第13話『アーサーの戦い』

 アーサー達が出てきた場所はとても広い空間の二階部分相当に備え付けられているキャットウォークと呼ばれる通路だった。

 空間のほぼ中央に備え付けられた巨大な炉心機械部から発せられる大きな音に扉を開く音は遮られ、一階部分を照らす照明の影の部分にアーサー達は出てきたので、コントロールパネルを操作している領主とその守護騎士である大柄な弟の二人に存在を気付かれていなかった。

 アーサー達は一先ず身を隠しながら二人に慎重に近づき、状況と機をうかがう事にした。


「これで全部くべたか」

 パネルに表示された情報を確認し領主は言う。

「確保したガキ共は、みーんなこんなかだぜ」

 守護騎士の弟は炉心部を見上げて日常の食事でも終えたかのような軽口で答える。

 そんな二人のやり取りを聞いたアーサーは子供達を助けられなかった後悔を抱えつつも、次の手を考え始める。

 アーサーが冷静に思考を切り替えられたのも、心の何処かで子供達は助からない。助けられないだろうという考えがあったからだった。

 だからこそ、いま後ろに居る子が奇跡のように感じており、また絶対に守り抜くという意思も根強かった。

(間に合わなかった? それじゃあ早くこの子を連れて逃げた方が──いや、でもここをこのままにしていたら、また同じような事が繰り返されちまう)

 アーサーは逡巡した。わざわざ女の子を危険に晒してまであの二人の行いを止めるべきか否かで。その二つを秤に掛けてどちらに傾くか揺れ動く。

「それでもこの程度の量しか出せないか。やはり数より質だな、ゴミを幾ら集めたところでゴミでしか無いか」

 しかし、吐き捨てるような領主の言葉でアーサーは思わず飛び出し二人に対峙する。

「お前達!ゴミだとかなんだとか! 人の命を何だと思ってるんだ!」

 啖呵を切った後で不用意に飛び出した事をアーサーは理性では後悔したが、それでもこの二人を放っておけば同じ事が繰り返される。それだけは感情が許さなかった。

 そんな不意に現われたアーサーに領主と守護騎士の弟の二人はやや驚くも、激高したアーサーの言葉にひるむ様子も脅威に感じる様子も無く、へらへらとにやけて守護騎士の弟は言葉を返す。

「なんだぁ、どっかで『命は平等、大切にしましょう』って習った口かぁ?」

 その弟の言葉に続けて領主もバカにした様子で話す。

「あんなのは愚民をていよくしつけける為の詭弁、価値があるのは私のような選ばれた人間だけだ。お前達のようなヤれば直ぐ出来るようなゴミとは違う」

「ふざけるな! だからって弱いやつをいじめていい理由になる訳ないだろ!」

 領主とその弟の言葉に自分のかつての境遇を重ね反論するアーサーだが、目の前の二人は意にも介さない。

「だったらどうだって言うんだぁ!?」

 守護騎士の弟はそう言い放つと共に手にした大剣をアーサーに振り下ろす。

 一瞬で詰め寄られ気圧されるアーサーだったが、冷静に剣で受け止める。

 しかし、それは辛うじて対応できているだけで、まともな剣術を学んでいないアーサーは敵の見た目に違わない重い剣撃に防戦一方であった。

「おい、勢い余って殺すなよ。たいした“薪”じゃないだろうが、死んだら使えなくなるからな。例のコソ泥と合わせれば多少はマシになるだろう」

「へっ、死んでも使い道はあるんだけどなぁっ!」

 僅かな間に力量差を見極められたアーサーは騎士の弟に弄ばれるかのような攻防であり、既におおよそ戦闘と呼べるようなものでは無かった。。

(くそっ、こんなやつに遊ばれるなんて……!)

 アーサーは内心悔しむ。だが、同時にそれが相手の隙になると、どこか冷静だった。それは後ろに控える女の子の存在が、アーサーの逸る内心の重しとなり、浮き足立たずに事を運ぼうとする思考を働かせることが出来ていた。

 そうして隙を見て攻撃を騎士の弟に与えようとするが、いいようにいなされジリジリと追い詰められていく。

「チッ、そんなガキ程度にいつまで手こずっているんだ。そもそも金属牢もまともに使えずにみすみす逃がしておいて……まったく、使えない愚図め」

 手早く事を済ませない弟に苛立ちをぶつける領主。その様子を見て遊びはお終いとばかりに騎士の弟の剣撃に更に力が込められる。

「もうちょい……楽しみたかったんだけどなぁ!」

 その言葉と共に振られた剣の一撃はアーサーの獲物を弾き、彼を無防備にさせる。

「しまっ──」

 あさっての方向へ飛んでいく剣を見送る暇無く、アーサーはその首を掴まれてしまう。

「殺すなって言われてるからな、このまま締めて気絶させてやるぜ」

 気道を塞がれたアーサーは遠くなる意識の中で後ろで控えてるはずの女の子はとうに逃げられただろうかと気を回す。勝手に飛び出した自分が心配する義理では無いという自嘲も込みだったが、それでも見つからずに逃げていて欲しいと思っていた。

 しかし──

「なっ、なんだこのガキ!?」

「チッ、そいつも逃がしてたのか、本当に役に立たないやつだ」

 女の子は守護騎士の足にしがみつきか弱い抵抗を見せていた。

(どうして──)

 アーサーは逃げなかった女の子を視界の端に捕らえ疑問に思う。

 だが、答えは直ぐに出た。かつて“遺跡”でアーサー自身がした事と同じ、例えなにも出来ないとしても何か役に立てるのでは無いだろうかという不合理な善意。

 しかし、あの時とは──アルファとは違い、アーサーにはその女の子を救う手立ては無かった。そして、アーサーはこのまま首を絞められ気絶するだろう。

(でも、そうなったらこの子はどうなるんだ──)

 多少魔法が使えるだろうとは言え、か弱い女の子一人が残されて何が出来るのだろうか? きっと為す術無く酷い目に──生贄にされてしまうだろう。

(そんなのは──ダメだ!)

「──!? こいつ、まだ抵抗すんのか!?」

 視界も暗く意識も曖昧なアーサーだったが、最後に残された“意地”を頼りに守護騎士の腕に爪を立て足掻く。

 少しでも時間を稼げば上の二人が、アルファとアヤメが助けに来てくれる。その可能性を無意識下でたぐり寄せようとした行動だった。

(無力なままじゃ……なにも出来ないまま……しないままじゃ……嫌だ……!)

 それでも状況を改善するには至らず、アーサーの意識はふつと途切れた。




『ようやく、意識に同調チャンネルできるようになっタ』

 そして、何も見えない聞こえない。その筈の真黒まくろなアーサーの世界いしきに“ナニか”が響く。

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