第4話

【ダンジョン】から生き残った俺と沼沢は、その後、複数の教師に【ダンジョン】の中で何が起きたのかを説明した。

【ダンジョン】の外から持ち込んだ【欠片かけら】を合わせたら、人型に近いモンスターが現れたこと。そして、瞬く間にクラスメイトを殺したと説明した。


「俺がもっと早く【適能てきのう】を使っていれば……」


 クラスメイトの死と引き換えなんて――笑えない。

 俺は部屋の壁を叩いた。

 学園寮の壁は薄い。いつもならば、クラスメイト達が賑やかに騒ぐ声が聞こえるのだが、ここ数日。俺が外出禁止を受けてからは静かなものだった。


「沼沢は……どうしてるかな?」


 沼沢も俺と同じく寮からの外出禁止を告げられているのか分からなかった。もしかしたら、もう学園にはいないかもしれない。

 あれだけの被害を巻き起こしたのだから。


「あの時、俺が力を扱っていれば……」


 沼沢が【欠片かけら】を合わせる前に止めていれば、こんな悲劇は起こらなかった。自分の愚かさを壊すように壁に拳をぶつける。

 沼沢の言う通り、俺はこんにゃく野郎だったんだ。


 自分を責める俺を、嘲笑うかのように扉が開いた。


「マイマイは、馬鹿だよねー。【ダンジョン】は、私たちの都合を待ってくれないって前から教えてあげてたじゃないかー。もう、本当にマイマイを仲間にして大丈夫なのかな?」


 扉を開いたのは、空色の髪を持つ少女だった。

 オーバーサイズの真っ黒なモッズコートで全身を覆う。

 見た目は完全に中学生なのだが、俺は彼女が年上であることを知っている。


ちぢみ 織納おりなさん……」


「誰の身長が縮んでるって!? 私は今も成長期だ! 故に私はオリナさんと呼べって言ってるだろー!」


 扉の前で仁王立ちするちぢみさん……ではなく、オリナさん。自分の身長が中学生から伸びていないのは、名字がちぢみであるからだと信じて疑わぬ彼女は、その名で呼ばれることを嫌っていた。

 呼ばれる度に身長が低くなっていると本気で思っているらしい。


 オリナさんは、この学園に所属していない。

 なんで、そんな人がここにいるのだろうか?


「なんでって、何度も連絡してるのに、マイマイが出ないからじゃないかー! 全く。何して遊んでるのかと思えば……。まさか、クラスメイト全員が【ダンジョン】で死んでいたとはね……」


 堂々とこともなさげにオリナさんは、死を語る。

 それはそうだ。

 オリナさんは【ダンジョン】を攻略するギルドに所属しているのだから。

 仲間の死をこれまでに何度も経験したことだろう。

 オリナさんは部屋の中に、ズカズカと入り込む。いや、入ってくるのは部屋だけじゃない。心の中にも躊躇いなく踏み込んできた。


「それで、皆を助けられなかった~って、悲劇の主人公ぶってたんだねー。はは、マイマイらしいや」


 俺の前にやってくると、グイと身体を90度近く横に曲げた。俺の顔を覗き込む目は容姿からは想像出来ないほど暗く深みを帯びていた。


「元々、悲劇の主人公ぶってたのに、更に悲劇を重ねてどうするんだよ?」


 オリナさんの言葉に、俺は答えない。

 だから、彼女は正論を振るう。


「これで分かったでしょ? 「|人前で力を使えない《・・・・・・・・・」なんて、立ち止まってる余裕はないんだよー!」


 俺の心情など鑑みない彼女の言葉は、冷たい刃物となって俺の胸を刺す。

 切っ先が俺という存在を吸い込んでいく。このまま、消えてなくなってしまえればいいのに。そう願うが、痛みだけを残して俺は現実に留まっていた。


 そんな俺をオリナさんの刃物が再び突き刺す。

 より深く。

 より鋭く。


「子供の頃、間違って【非適能者】に血液を舐めさせちゃったんだよね?」


 オリナさんの言葉に、記憶の声がはっきりと呼び起こされる。


『それくらいの、なめとけばなおるんだよー』


 森で遊んでいた俺は指先を枝で切った。対した傷じゃないのに、大げさに泣いていた俺に親友はそう言って笑った。

 ゆっくりと俺の手を取り口元へ運んだ姿を、俺は絶対に忘れないだろう。湿った優しい弾力を持つ舌が指に触れると、親友は動かなくなった。


 それがきっかけで、俺は自分が【適能者てきのうしゃ】だと知った。

 同時に、人が近くにいる状態で【適能てきのう】を使おうとすると、震えて上手く扱えなくなった。


「モンスターは、【ダンジョン】は私たちを待つほどお人好しじゃないんだよー。むしろ、お人嫌いなんだよー」


 オリナさんは自分の言葉に、「ニィ」と笑った。


「……」


 分かってる。

 分かってる。

 分かってる。


 俺が沼沢を止めていれば。

 いや、入学した時から【適能てきのう】を完全に使えていれば、この悲劇は起こらなかった。


「だから、マイマイはもう無理だよ。一度の悲劇で駄目になったんだから、二度目はもっとつらいでしょ?」


 オリナさんは扉に歩き出す。

 明らかにサイズが大きすぎるコートが、尻尾のように揺れていた。

 扉から出たところで揺れは止まり、小さな背中で言い残す。


「ウチのギルドに所属するって話も、考え直してくれないかな? その方がマイマイのためでもあるんだからさ!」

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