第15話



「一撃で倒すとは、お前、中々やるら」


「クジさん……」


 角に隠れて戦いを見ていたクジさんが、陽気な足取りで俺に近づいてきた。

 陽気なリズムで足を動かす彼に俺は聞いた。


「コレがクジさんの【適能てきのう】なんですか? いくら何でもあの距離まで近付いたのにモンスターが気付かないなんて有り得ないですよ!」


 俺の問いに「ホゥ!!」と、右手で天井を指差し突き上げた。


「そういうこと~。ね、戦えば分かったら?」


 クジさんはウィンクをしながら。手を胸の前に戻す。

 その瞬間。

 クジさんの両手には、俺の半身ほどある六角柱が抱えられていた。


「これが俺の【適能てきのう】だ」


 クジさんが六角柱の頭を俺に見せる。

 そこには細長い穴が空いていた。

 この形状……俺は見たことがある。

 そうだ!


「これは、神社で引くようなお御籤みくじだ!」


 大きさこそ違うが、形と色合いはまさにお御籤、そのものだった。中に入ってる運勢を振って出すタイプのお御籤。


「正解! これはお前の言う通り、お御籤になってるんだ。出た結果によってその運が舞い降りる。そして、今の俺は大吉を引き当てた絶好調ボーイだ」


「幸運が舞い降りる」


 俺がモンスターに見つからなかったのは運が良かったから。

 もし、それが本当なら強力過ぎるのではないか? モンスターに見つからずに倒せるだなんて、そんな【適能てきのう】、学園で持っている人間は一人もいなかった。

 織納さんが任せたのも頷ける。


「つまり、俺の【適能てきのう】があれば、どんな相手が来ても二人は負けない」


 クジさんは言いながら、くるりと振り向いた

 その視線は、生形さんを見据えていた。


「だから、安心しろよな、生形いがた スイ。立ち止まってても強くはなれないぜ」


 これまでただ、黙って付いてきていた生形さんが、初めて口を開いた。

 染み付いた恐怖に震えているのか、細い声が【ダンジョン】に響く。


「わ、私も強くなれますか……?」


「勿論だ」


「でも、また、あの少年に会ったら……」


「大丈夫。強くなるまで俺達が一緒にいるさ。ま、王丑きみひろは、無茶させるだろうが、もう、絶対に二人だけにはさせない。それは俺が約束するら」


 どん。と、クジさんは、手にしていたお御籤を地面に置いて胸を張る。

 新人を守り導くのが先輩の役目だと言い切った。

 クジさんの言葉は、俺達に心強く響いた。

 頼れる相手がここにいるということが、これだけ心を軽くするとは。この人がいれば、何が来ても問題ない気がしてきた。

 それは生形さんも感じたのだろう。


「……その、もし次、モンスターが出たら私が倒してみてもいいですか?」


 と、前向きに俺達に聞いてきた。


「勿論だ。板子イタコ 舞兎まいともそれでいいら?」


「はい!」


 凄い。

 あれだけ怯えていた生形さんが、俺の良く知る姿に戻っていた。

 優秀で誰にでも優しい生形さんの復活だ。

 そのことが嬉しくて、俺は少しだけ浮かれてしまっていた。


「それにしても、【適能てきのう】がお御籤って面白いですね。俺にも引かせてくださいよ」


 お御籤を地面に付け、肘を乗せていたクジさんから、俺は半ば強引に六角柱を借り受けた。そして、そのままパンダがタイヤを抱えるような姿勢で、ガラガラとお御籤の出口を下に向けた。


「馬鹿、辞めろ!!」


 クジさんが慌てて手を伸ばすと同時に、


 カラン


 と、一本の棒が口から【ダンジョン】に転がり落ちた。俺は棒を拾って先端に書かれていた文字を見る、

 棒の先端に書かれていたの文字は――、


「【凶】。俺の運勢は良くないみたいですね」


「……」


「生形さんも引いてみる?」


 と、お御籤を生形さんに渡そうとしたのだが、クジさんの様子がガラリと変わったことに気が付いた。

 地面に膝を抱えて座り込み、指先を地面に付けてクルクルと回す。

 明らかに落ち込んでいた。明らかに異様な空気を醸し出すクジさんに、生形さんが心配そうに声を掛ける。


「大丈夫ですか……? どこか具合でも……?」


 生形さんの言葉に、クジさんは弱弱しく顔を上げる。

 表情に力はなく、瞳も先ほどの半分ほどしか開いてなかった。たった数秒で何年も老け込んだみたいだ……。


「俺なんて……役に立たないから置いて行ってくれ。優秀な二人なら、俺なんていなくても大丈夫だら?」


 一つの台詞で「俺なんて」と二度も口にしたクジさんは、先ほどとはまるで別人だった。

 さっきまでの頼れる先輩は何処へ行ったのか。

 今のクジさんは、卑屈で自信の一つもない性格へ変わっていた。


「なんで、急に……」


 その変わり身の早さに俺は混乱する。

 俺が困っていることにも、クジさんは謝った。


「悪かった。全部俺が悪いんだよ」


 のっそりと姿勢を正すと、俺達に両手を付けて頭を下げた。

 【タウラスと牡牛】はすぐに、土下座する文化でもあるのだろうか?

 臥牛さんもクジさんも躊躇いがなかった。


「お前らを驚かせようと……俺が【適能てきのう】をちゃんと説明しなかったから……」


 頭を地面に付けたまま、手だけを動かして久茲さんはポケットから何かを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る