第17話『マナプラント』

 名付けで思い悩むそんなアーサーを横目に女の子は制御板コンソールをまだ操作しているアルファに近づき、一つ質問をした。

「ねぇ、この中に“くべられた”子達は助からないの?」

「“くべられた”? あぁ、資源循環リサイクル機能の事か、それにしてもアーサーみたいなことを言うな──やはり同類か?」

「そんなことどうでもいい。それより、どうなの?」

 アルファの素振そぶりなど意に関さず、女の子は質問の答えを求める。そんな彼女の様子を咎める事も無くアルファは制御板コンソールを操作したまま言葉を返す。

「まぁ、可能性の有る無しで言えば可能だ」

 淡々と答えるアルファの言葉に女の子は一喜一憂する訳でもなく、静かに言葉の続きを待つ。

「やっぱり落ち着きあるな──まぁ、この国も大分荒れてるみたいだから子供も普通じゃ居られない、か──ともかく可能ではあるが相当困難な可能性だ」

「できない理由でもあるの?」

「そうだな、まず資源循環リサイクル機能だが、簡潔に言えばこれにより人の肉体に限らずあらゆる物質が魔力エネルギーへと変換され、魔力エネルギーに関するあらゆる用途へ還元される」

「それだと普通に死んじゃうと思うんだけど」

「肉体は所詮、うつわに過ぎない」

 唐突な言葉に疑問符を浮かべる女の子だったが、アルファは気にせず言葉を続ける。

「この機能が働くのはあくまで物質──つまり人の肉体までで、人の精神あるいは意識情報までは魔力エネルギーには出来ない。人の意識や感情も根本的には魔力エネルギーの一種でありほぼ同種の物だと判明してるんだが、どうも物質的な“エネルギーこれ”と精神的な“魔力それ”とは扱いが別らしくてな、この機能で肉体が消失しても精神だけはある程度残存するらしい──詳しい事は専門家アリエスにでも聞かないと俺にも分からないけどな」

「じゃあ、体を用意できれば復活できるの?」

「──そこに思い至るとは中々見込みあるな。だが、ことはそう単純にはいかない。肉体という“個”を特定しうる情報を失ってなお自我を保てる人間はそうはいない。ましてや年端もいかない子供だ、膨大な情報まりょくの奔流の中で肉体という寄る辺もなく自我を保てていられる──と考える方が無理がある」

「そうなんだ」

 アルファから提示された回答に、至って平静なまま女の子は言葉を返す。そして、また一つ質問をする。

「……それでも、精神が残り続けたらどうなるの?」

「なんだ、随分食い下がるな。誰か大事な──友達でも居るのか?」

 アルファの疑問には答えず、女の子は無言で質問の回答を求めてた。

「まぁ、子供であっても精神の強度が高ければ、ある程度の時間は自我を保てるだろうが、明確な“個”の情報を保有し連続性を担保出来る肉体が無い以上、遅かれ早かれ意識は拡散し霧散するか、あるいは──」

「あるいは?」

「まったく違う“なにか”として変容するか、だ──とりあえず資源循環リサイクル機能は封印ロックしたが……総括たる主魔動力炉メインジェネレーター側から解除されたらどうしようもないな──」

 アルファはそう言い切ると制御板コンソールを閉じ、もう何も出来る事はないと言わんばかりに向き直る。

「“なにか”って……人間じゃなくなるってこと……?」

 それは誰に向かって放たれた言葉でなく女の子の独り言のようなものであったが、アルファはそれを質問として受け取り言葉を返す。

「何をして“人間”と定義づけるかだな。生物学的な厳密さを求めるか、形而上学的な曖昧さを求めるか、どちらが正しいのか──少なくとも俺に明確なこたえはないな」

 そう締めくくるアルファに女の子はそれ以上を求める事はしなかった。


「ま、何千年経とうとも人間は悩み続けるしかないって事だ。昔の人も『我思う、故に我あり』って言ってたらしいからな」

「そんな簡単な事で良いの?」

「そんな簡単な事で良いんだろう、人間なんて」

 そんな二人の言葉を打ち消さんばかりに、突然にアーサーの大きな声が響く。

「急に大声を上げるな──で、なんだって?」

「イヴだよ!イヴ! その子の名前!」

 素晴らしい閃きだと言わんばかりのアーサーの調子にやや気圧されるアルファだったが、気を取り直して言葉を返す。

「イヴ、イヴねぇ……お前、意味が分かっているのか?」

「え……、『楽しい事のある日の前の夜のお祝い』って意味があるのを、昔、エレインが言ってたのを思い出したんだけど……え?ち、違うのか?」

「あぁ、そっち、そっちの方か。いや、悪かったな変に聞き返して。俺が思い浮かべた方も別に悪い意味じゃないから安心して良いぞ」

「なんだよ、気になるじゃねぇか」

「俺がわざわざ教えるような事でもない。それに大事なのはその子が気に入るかどうかだろ」

「気に入った」

「即決」

 悩む様子もない女の子──イヴに呆気にとられるアルファだった。

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