第6話

「よし!」


 無事に【タウラスと牡牛】に所属することが決まった俺は、お世話になるギルドの掃除をすることに決めた。

 ギルドと言っても、【タウラスと牡牛】が拠点にしているこの場所は、酒場のような集会所。使用するのはメンバーだけだからだろうか、掃除は行われていないようだった。


「にしても、本当に誰もこないんだな」


【タウラスと牡牛】は宿泊できる部屋がいくつか用意されているのだが、そこを現在、使用しているのは、俺と臥牛さん。それに織納さんの三人だけだった。

 他のメンバーは自宅で生活をしているらしいのだが、俺がここへ引っ越してから三日間。誰一人として顔を見せることはなかった。


「攻略する時にはちゃんと集まるらしいけど……」


 でも、折角新しいメンバーである俺が入ったのだから、顔合わせくらいはしたい。

 今後、一緒に【ダンジョン】を攻略することもあるだろうから。

 そんなことを考えながら、俺はギルドを掃除していく。

 一時間ほど、床を雑巾で擦っていたら、カランと昔ながらのベルが響いた。この音は入口が開かれた音だ!

 ギルドのメンバーかも知れない。

 俺は立ち上がり、姿勢を正して出迎える。

 だが、中に入ってきた人物は、俺の良く知る顔だった。


「あれ……? 舞兎くん?」


「イ、生形さん?」


 扉を潜ったのは黒髪のツインテールと眼鏡が特徴的な優等生――生形いがた スイだった。生き残った三人のクラスメイトの内の一人。

 あの日、【ダンジョン】に入らなかった生形さん。

 彼女と会うのは実に一か月ぶりだった。

 

「ここで会うなんて偶然だね。その……舞兎くんは本当に大変だったみたいで……」


「俺は全然だよ。でも、生形さんも元気そうで良かった」


「うん……」


「……」「……」


 クラスメイト達が【ダンジョン】で死んでしまってから、会うのは初めてだった。

 互いに何を話せばいいのか考えていた。

 顔を逸らして言葉を選んでいた俺は、顔を上げて生形さんに質問しようとした。だが、それは相手も同じだったようで、「「あの!」」と声が重なった。

 そのことが可笑しくて、少しだけ俺達は笑顔になった。


「生形さんはなんて言おうとしたの?」


「私は、後でいいよ。先に舞兎くんが話していいよ」


「……じゃあ、お言葉に甘えて。生形さんはなんでここに来たの?」


 俺が投げた質問。

 それは、生形さんがギルド――【タウラスと牡牛】に訪れた理由だった。


「なんでって、決まってるじゃない。私はこのギルドに入ることを決めたの。舞兎くんこそ、なんでここに?」


「なんでって、俺はここに所属してるから」


「本当に!?」


 俺の言葉に口元に手を当てて、生形さんが驚いた。大きな目が眼鏡の縁に沿うようにして丸くなった。こうしていると、少しだけ学園での生活を思い出す。俺が沼沢達にいじめられていたり、力が出せなくてモンスターに苦戦するとき、いつも助けてくれたっけ。

 まあ、俺が一方的に心配されていただけだけど……。


「良かった~。【タウラスと牡牛】のメンバーに会うの初めてだから、怖い人がいたらどうしようって思ってたんだ」


 生形さんはそう言って笑う。

 いや、ちょっと待って。

 生形さんは本当に、このギルドに入ろうとしているのか? 優秀だった生形さんを欲しがるギルドは沢山あるはず。

 俺は生形さんに、このギルドが攻略ギルド・・・・・であることを告げた。


「生形さん。【タウラスと牡牛】は攻略をメインにしてるギルドだよ?」


 俺の言葉に、生形さんは笑顔を更に大きくした。


「知ってるよ。だから、このギルドに入りたいんだもん」


「へ?」


 ギルドは大きく分けて二つに分類される。

【ダンジョン】の中に入り、【欠片】を回収する攻略ギルド。

 もう一つは、【ダンジョン】から溢れたモンスターから、市民を守る防衛ギルド。

 どちらも、危険であることは変わりはないが、それでも死亡率は圧倒的に攻略ギルドの方が高かった。

 死亡率とこれまで、先人達が攻略できなかった【ダンジョン】を、自ら進んで攻略しようという人間は少なく、殆んどのギルドが防衛ギルドとして国と連携をしていた。


 俺が聞いた話では、防衛ギルドの大手から生形さんは声が掛かってると噂されていた筈なのに――。

 何故、ここを選んだのか?

 俺は視線で疑問を投げてしまっていたのか、生形さんは優しい笑みを消して答えた。


「あの一件で、国と繋がってる防衛ギルドは信用できなくなったの」


「し、信用?」


「うん。あの場で何が起こったのか。学園もギルドも国も誰も教えてくれなかった。大事なクラスメイトが死んじゃったのにだよ?」


 どうやら、あの場にいなかった生形さんは、何が起こったのか知らされていなかったようだ。

 クラスメイトだけが死んだ事実を告げられたのか。


「ねぇ。あの時。何が起こったのか聞いてもいいかな?」


 それが生形さんが俺に聞きたかったことなのだと直ぐに理解できた。俺も学園から【ダンジョン】で起きたことは口外するなと言われていた。

 別に念を押されなくてもべらべらと話すつもりはない。

 でも――生形さんは別だ。

 クラスメイトとして、知る権利があるはずだ。


 俺は【ダンジョン】で起きた出来事を告げた。沼沢が持っていた【欠片】を使ったこと。

 その結果、強力なモンスターが現れ、瞬く間に皆を殺したこと。

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