第2話
「この【ダンジョン】は学園が【欠片】を使って一年間、熟成したモノだ。これまでの【ダンジョン】とは比べ物にならないから、皆で協力して進んでいくように!」
担任教師が気合の入った声で俺達に忠告する。
現在、俺達がやってきているのは、学園の管轄内にあるダンジョンエリアだった。というか山だった。山の中腹を走る小川の脇に敷き詰められた小石。
その上に巨大な建物がそびえ立つ。
自然と相反したような外観の建物――これこそが【ダンジョン】だった。
三十年前、突如として世界に現れた未知の領域。
だが、三十年もあれば理解できることもある。
「何年モノだろうが、俺が真っ先に欠片をゲットしてやるぜ!」
沼沢がクラスメイトを引き連れて中へ入っていく。意気揚々と声を上げた沼沢の言う通り、【ダンジョン】には欠片と呼ばれる結晶のようなモノが存在する。
それを外に持ち帰ることで、【ダンジョン】は消え、モンスターの発生も終息し、平和が訪れる。
「ダンジョンを攻略することが、俺達、【適能者】の使命か……」
この学園に通う生徒達は皆、沼沢が使ったような特殊な力――【
【ダンジョン】に適応した人間に与えられた超能力――故に【適能】。
「はぁ。どうせ、入ったところで沼沢が全部、倒すんだろ? 入るだけ無駄だぜ……」
そんなことを呟きながらクラスメイト達は【ダンジョン】へ消えていく。
ぞろぞろと重い足取りで歩いて入る20人のクラスメイト達。
この学園は6歳~18歳の子供が通っていた。
人数に差はあるが基本的には、一学年20人前後。つまり、これが一年で生まれる【適能者】の数だった。
そして生まれる【適能者】と同じくらいの人数が、【ダンジョン】によって消えていく……。
「どうした?
「それは……分かってます」
担任教師に急かされ【ダンジョン】の入口へ足を踏み入れた。
俺はそこで足を止めて振り返る。
「なに立ち止まってるんだ。早く入らないと、また一匹もモンスターが倒せないぞ?」
「……先生。後で俺一人で攻略するとか……駄目ですよね?」
俺の問いに、担任教師は「何を言っているんだ」と、感情を隠すことなく鼻で笑った。
レベルの低いモンスターですら倒せないお前が、馬鹿を言うなと。
「そういうのはな、しっかり成績を残してる奴が言うんだよ。筆記試験が辛うじて中の上。模擬戦闘では決まって最下位のお前を一人で【ダンジョン】になんて入れられるか」
いいから入れと話すことすら面倒くさくなったのか、教師は虫でも払うように手先を動かした。その動きはまるで催眠術師が使う振り子のようだ。生徒である俺はその振り子には逆らえない。
「ですよね……。ごめんなさい」
俺は大人しく【ダンジョン】の中に入った。
外観こそ自然にそぐわない人工的な見た目をしているが、内部は自然で満ちていた。森と言って差し支えないほど樹木が生い茂る。
唯一、ここが【ダンジョン】だと認識できるのは、移動を制限する壁だけだ。煉瓦のような岩壁に光が灯る。
「本当、何回、入っても不思議だよね……」
欠片によって【ダンジョン】が生成されることは分かっているが、何故、万物の仕組みを無視して発生するのかは、現代の科学でも分かっていない。
そう言えば、今日は【彼ら】から連絡が来る日だと携帯電話を取り出す。が、画面の端に浮かぶアンテナは一つも立っていなかった。
「っと、そうだ。ダンジョンの中に入れば通信機器は使えないんだった」
だからこそ、学生が一人で【ダンジョン】に入ることは禁止されていた。
一昔前の携帯電話をしまった俺は、岩壁に囲まれた森の中を歩いていく。膝まで伸びる雑草までもが、「お前は弱い」とでも言うように、足に絡みつく。
日常では感じ得ない足の重さを無視して俺は奥へ足を進めた。
「一年育てた【ダンジョン】とは言っても、クラスメイト全員じゃ話にならないか」
【ダンジョン】は、存在している期間によって強さを増す。
つまり、この時代に残っている【ダンジョン】はどれも強力であるということ。はっきり言って、卒業試験にと作られる一年ものじゃ練習にもなりはしない。
森の中。
沼に沈められた異形のモンスターを横目に歩いていると、クラスメイト達の背中が見えた。最下層のフロアで何やら揉めているようだ。
「ちょっと……辞めといた方がいいよ」
「そうだよ。大体、なんで欠片を持ってるのよ」
俺は足音を殺してクラスメイト達の背に立つ。何事かと背伸びをして奥を覗くと、天井に手を掲げる沼沢の姿が見えた。
掲げているモノは、小さな黄色い鉱石。それは――【ダンジョン】の核となる【欠片】だった。
「……でも、まだ、【ダンジョン】は消えていない」
そこから導き出される答えは、この場に【欠片】が二つあるということ。【ダンジョン】内に欠片が二つあるなんて有り得ない。
つまり、一つは沼沢が持参したモノという訳だ。親が国のお偉いさんである沼沢なら【
「だから、こんなんじゃ、練習にもならないから、欠片、もう一つ使ってみようって。なぁ? 皆もそう思うだろ?」
どうやら、この【ダンジョン】に存在していたモンスターでは、沼沢は物足りないようだ。もっと強い相手と戦いたい。その思いから、持参した欠片を使おうとしているらしい。
「お、最下位のこんにゃく君も追い付いたのか? お前もやることなくて暇だったろ? 折角なら試してみたいと思わないか?」
背伸びして顔を覗かせていた俺に沼沢が話しかける。
こういう時は、刺激させないように変に歯向かったり、無言を貫いたりしない方がいいな。
「俺は……別に……」
曖昧に呟きながら一人のクラスメイトを探した。
イガタ スイさん。
この学園でただ一人、沼沢を止めることが出来る女子生徒。だが、彼女の姿はどれだけ視線を動かしても見つからなかった。
(そうだ……。確か、急用が出来たとかで午後は帰るって言ってたっけ)
イガタさんがいない今、沼沢を止められる人間はいない。
誰も止められないなら、俺が止めないと――。
俺は沼沢を止めるために、【
【
駄目だ。
やっぱり、俺は人前では能力を完全には扱えない。
身体が脳からの指令を拒絶するように小刻みに震える。
そんな俺を沼沢は笑った。
「そんなにビビることはないだろ? さーて、と。欠片が倍になるんだから、モンスターの強さも倍になってくれよ」
沼沢がダンジョンの最奥に、神棚のように祀られている欠片に、持参したもう一つの欠片を合わせる。
欠片と欠片が触れた瞬間――眩い光を放つ。爆発したような閃光に、クラスメイト達は悲鳴を上げる。
「安心しろ。どうなっても俺がお前らを守ってやるからよ!」
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