第17話

 生形さんの人形を回収した場所から、一つ曲がった先にトカゲは居た。自分たちの縄張りを主張するように、堂々と闊歩する。


「……気付かれたか」


 やはり、手が届く位置まで気付かれなかったのは、クジさんの運勢のお陰だったのか。俺だけだと、角を曲がった瞬間に気付かれた。

 顔の鱗が、たてがみのように突起するトカゲ。

 泥濁カーキの瞳が俺を睨む。


「大きさは自動車くらいか」


 普通のトカゲに比べればかなり大きいが、その他のモンスターに比べれば小さい方か。学園で攻略した【ダンジョン】では、十メートルくらいのトカゲと戦ったこともあった。


「あの時はどうやって倒していたっけ?」


 学園で学んだ経験を生かそうと、俺は思い出す。

 確か、クラスメイト全員で挑んだんだよな。

 ……。


「あ、沼沢が沈めてたんだ」


 強力なモンスターとの戦いは、決まって沼沢がトドメを刺していた。

 沼沢が一緒だと、俺だけじゃなくて、他のクラスメイト達もロクに戦っていなかった気がするな……。


「今思うと、沼沢は本当に強かったんだ」


 トカゲは俺を見つけるなり、地面を蹴り上げて俺を押さえつけようとする。


「こういう相手は苦手なんだよ!」


 両手両足で獲物を抑えて喰らうモンスターが俺は苦手だった。

 その理由は簡単で、押さえつけられると衝撃が逃がせないからだ。【蒟蒻石こんにゃくせき】の身体も意味を成さない。

 銀髪の少年が俺の皮膚を引き裂いた時のように……。


「でも、だからって他人の力を羨んだって仕方がない」


 地面を沼に変える力があれば、このトカゲだって容易く倒せたことだろう。

 けど、俺にはそんな力はない。俺の【適能てきのう】は、【蒟蒻石こんにゃくせき】だ。

 どれだけ願ったところで【適能てきのう】は増えないし変わらない。


「だから、俺なりの攻略方法でコイツを倒さないと」


 俺は飛びついてきた巨大なトカゲに、スライディングをするように地面を滑る。相手が身体を浮かせたなら、その隙間を縫えばいい。

 引くのではなく前に出ることで攻撃を躱した俺は、振り向きながら爬虫類系の特徴を思い出す。


 ヘビやトカゲは鱗が固い。だから、さっきみたいに、柔らかい部分を狙う必要があった。

 幸運状態なら狙い放題だが、一人では難しい。


「つまり、どうやって相手を押さえるかだ」


 トカゲが俺を押さえつけようとしたように、俺もトカゲを押さえつければいい。

 この勝負、相手を捕らえた方が勝つ。


「なら――!!」


 トカゲが今度は地面を這って進む。

 その動きは岩陰に逃げるトカゲさながらの素早さだ。巨大になりモンスターになっても、その俊敏さは健在だった。

 学園が管理する【ダンジョン】だけを攻略していたのでは、目で終えなかっただろう。


「けど、こっちは臥牛さんや織納さんと訓練してたんだよ!!」


 学園での授業が終わってから、俺は毎日、【タウラスと牡牛】で修行してたんだ。

 これ位の速度だったら、まだ臥牛さんや織納さんの方が速かった!!


 俺の力に目を掛け、日々訓練してくれていた臥牛さん達の苦労。それがようやく実った。


「ガアっ!!」


 大口を開いて噛みつこうとするトカゲの頭を躱しながら、腕を変形させる。トカゲの顔が通り過ぎ、腹部が横に来たところで変形した腕を締め上げる。


「捕らえた!!」


 俺が形を変えたものは輪っかだった。

 腕を平たく伸ばして輪を作る。

 トカゲの胴体に巻き付いた腕を力強く引くと、


 バタンっ!!


 トカゲが腹を向けて倒れた。

 これで弱点が丸見えだ――。


「今だ!」


 俺はその腹に左手を突き出す。

 右手は輪っかに。

 左手は刃に。

 ズブリと、刃先を押し返そうとするが、刃の鋭さに肉が弾けるようにして斬れた。


「よし……っ!!」



 学園で一匹もモンスターを倒せなかった俺だが、初めて自分一人で倒すことができた。

 生形さんのサポートも、クジさんの幸運もない。

 俺の――【蒟蒻石こんにゃくせき】だけの力で倒したんだ。

 小さな自信を手に入れた俺は、【ダンジョン】の奥に向けて足を進めた。

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