】を攻略してやろうではないか。それが臥牛さんや織納さんへの何よりも恩返しになるだろう。

 そんな気持ちを抱いて、俺は大蛇に構える。

 上層で戦ったトカゲ達よりも大きいとはいえ、身体の仕組みは殆んど変わらない。だから、鱗のない腹部を狙えばいいだけだ。

 俺が編み出した必勝パターンでトドメを刺してやる。


「さあ、来い!!」


 俺の叫びに大蛇は顔を矢のように突き出した。

 ノーモーションで放たれた頭は、鋭い速さで俺との最短距離を走る。あまりの速さに能が死を連想したのか。牙から流れる唾液がゆっくりと垂れたのが見えた。


「……速い!!」


 これまで倒してきたトカゲ達よりも動きが速い。

 だけど、動きが直線的だ。

 どれだけ速い球を投げるピッチャーだろうと、ストレートだけでは三振は取れないって、偉い解説者が言っていた。

 野球はそんなに詳しくないけども!!


 とにかく。

 要約すれば見切れないほどじゃないってことだ。

 俺はギリギリで身体を捻って大蛇の頭を躱す。そして長い首に輪を作って引っ掻ける。ザラりとした鱗の感触とブヨっとした腹部の感触。

 二つの感触を上下に味わいながら、俺は力を込める。

 このまま、ひっくり返せばトドメをさせる。

 だが――、


「なっ!?」


 俺ごと強引に振り回した。

 身体が大きければその分、力も強い。それは理解しているつもりだった。だから、これまで以上に踏ん張って力を加えたのに――大蛇の力は想定を超えていた。


 首に巻き付く俺を潰そうとしているのか、大蛇は壁に身体をぶつけた。

 壁と身体に挟まれた俺は、


「ガハっ!」


 その衝撃で、身体に取り入れていた全ての酸素を息を吐き出してしまった。【蒟蒻石こんにゃくせき】は、衝撃を逃がせなければ只の肉体。

 たった一撃で俺は痛みで動けなくなっていた。


(これが……自然発生した五か月モノの【ダンジョン】)


 俺の【適能てきのう】が【蒟蒻石こんにゃくせき】だと、大蛇は知らないだろうが……。俺は運悪く効果のある攻撃を受けてしまっていた。

 もしかしたら、クジさんの【凶】は引いた俺にも効果があるのかも……。


(いや……違う)


 単純に俺が油断したんだ。

 上層部にいた弱いモンスターを一撃で倒せるから、こいつも余裕で倒せるとタカを括っていたんだ。

【ダンジョン】に油断して良い場所などあるはずもないのに。

 痛みで地面に伏せる俺を、見下す大蛇。

 蹲る俺に大蛇の瞳が「にまり」と細くなった気がする。

 蛇に感情があるわけもないのに――。


「シャァァァァ!!」


 顔を近付けて舌で俺の頬を舐める。

 俺の命を飴玉でも舐めるみたいに舌先で遊ぶ。やがて、すぐにその遊びにも飽きたのか――、


「バクン」


 俺を頭から身体まで。

 俺の全てを一口で飲み込んだ。

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