こんにゃく野郎は全てのダンジョンを攻略するようです~不遇と馬鹿にされた蒟蒻の能力は、実は変幻自在な『構築』の能力だったみたいです

@yayuS

第1話

「よぉ、こんにゃく野郎? よくショボい【適能てきのう】で、この学校に通えるよなぁ? ここにいてもお先真っ暗なんだから、さっさと諦めろよな!」


 昼休み。

 食堂には黒の学生服に身を包んだ生徒達が集まっていた。その片隅で俺――板子いたこ 舞兎まいとは怒鳴られていた。


 俺の前に立つのは、卑下と快楽を混ぜ合わせて笑う男。

 本人はお洒落のつもりなのだろうか? 常に髪が濡れて見える整髪料を使用し泥のような赤茶色を遊ばせていた。束になった前髪から除くのは、人を小ばかにした爬虫類を思わせる細い目。

 彼の名前は沼沢ぬまざわ れん

 俺達の学年において、模擬戦闘で常にトップの成績を誇る男だった。


 落ちこぼれの俺とは……全てが違う。

 そう分かっていながら、どうしても比較してしまう。

 俺の髪は不規則にハネる癖毛で、手入れされることなく耳まで伸びていた。当然、整髪料なんて使ったこともない。

 瞳だって沼沢みたいに自信に満ち溢れていない。覇気のない俺は、上司となる人からは「可愛げのある死んだ魚の目だねー」と皮肉られていた。

 唯一、俺と沼沢が共通している点と言えば、黒の制服に身を包んでいることだけ。


 だが、沼沢にとって同じ制服を着ていることすら不快らしい。


「ここは! 【ダンジョン】から人々を守る適能者てきのうしゃが通う【ルッカ学園】なんだぜ? それなのに、なんでお前が通ってるんだぁ?」


 食堂は学園全生徒約300人が集まっても余裕があるほど広い。

 昼食の時間帯はまず、全校生徒が集まると言ってもいいだろう。そんな状況は目立ちたがり屋な沼沢には、ぴったりなのだ。


「さっきのモンスター討伐訓練で、一匹も倒せなかったザ~コくん?」


 沼沢は、語尾にハートマークでも着けるような口調で俺を揶揄からかう。


 食堂には「またか」と呆れるような空気が流れた。

 沼沢が、実戦で成果を上げない俺を馬鹿にするのは、もはや日常茶飯事。俺をダシにして、全ての学年に自分の強さをアピールすることが目的だった。

 最上級生であり、戦闘では一番の評価を受ける沼沢ぬまざわに逆らう人間はいない。それもまた、本人を気持ちよくさせているのだろう。

 沼沢の取り巻きの一人が俺を指さして笑う。


「沼沢さん。こいつも一応。適能者てきのうしゃすよ!」


 小さく肩を震わせる姿はネズミのようだと俺は常に思うのだが、一度も、それを口にしたことはなかった。

 俺がこの学園に通う理由は、クラスメイトと争うためじゃない。【ダンジョン】を攻略するためだ。


「そうだったなぁ!」


 大声で笑いながらクラスメイト達を見渡す。沼沢に同意したように笑い声が上がった。皆、理解しているのだ。沼沢に逆らったらどうなるのかと。

 機嫌がいい時はクラスメイトの笑顔で気をよくして終わるのだが、今日は彼の機嫌を治せなかったらしい。


「こんにゃく野郎は、サンドバックになりやがれ!」


 会話の流れも関係なく、唐突に沼沢は俺を殴りつけた。

 殴ったのは俺の肩。

 拳を受けた肩が、こんにゃくのように曲がり、拳の勢いを吸収すると「プルン」と元の位置に戻った。

 そんな俺の身体に再び笑い声を上げる。


「ぷ、ぷぷぷ。見たかよ、この動き。「プルン」て! 折角、【適能者】になったのに、効果がこんにゃくって! なぁ、どんな気持ちか教えてみろよ!」


 取り巻きと共に、俯く俺の視線を、金魚でも救い上げるようにして、沼沢は視線を動かす。

 こうなった時は、俺が何か言わないと余計に気を悪くする。

 俺は自分の中にある沼沢マニュアルを参考に、小さな声で答えた。


「……せき


「は?」


「俺の能力は【こんにゃく】じゃなくて【蒟蒻石こんにゃくせき】だよ……」


蒟蒻石こんにゃくせき】。


 それは、鉱石を形成する物質が、パズルのように組み合わさることで、柔軟性を生み出す珍しい鉱石のことである。

 俺は身体をその鉱石に変化させることが可能だった。

 決して【こんにゃく】に身体を変えるわけじゃない。


 俺の言葉にクラスメイトの誰かが呟いた。


「面倒なことになるから、逆らうなよ。学習しろ、馬鹿」


 その言葉にクスクスと笑い声が上がる。俺はクラスメイトに心の中で「やめろ」と叫ぶ。

 いつもなら、ここでもう一発、「どうでもいいだろうが!」と俺がどつかれて終わる。でも、今みたいに沼沢自身を介さない笑い声は、沼沢の機嫌を一番損ねるんだ。

 俺を虐める楽しみは表情から消え、純粋な怒りのみが残った。

 クラス全体に放たれる怒り。


「うるせぇ!」


 地面に腕を付けると、食堂全体が沈んでいく。触れた物体を沼のような性質に変える。それが沼沢の【適能てきのう】だった。

 沼に引き込めば窒息させることも可能。

 現に俺達は何度か沼沢の能力で死にかけた。それでも、この学園を追放されないのは、【適能】が強力なほど将来が期待できるから。地形にまで影響を及ぼす力を持った人間はそうは現れない。

 人格よりも能力を重視しなければならないほど、【ダンジョン】に関わる人間は足りていないのだ。


 食堂から悲鳴が上がる。

 それらの声に満足そうに笑みを浮かべる沼沢。悲鳴で興奮するって、【ダンジョン】がら発生する化物と同類じゃないか――!

 楽しい食事の時間が阿鼻叫喚の地獄となった時、


「ちょっと、何してるの!? やり過ぎよ!」


 食堂の扉が開かれると同時に、何かが沼沢の顔に抱き着いた。

 それは、可愛らしいピンクの豚のぬいぐるみ。


「……うるせぇよ、スイ。俺に逆らってるんじゃねぇ」


 豚を顔から引きはがし、不満気に声を上げて能力を解除した。

 沼から抜け出た生徒たちは、これ以上、関わらないようにと、自分の食事を持って引き上げていく。


「もう……。また、マイトくんを虐めてたの? そういうの良くないって私はいつも言ってるよね?」


 人波を掻き分けてやってきた女子生徒は、俺達の前で頬を膨らませた。

 そんな動作も絵になる彼女。

 名前は生形いがた スイ。

 黒髪のツインテールに猫のようなアーモンド型の目を囲う丸眼鏡を欠けた少女。

 実戦こそ沼沢に一歩劣るものの、筆記ではトップの成績を誇る。筆記試験が苦手な沼沢が唯一、逆らうことのできない相手。

 まあ、理由は知識の差だけじゃないんだけどな。


「大丈夫?」


 スイが俺の顔を覗き込む。


「うん。ありがと」


 俺は短く礼を言うと逃げるようにしてその場を去っていった。

 背後ではスイが沼沢を注意する声が聞こえる。

 沼沢にとってコレが至福の時間なのだ。

 俺はイベントを強制的に発生させる装置でしかなかった。

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