第16話

 生形さんが受け取り読み始める。

 どうやら、それは織納さんからの手紙だった。


『これを読んだと言うことは、余程、有り得ないことが起こったんだね。きっと、混乱してるだろうから、私が説明してあげる』


 出だしから匂わされる不穏な言葉――『有り得ないこと』。嫌な予感に改めて覚悟を入れ治す生形さん。


「続き読むよ」


 と、織納さんが記した文字を再び読み上げていく。


『最初に説明して置かなけばならないのは、クジの【適能てきのう】についてだね。クジの持つ【適能てきのう』は、【一日一賭いちにちいちかけ】。お御籤で出た結果によって幸運を味方に付ける力だ』


 お御籤の出た結果によって運を味方に付けることは体験した。

 だが、次に書かれていた文字で、俺は自分がとんでもないミスを引き起こして閉まったことを知った。


『今日、クジがギルドに来た時は大吉。最上級の幸運なら、五か月モノの【ダンジョン】なんて余裕だと思う。けど、この【適能てきのう】の弱点は、一日に一度しか引けないことだ。一度目以降は凶しか出ない。因みに出た運勢によってクジの性格は変わるから気を付けろ』


 なるほど。クジさんが急に蹲ったのは、そういう理由か。運勢が【凶】に変わったから、それに見合った性格に……。

 それだけなら、まだ良かったのだが、止めを刺すような文章が最後には載せられていた。


『そして、凶がでたら、それはもう【ダンジョン】攻略どころではなくなる。だから、こんな手紙を読む前に急いで避難することをオススメするよ。リーダーと一緒に凶を体験した時は、【ダンジョン】に閉じ込められたから』


「手紙読む前って――」


 手紙を読まないと分からないだろうが!

 姿の見えぬ織納さんに恨みを吐き出したくなるが、そんなことしても無駄だ。


「と、兎に角、もどりましょう」


 生形さんの言葉に頷きながら、俺は力のなくなったクジさんを掴んで強制的に立ち上がらせようとする。

 『凶』によってどんなことが起こるのかは分からないが、織納さんがわざわざ念を入れて手紙を用意するくらいだ。従った方がいい



「ちょ、ちょっと、クジさん!!」


 まるで、地面に張り付いたガムのように、その場に引っ付いたクジさん。生形さんと二人で何とか引きはがして、【ダンジョン】の出口を目掛けて引き返す。

 だが、通路を真っ直ぐと進んだところで、俺は気付いた。


「しまった……」


 そうだ。この【ダンジョン】は迷宮になっているんだ。まだ、一層目とはいえ、自分がどこをどう曲がったかなど覚えていない。

 どうせ、【欠片かけら】を手に入れれば、帰りは関係ない。そう考えていた俺達は印なども一切付けていなかった。


 このまま、闇雲に進んだところで迷子になるのは明白だ。

 突き当たった通路の右と左。

 どちらに進むべきか悩む俺の前に、生形さんが躍り出た。


「任せて! ぼんやりだけど、道は覚えてるから!!」


「え……!?」


 生形さんはそう言うと迷うことなく右を選ぶ。


「私、こう見えても記憶することは得意なの!!」


 走り出した生形さんの背を追って、俺も走り始めた。

 生形さんは学園において、常に筆記試験でトップの成績を収めていた。だから、記憶力が良いことは分かる。でも、さっきまでの生形さんは精神が普通ではなかった。

 本当に大丈夫なのか?

 少しだけ不安になるが、考える時間すらも【ダンジョン】は与えてはくれないみたいだ。

 迷宮のどこに隠れていたのか。

 俺達の行く手を阻むように二匹のトカゲ達が前方から走ってきた。いや、現れたのは前方からだけじゃない。

 後ろからも仲間を殺した俺達を追うようにして、三匹のトカゲが走ってきた。


 前方から二匹。

 後方から三匹。


 さっきまで、モンスターと殆んど出会わなかったことが嘘みたいだ。それもまた、クジさんの大吉がもたらしていた幸運だったわけだ――!

 しかし、運を嘆いても事実は変わらない。

 俺がやるべきことは五匹のモンスターをどう切り抜けるかだ。


「生形さん!」


 足を止めた生形さんを追い抜いた俺は、背中を丸めて腕を突き出す。

 イメージしろ――俺は橋だ。

 自分の身体を構築するブロックを組み替えて身体全体を変形させる。前方にいる三匹のトカゲの頭上にアーチが掛る。


「俺を使って!!」


 生形さんは短く頷くと身体で作った橋を渡り始める。

 身体を屈めて俺を渡り切る生形さん。

 彼女が地面に足を付いたことを確認した俺は、橋渡した腕に力を込めて、身体を引き寄せる。


「凄い……。こんな使い方も【蒟蒻石こんにゃくせき】は出来るんだね! 本当、学園で最下位だったのが嘘みたいだよ」


「……毎回、褒めてくれるのは嬉しいけど、今は早く逃げよう!」


「だね……!」


 俺達はトカゲから逃げるようにして走るが、どう足掻いても人が野生生物に脚力で勝てることはない。

 徐々に距離を詰められていく。

 こうなったら、俺が残って戦うしか――。

 そう思った時、前を走る生形さんが抱えていた人形を後方に放り投げた。


「ピッちゃん。お願い!!」


 宙に浮いたキーホールダーサイズの人形。それは地面が近付くにつれて、どんどんとサイズを増していき、最終的には通路全体を塞ぐほどの巨体になった。

 縦と横、共に三メートルはある通路を塞ぐとは……。


「生形さんの【適能てきのう】だって凄いじゃない」


「へへ、ありがと」


 生形さんの【適能てきのう】は人形を操ること。

 サイズも操れるとはいえ、まさか、ここまで巨大化させることができるとは……。筆記だけでなく実戦での成績が良かったことも頷ける。


「褒めてくれるの嬉しいんだけど……多分、あんまり持たないと思う。あそこまで大きいと操れないから」


「充分だよ!」


 大きさが大きくなるほど操るのが難しくなるのだと生形さんは恥ずかしそうに言った。今は道を塞いでくれるだけでも有難い。

 トカゲ達は人形を破壊しようと暴れているのか、迷宮が揺れる。パラパラと小石が天井が落ちて俺達に当たる。


 生形さんが迷うことなく何度目かの角を曲がると、光が先に会った。それは間違いなく――、


「出口だ!!」


 俺は嬉しさに思わず叫んだ。

 良かった。

 多くのモンスターに囲われたとはいえ、それほど不運が舞い落ちることはなかった。あと十メートルほどで外に出られる所で――迷宮を揺らす振動が一際大きくなった。


 ガァアン。


 巨大な音と共に出口付近の天井が崩れ始めた。

 まさか――。

 織納さんの残した手紙の一文が思い浮かぶ。


「【ダンジョン】に閉じ込められた――」


 それだけは避けなければ。

 俺は生形さんとクジさんを掴み、身体を再び変形させる。腕を伸ばして無理矢理二人の背を押した。

 加速した二人は出口に飛び出るが――、


「舞兎くん!!」


 俺が腕を戻すと同時に天井が崩れた。

 巨大な瓦礫は人の手では持ちあがらなそうだ。


「完全に閉じ込められた。モンスターが暴れた振動で出口が崩れるなんて――運が悪いな」


 織納さんの言う通り、直ぐに引き返して良かった。こんなこと不運で奥に進んでいたらどうなっていたことか。


「いや、それを言ったら、俺が余計なことをしなければ安全に【ダンジョン】攻略できていたのか」


 悪いのは俺だ。

 だから、ここからどうするのか考えよう。


 現在、俺に与えらえた選択は二つ。

 この場で救助を待つか――【ダンジョン】を攻略するか。

 二つの答えを見据えるように、【ダンジョン】の奥に視線を移した。

 先ほどまで自分たちがいた道が、まるで別の【ダンジョン】のように不気味に感じていた。仲間が誰もいないことが、こんなに怖いとは……。


「でも、待っていても仕方がない。一人でも【ダンジョン】を攻略してみよう」


 不運を持つクジさんは【ダンジョン】の外。

 ここからは運は関係ない実力勝負。

 自分がどこまで進めるのか試したい気持ちが湧いてきた。


「一人で五か月モノを経験する機会も滅多にないだろうし。折角だから頑張ってみよう」


 いずれは、数十年モノの【ダンジョン】を攻略するんだ。一年にも満たない【ダンジョン】を一人で攻略できなくてどうする。


「それに、駄目だったら引き返せばいいだけだ」


 俺は自分に言い聞かせて【ダンジョン】の奥へと進んでいく。今度こそ、道に迷わないように印を付けながらだ。

 腕を剣のように変形させた俺は、地面に矢印を描いていく。行き止まりに辿り着いたらバツ印を付けて行けばいい。

 これがあれば、もう迷わない。


 印を付けながら進んでいくと、地面にピンク色の布地と白い綿が散乱していた。

 どうやら、ここは五匹のトカゲ達に襲われた場所らしい。


「ありがとな、ピッちゃん」


 俺達を逃がすために身を犠牲に守ってくれた人形に礼を述べる。無事だった顔を拾ってポケットにしまう。柔らかい布地はモンスターの唾液でゴワゴワと固まり皮膚を刺した。

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