第3話

 どこまでも自分勝手な台詞と共に、何かが変わるのを待つ。光が収まると、先ほどまでは存在していなかった、モンスターが欠片の前に立っていた。

 艶のある緑の肌に、四本の脚。腰から伸びるように生えた肢は、鋭角を書いて折れ曲がる。その姿は飛蝗バッタと人が混ざったような姿だった。


「なんだ、こいつ。初めて見るモンスターだな? 沼沢さんが、倒してや――」


 沼沢の取り巻きが、無警戒に近付く。沼沢がいれば大丈夫だとタカを括っているようだ。

 人の威を借りた取り巻きは――、


「りゃ?」


 モンスターが振るった拳を受けて、顔が口を境に上下に裂けた。拳によって吹き飛ばされた顔が「ベチャリ」と岩壁にぶつかる。熟れた果実のように飛散し辺りを鮮血に染める。


「きゃああぁ!」


 静寂は一瞬だけだった。

 何が起きたのか理解したクラスメイト達は逃げ出そうとする。唯一、戦う姿勢を見せたのは沼沢だけだった。


「こんなやつ、余裕で倒してやるよ!」


 地面を沼に変えてモンスターを引き込もうとする。どれだけ、力が強くても一度嵌ってしまえば抜け出せない底なし沼。


 欠片が祀られた部屋の床一面を沼に変えた沼沢。それは結果的にはクラスメイトの足を止める効果しか得られなかった。


 本当に沈めたかったモンスターは――、


「なっ!? 壁を蹴って浮き続けてる!?」


 飛蝗バッタの脚力で、壁と壁を繰り返し跳ね続けた。

 ジグザグに。

 障害クラスメイトを壊しながらだ。

 クラスメイトの死に、誰もが【適能てきのう】を扱うことすら忘れていたのか、モンスターの体当たりによって、沼に沈んだ足と上半身が千切れていく。

 俺にも何度がモンスターがぶつかったが、衝撃を殺す【蒟蒻石こんにゃくせき】のお陰で助かった。


「皆、【適能】を使って!!」


 だが、俺の叫びは遅すぎた。

 声を聞いているのは一人だけ。

 逃げなかったことでクラスメイトから離れた場所に立つ沼沢だけだった。


「……嘘だろ!?」


 沼沢は死んだクラスメイト達を見て、慌てて【適能てきのう】を解除する。沈んでいた物体を地面の上に浮かび上がらせる。

 地に転がったのはクラスメイト達の足首。骨と肉が花みたいに咲いていた。


「……くそがっ!! 何してんだ、てめぇ!!」


 沼沢は動きを止めたモンスターに対してもう一度、【適能てきのう】を発動させる。

 だが、もはやそれは通用しない。

 壁を蹴りながら移動するモンスターは、殺すべき対象を沼沢に選んだようだ。両手を地面に付ける沼沢の頭を掴むと、地面と手を引き離すように投げ飛ばした。


「が、がっ……。う、うう……。な、なんなんだよ! お前は……。くそ、こんにゃく野郎! 俺と変わってくれよ!」


 沼でなくなった地面の上をモンスターが迫る。

 壁にぶつかった沼沢は、痛む身体を引きずり俺に這い寄ってくる。

 俺だって変われるものなら変わりたい。

 でも、それを決めるのはモンスターだ。

 だから――、


(今だけでいい。震えよ止まってくれ)


 周りに人がいても構わない。

 俺はもう誰も自分の目の前で死んで欲しくないんだ。身体の内側から戦うことを拒んでいた震えが消えた。

 今なら、【適能てきのう】を完全な状態で扱える。


「うぉおおおお!」


 俺は叫びと共にモンスターを殴った。

 ズブリ。

 右の拳に血肉を貫いた感触が伝わる。


「な……。こんにゃく野郎が、一撃で……?」


 ぐしゃりと。

 モンスターの頭蓋は貫かれていた――針のように鋭く尖った俺の右手によって。


 身体に指令を出す能が失われても、暴れるモンスター。バチャバチャと命だったモノが俺の顔と身体に掛る。命の余熱が俺に纏わり肌を伝う。

 このまま血に飲まれて自分も消えていくのではないかと錯覚に陥るが、沼沢の声で俺は現実に引き戻された。


「なんで、お前……。今まで、そんな力隠してたのかよ! だったら、なんで助けないんだ!」


 沼沢は地面に転がるクラスメイトを手で示す。

 命を失った身体は、世の理から抜け出したかのように生気を失い転がっていた。地獄があるとしたら、こんな風景なのかも知れない。

 俺は力なく倒れた。


「俺の馬鹿野郎……。遅いんだよ……!」


 自分の不甲斐なさを握りしめるように握った拳。

 モンスターを貫いた俺の右手には、手の甲から太い棘のような突起物が生えていた。悔しさに地面に打ち付ける。

 棘が地面を抉り大きな穴を創り上げた。

 その穴を見て、沼沢が俺から距離を取る。


「お前の【適能てきのう】は【蒟蒻石こんにゃくせき】じゃないのかよ!! 今まで嘘ついてたのか!」


「……ううん。【適能てきのう】自体に嘘はないよ」


「だったら、なんで! 今までそんなの使ってなかったじゃんか!」


 沼沢が指さすのは俺の右腕。

 モンスターを一撃で倒す威力を持った拳を何故使わなかったのだと言いたいらしい。


「使いたくても使えなかったんだ……」


 俺は沼沢に答えながら、血に塗れた腕で、一つとなった欠片を祭壇から取り除いた。

 森と岩が影で作られた砂のように黒みを帯びて消えていく。

【ダンジョン】があった場所には、クラスメイトの姿も残ってなかった。命無きモノは【ダンジョン】と共に消える。

 帰還したのは俺と沼沢の二人だけ。


「なにが起きたんだ!!」


 クラスのほとんどがいなくなったことに気付いた担任教師が、青褪めた顔で俺と沼沢に詰め寄った。

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