第7話

「そうだったんだ……。沼沢くんが。そんなこと、一言も教えてくれなかったな」


「沼沢と会ったの?」


「うん。沼沢くんは国と一番連携している防衛ギルド――【騎士の誇り】に所属することになったんだって」


 起こってしまった事実は仕方がない。

 しかし、それでもあれだけの悲劇を巻き起こした人間が、立場の高いギルドに所属することには素直に頷けなかった。

 それは生形さんも同じようで、「一緒にこのギルドに誘えば良かった」と悔やんでいた。


「人のことを考えたって、時間の無駄だぜ? お嬢さんは自分の意思で俺達のギルドに入ろうとした。今、必要なのはそれだけだ」


 芝居がかった声と共に奥から臥牛さんが現れた。

 どうやら、俺達の話をずっと聞いていたらしい。


「どこから聞いてたんですか?」


「そりゃあ、「一緒にこのギルドに誘えば良かった」って所からだな」


「……」


 訂正。

 ずっと聞いていたわけじゃなかった。

 今起きた所だったらしい。

 もうすぐお昼になるのに……。


「とにかく。【タウラスと牡牛】は力さえあれば、どんな人間でも大歓迎だ。もっとも、その力を見せることが所属する唯一の条件でもあるんだけどな」


 臥牛さんは言いながら、腰に携えた刀に手を沿える。

 リーダーの一撃を受けること。

 それが【タウラスと牡牛】に所属する条件だ。


「生形さんは成績優秀で、数多のギルドからスカウトされてたんです。テストなんてしなくても――。生形さんももう一度、一緒に考えよう」


 俺がクラスメイトを助けられなかったことが原因で、優秀な生形さんの進路を変えてしまうのは御免だった。

 なんとか別のギルドに所属するように考えを改めて欲しいのだが――。


「おい、舞兎。俺は言ったはずだぜ? 「人のことを考えたって時間の無駄だって」よ?」


 鞘から刀を抜いて俺に切っ先を向ける。


「お嬢さんが所属したいなら、俺の攻撃を防いで見せろ。どんだけ学園で優秀だろうが、例外はない。所属しないなら今直ぐ変えれ。どうするのかは、自分で決めてくれ」


 俺に向けていた刃先を今度は生形さんに向ける。どちらに傾くのか、審判を待つ秤のように真っ直ぐ伸びていた。


「私は――このギルドに所属したいです。自分で【ダンジョン】を攻略したい」


「よく言った。それじゃあ、テストを始めようか――怪我しても俺を恨むなよ?」


 刀の先端が、垂直に地面に突き刺さる。

 ズブっと音を立てて刀が完全に消えると、「モオオォ」と一匹の巨大な牛が現れた。

 俺が臥牛さんの【適能てきのう】を見るのは二回目だが、やはり迫力が違う。戦う意志の弱い人間だったら、この咆哮で逃げ出すことだろう。

 だが、生形さんは逃げなかった。

 すっと、ポケットに入れていた小さな人形を取り出し前方に投げる。


 ポンと可愛い音と共に、デフォルメされた豚が二足で立っていた。


「それがお嬢さんの【適能てきのう】か。可愛いみたいだけど、耐えられるかねぇ!!」


 生形さんの【適能てきのう】は、自分で作った人形を操ること。

 大きさも自在に操り、幾度もモンスターを撃退していた。


「じゃ、行くぜぇ!!」


 臥牛さんの叫びと共に闘牛が地面を蹴る。ギルドを震撼させながら直線を描いて生形さんを狙う。


「お願い、ピっちゃん!!」


 生形さんもまた、自分の生み出した豚に力を注ぐ。

 ……。

 どうやら、この人形の名前はピッちゃんというらしい。生形さんには以外にも、人形に名前を付けるタイプらしかった。

 などと、どうでもいいことを考えた刹那、


「モオオォ!」

「ブヒィィ!」


 牛と豚が頭と頭を衝突させた。

 その力は――互角だった。

 二匹は力を使い果たし、刀と元の人形へ戻ってしまった。


「はぁ……。はぁ……」


「へぇ。正面から受け切るとは見掛けに寄らず強気なお嬢さんだ。蒟蒻を使って受け流した誰かとは大違いだな」


「ちょっと!」


 あなた、流石は俺が見込んだ力だとか褒めてたじゃないですか。

 俺は反論の声を短く上げながらも、生形さんに近寄る。

 一撃の威力は互角だったのは間違いない。

 だが、生形さんはそれだけで力を使い果たしたのか、近くにあったテーブルに身体を預け、全身から汗を流していた。

 まさに満身創痍と言えるだろう。

 対して臥牛さんは、悠々と、自分の刀を拾い上げ、ついでに生形さんの人形で遊び始めた。

 テストで全力は出してないって訳だ。

 改めて、【タウラスと牡牛】を纏めるリーダーの底知れぬ力を見た気がした。


「ほらよ。お嬢さんはテストに合格だ。えっと、そういや、名前なんだっけ?」


「……」


 この人、名前も知らぬ相手をギルドに所属させようとしていたのか。

 生形さんは収まらぬ動悸を無理矢理、押さえつけるように胸に手を当てた。


生形いがた……、スイです」


「スイちゃんね。改めてようこそ、【タウラスと牡牛】へ」


 学園を生き残った三人の内、二人が攻略ギルド――【タウラスと牡牛】に所属することになった。


 俺と生形さんは最後の一人――沼沢も誘えば良かったと後悔することになる。

 それはまた――先の話だ。

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