第16話『戦い、終わって』
「悪党!観念しなさい!」
扉を勢いよく開け放し入ってきたのはアヤメだった。
続いてアルファが呆れつつ入ってくる。
「あのなぁ、罠があるとか考えないわけ?」
「考えましたが、迅速に行動するのが吉かと! それに拙者、強いので!大丈夫です!多分!」
「それはそうだろうが、もうちょい慎重に──思ったより静かだな?」
アヤメが騒がしく入ったにしては反応がないのを訝しむアルファは、辺りを見回すと倒れているアーサーと息絶えた守護騎士、それと機材にもたれかかって寝ている女の子を見つける。
「何があったかは分からないが、とりあえず“
「これは……アーサー少年がやったのでしょうか?」
アヤメは守護騎士の遺体を検分し簡素な弔いをしつつアルファに問う。
「どうだろうな、こいつの性格からして殺しができるとは思えないが……」
だがザガンならばどうだろうかとアルファは考える。
「ま、アーサー本人から聞けば大体判るだろう。それよりもだ、この子はなんだ? 領主って訳でもないだろう」
「えぇ、ここの領主は
「いや、まったく知らない顔だな。それもアーサーから直接聞いた方が早いだろう」
「しかし、そのアーサー少年は気絶しているようですが……?」
「気絶というか……電池切れだな。ちょうど炉心があるし直接
「そ、そんなことしてアーサー少年は大丈夫なのですか?」
「この領地一帯の必要
「……あえて考えないようにしていましたが、魔導士殿は一体何者なのですか?」
「ま、おいおい話すさ。それより、俺はここの
「え、拙者に丸投げですか?」
「だって俺、この国の治政の仕方とか法とか慣習とか全然知らないし」
「それは、そうでしょうけど……丸投げですか?」
しばらくすると、アルファが
けだるさを感じながら目覚めたアーサーは、落ち着くと拉致されてからのあらましをアヤメとアルファに伝えた。
「──じゃあ、その子が約束の女の子だったのか」
「なんか、あんま嬉しそうじゃ無いんだな」
「そうでもないさ。……あれから日も経ってる、まさか生きてるなんて思ってなかったからな」
「なんだよそれ、約束守るんじゃなかったのかよ」
「
至って平静なアルファの物言いと
「……それで、領主のやつはアヤメとアルファで捕まえたんじゃないのか?」
「いえ、拙者達が来た時にはもう姿は見えませんでした。既に逃亡したのでしょう、捜索して事件の真相を問い詰めねば」
そうアヤメが断定し部屋から抜けだそうとすると、横からいつの間にか起きていた女の子がそれを否定する。
「そいつなら、逃げようとして弾けて死んだよ」
「え? あ、起きて大丈夫なのか!?」
「うん、ちょっと寝たらスッキリした」
「話を聞く限り、相当の修羅場だったと思うのですが……まだ小さいのにかなり肝が据わっていますね……? ともかく、それは本当ですか?」
なんてことない日常会話のように返す女の子にアヤメは疑問を
「信じないなら、信じないでいい」
拗ねた様子ではないが、
そこへアルファがそれについて意見を述べる。
「そいつ、この炉心と“接続”してなかったか?」
「……接続? そういえば、『御神体と接続』とか、そんなこと言ってた」
「なら、あり得ない話じゃ無いな。ただの人間がそんなことをすれば余程魔力の制御に精通してないと流れ込む
「なにそれ、怖」
「まぁ、爆発と言っても実際に四散する訳じゃなくて、魔力体となって霧散すると言った方が正しいな。魔獣なんかが倒された後に消えるのと理屈は似たようなものだ。領主とやらの死体も残ってないようだし、そういうことだろう」
率直な感想をこぼす女の子と補足を入れるアルファを横目にアヤメが話を続ける。
「であれば、領主とその弟、二名死亡のまま事件を処理しなければなりませんね……当初の予定では領主を尋問して更なる真相を暴くつもりだったのですが」
「え、あ……ごめん」
嘆息するアヤメに思わず謝罪するアーサーだった。
「あぁ、いえ、アーサー少年は何も悪くはないですよ。ただ手掛かりを失ったのは困りましたね……魔導士殿は何か分かりましたか?」
アヤメの問いかけに
「少しはな。
アルファの話について行けていない三人を余所にアルファの話は続く。
「管理用人工知能が正常に機能していればそう簡単にどうこう出来る物じゃないんだが……破壊されたか排除されたか、どちらにせよ
「……ええと、つまり?」
と、何一つ把握できない顔でアヤメは尋ねる。
「とりあえず、次の俺の目的地は
アルファは中空に浮かんだ地図のとある地点を指差す。
「地形が少し違いますが──そこはおそらく王都テライトアイ……ですね」
「王都──首都か? まぁ、大概は
わざとらしくため息をするアルファを見て、アヤメは逡巡した後、自らの意見を述べる。
「──それについては拙者から一つ提案があります。ありますが……ここで言うような事ではないので、王都近くの拙者の実家にて腰を据えて話したいと思います」
「……ま、アヤメさんも何かと訳ありみたいだしな。落ち着いて話したいなら、反対はしない」
「それで、魔導士殿はそのお二方はどうするおつもりですか?」
「どうもこうも。アーサーはまだまだ危なっかしいからともかく、そこのお嬢ちゃんに関しては俺のあずかり知る所じゃない」
そんなアルファの態度に異を唱えたのはアーサーだった。
「ちょっ、ちょっと待てよ! その子の面倒も見てくれるんじゃないのかよ!?」
「そりゃ安全な場所に預けるとかぐらいはするが、親兄弟じゃあるまいし、一生面倒見るなんてしないぞ? お前の面倒だって元々見る気は無いんだ」
「約束はどうなるんだよ!」
「そこまで頼まれた覚えはない」
そんなアルファとアーサーの言い争い──というよりアーサーが一方的に突っかかる様子を見てアヤメはばつが悪そうに
「あー……拙者の言い方が悪かったですね。つい魔導士殿を保護者扱いしてしまいます」
そう前置きしてからアヤメはアーサーと女の子の二人に目線を合わせ向き直る。
「お
真っ直ぐと二人を見据えたままアヤメは更に続ける。子供扱いにアーサーは内心では不満だったが、アヤメの真剣な様子の前では口を挟む気にはなれなかった。
「ですが、ここであなた方を放り出すのも無責任というもの。なので、ここで出会ったのも何かの
そう言い切るとアヤメは二人に余計な圧を掛けぬよう柔和な表情で問いかける。
問われた二人は意図せず顔を見合わせ目配せをして各々思案する。
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはアーサーだった。
「アヤメの提案は嬉しいんだけどさ……やっぱりこのまま何も知らない振りして生きていくっっていうのは出来ない。ちっぽけなオレでもさ、なにかしなくちゃいけないと思うんだ。だから、オレは出来ればアヤメやアルファの手伝いがしたい」
そう言い切るアーサーの口ぶりに迷いはなく、小さくとも確かな意思がそこにあった。
「ふむ……──アーサー殿の意思は分かりました。では、お嬢さんは?」
次いでアヤメは隣の女の子へと視線を向け意思を問う。
「私は……元々帰る場所も居場所もどこにも無いからあなたの提案を断る理由は無いけど、でも『面倒を見る』だなんて言われても、私にはそんな事される覚えがないから、正直気持ちが悪い」
「ず、随分とはっきり言う子ですね……」
臆面も無くきっぱりと言い放つ女の子に困惑するアヤメは、同時に自らの提案を断られるのかと思い二の句を告げられずにいた。
そんなアヤメの内心を知ってか知らずか、女の子は至って平静なまま一呼吸置いた後、更に言葉を続ける。
「でも、お兄ちゃんみたいに立派な事を言う訳じゃ無いけど、この酷い国を少しでも変えられるのなら、その“お手伝い”の代価──として、その提案を受けてもいい」
「なんだ、アーサーより年若そうなのにアーサーよりしっかりしてるな」
「んだよ、どうせオレはガキだよ」
「自覚があるなら良いんだが」
「魔導士殿、あまり茶々を入れないでください──それではお二人とも、このままこの事案に関わりたいというのですね?」
その
「ふーむ、拙者としては子供に危険な事に関わって欲しくは無いのですが──」
と、言うアヤメの目線は
それに気付いたアルファは一旦
「ん? それが二人の意思なら、俺は一々口を挟むつもりは無い。手を貸すつもりも無いけどな」
「……まぁ、魔導士殿はそう言うお方ですよね」
二人を制止する
「分かりました、お二人の意思は確かなようです。ならば拙者もこれ以上はとやかく言いません。正直な所、事が大きすぎて拙者と姫様の二人では手が足りなく、お二人の申し出は有難い事ではあります」
と、率直にアヤメは言うが、直後気を引き締めるように言葉を続ける。
「ですが、危険を感じたのならすぐに逃げてください、誰にも責めさせませんので。そして、無理や無茶はしないでください」
そう言葉を結んだアヤメだったが、はたとある事に気付き、女の子に再び問いかける。
「そういえば、お名前を伺っていませんでしたね。立込んでいたとはいえ失礼しました」
丁寧な謝罪をするアヤメに素っ気なく女の子は答える。
「別に。元々名前なんて無いし、気にしてない」
「そうだったのか……」
「なんでお兄ちゃんが寂しそうにするの? 別に珍しい事じゃないでしょ」
アーサーのその様子を理解できないと言うように女の子が返す。
「そうだけどよ……やっぱり“自分の名前”が無いと寂しいよ」
「そうですね。それに、これから生活を共にするというのに名前が無いというのも、言い方は悪いですが不便ですから」
困った様子のアーサーとアヤメの二人を不思議に思いながら女の子は言葉を続ける。
「別にいいのに……何ならナナシとかでもいいけど」
「アルファみたいなこと言うなって……名前はやっぱり大事だって」
「なら、お兄ちゃんが私の名前を決めて」
「えっ」
突然の申し出にアーサーは困惑するが、構わず女の子は続ける。
「名前なんてどうでもいいけど……お兄ちゃんが決めてくれるなら、たぶん大事に出来ると思う」
「なんだ、短い間に随分と信頼──いや、好かれてるな? まぁ、なんでもいいが、あれだけ俺に突っかかってきたんだから、ちゃんと“責任”取れよ?」
そのアルファの茶化すとも釘を刺すとも取れる言葉にアーサーは返さずに言葉に詰まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます