第15話『ザガンの戦い』
「おい、勢い余って殺してないだろうな」
「兄貴はオレがこういう遊びが得意なの知ってるだろ」
心配する領主を余所に、経験からアーサーが死んではいないことを確信している弟はアーサーを掴んだまま、足にしがみついてる女の子を領主の方に蹴飛ばす。
「兄貴、そいつもくべるんだろ?」
「私にやらせる気か?」
「だってよぉ、上の様子も見とかなくちゃいけねぇだろ?」
「あぁ……だが、あの鉄のバケモノが全て終わらせてるだろう。それよりとっとと──」
弛緩した会話の最中、突如として守護騎士の腕がはじけ飛ぶ。アーサーを掴んでいた腕だ。
「ム、
その声はアーサーから発せられていたが、アーサーの声ではない。
姿もアーサーとしての人の形は留めていたが、いつの間にやら硬質な外骨格のようなものが覆い被さり。腰の辺りから一対の腕のような物が生え背からは余剰
それはまるで人と甲虫が合わさったような異形。
その突然現われた
「ム? その程度の損傷ならば直ぐさま治せるのではないカ? ザガンの経験では皆そうしていタ。今の時代はそうではないのカ?」
そんなザガンの問いかけに答える余裕は騎士の弟には無く、子供のように痛みを叫ぶばかり。そんな弟をいたわる素振りも見せず、アーサー──いや、ザガンにけしかけようとする。
「くそっ! 喚いてないでさっさとそいつを殺せ!」
「でもよぉ! オレの腕が!」
「そこのバケモノに逆にむざむざ殺されたいのか!?」
その領主の言葉に、弟は今自分が殺されるという立場に落とされている事に気づき、腕の痛みと死の恐怖、そして兄である領主に急かされ、正常な判断を失った彼は半ば錯乱してザガンへと襲いかかる。
「我としてはそのまま大人しくしてくれれば良かったのだガ」
手にした剣をただ振り回しているだけの彼の──攻撃と言えるかどうかも怪しい──狂乱した動きをザガンは難なく腰の副椀でいなす。
「困っタ。このまま攻撃すると、また勢い余って殺傷してしまうかも知れなイ。しかし、このまま受け続けていても我がこの状態を維持し続けられるか怪しいナ。それで
などと考えるザガンへ、女の子を腕で捕らえ人質とした領主の声が届く。
「おい! そこのバケモノ! こいつがどうなってもいいのか!?」
「ン? 危ないぞ、そいつから離れ──」
意識をそらしたザガンをこれ幸いと続けて領主が弟に叫び指示を出す。
「そのバケモノの動きを止めろ!」
思考停止している弟はがむしゃらにザガンを羽交い締めにし、拘束する。
「掴まってしまっタ」
状況に反し暢気な声を上げるザガンであったが、事実ザガンにとって目の前に居る領主と騎士の弟は脅威たり得ず、どう無闇に傷つけず無力化するかだけの存在であった。実際、背から放たれていた余剰
だが、目の前の敵二人は事態が好転したと思いやや余裕を持って会話する。
「お前でも少しは役に立つんだな」
「へっへへ……オレだってお荷物は嫌だもんよ──それで、どうするんだい」
「あぁ、そのまま逃がすなよ」
そう言うと領主は女の子を捕まえたままなにやら口走る。魔法の呪文だ。
「放たれる 真白き光
「え、兄貴……?」
「『メルティングレイ』」
詠唱を終えた領主の手から撃たれた熱線がアーサーの心臓と騎士の弟の身体を
「どうして……兄貴……」
信じられないといった表情で騎士の弟は領主を見やるが、当の本人はそのくずおれ倒れゆく彼をゴミを見るかのような目で見送っていた。
力なく倒れていく騎士の弟とは対照的にアーサーは以前変わりなくその場に立ち尽くしている。
「心臓を射抜いたんだぞ!? 何故まだ立っていられる!?生きていられる!?」
「……っ! なんだ?何が起きて──」
穿たれた痛みでアーサーの意識が強制的に覚醒する。そんな彼にザガンは念話で答える。
『目覚めたか
しかし胸部を穿たれ血を流し倒れた領主の弟を見たアーサーはザガンの説明を遮り激昂する。
「お前……! お前!こいつは実の弟じゃ無いのかよ!」
「そうだ!同じ血が流れてるのが
正真正銘のバケモノと対峙しているという恐怖から、領主は余裕無く正直にアーサーの問いかけに答えつつ、合間に火炎を飛ばす魔法『ファイヤアロー』を無詠唱で繰り出す。
「くそっ! 詠唱無しでも御神体と接続して威力が上がってる筈だ! 何故傷一つ付かない!?」
だが、その火の矢もザガンの副椀が全て弾きアーサーには届かない。
当のアーサーは一人うつむき思い詰める。
「他人じゃなくて、実の家族でもこんな酷い事が出来るのかよ……なんで……どうして──」
『あれは、殺していい──“敵”──カ』
アーサーの中に
『──なっ!ダメだ!!』
だが、すんでの所でアーサーが強い意志で制止する。副椀は領主の目と鼻の先でピタと止まり微動だにしない。
『何故止めル? この者は
『そう……かもしれない──けど、だからって“殺す”のはきっと違うんだ』
『それは罪を忌避すル──自己保身に
『だとしても──邪魔だから、違うから、だから殺す──のは間違いだと思うから』
アーサーは上手く言葉に出来なかったが、それでもザガンを止めようと必死だった。
そしてアーサーの中の敵意や殺意も、目の前にある“死”に怯え子供のように泣きじゃくり許しを乞う領主を見てしまえば、ただ哀れむ感情へと変わるしか無かった。
『分かっタ』
『分かってくれたか』
『我は理解などしていなイ。だが我は人の世の
『それでも、止まってくれて嬉しいよ。ありがとな──』
『感謝されタ。何故ダ?』
そうザガンは聞き返すも、そこでアーサーの意識は途絶えてしまった。
『流石に精神の限界カ。──ム? 我の意識も落ち……ル?
そして、アーサーの身体は力なくくずおれる。
それまでの争いなど何も無かったかのように静まる空間。
それを破ったのは先程まで無様を晒していた領主の声だった。
「は……はは、なんだ急に動かなくなりやがって!」
領主は気絶し倒れたアーサーを恐る恐る足で小突き、動き出す様子が無いと見ると勢いよく足蹴にし踏みつけて憂さを晴らし始めた。
「……いや、動かなくなったとは言え、こいつはバケモノだ。また動き出すとも限らんな」
その危険性を考慮した領主に一つの案が浮かぶ。
「そうだ、高等魔法をぶち込んでやれば、いくらバケモノでも骨すら残らず消滅できる筈だ。御神体と接続している今の私ならば確実に成功させられる……!」
そう意気込み、使い慣れぬ高等魔法用の呪文を唱えようとする領主だったが、彼は“もう一人居る”事を知らなかった。
「突然に 風の
不意に聞こえた呪文の方へ領主は意識を向けるが既に遅く。
「お前、ただのコソ泥じゃ──」
「暴乱轟風『エアロダスト』」
領主は何が起きたのか、何をされたのかを理解する間もなく、旋風に巻かれ粉微塵となり跡形も無く消えていった。
「……ム、やりすぎなのだ。死体の一つでも残っていなければ流石に面倒なのだ」
再びの静寂を乱さぬような女の子の小さな声。しかし、それはアーサーと連れ添っていた時のものとは比べものにならないほど冷たく無機質な抑揚だった。
「──ンン?大丈夫なのか? まぁよい。今は“情報”を得る事が先決なのだ」
そう言う彼女の目線の先には、領主が開きっぱなしにしていた
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