第12話『繋いだ手を離さない』

「上の音、止んだな……それにしても、この階段、どこまで続いてるんだ?」

 魔力生成所マナプラントが地下にある施設だと既にアルファから聞いていたアーサーは深い人工的な縦穴と昇降用の螺旋階段を見つけ、女の子と共にくだっていた。

 右手には道中にあった武器倉庫と思わしき部屋から特に良さそうな剣を一振り持ち、左手で女の子と手を繋ぎ、慎重に警戒しながら降りていく二人。

 一歩一歩降りていく毎に怪物の唸り声のような機械音が二人の耳に届いていく。

(この下から響く音がプラントってのから出てるのか? 音も大きくなってきたし近そうだな)

 アーサーは目的地にたどり着ける道を選べていた事に安堵すると共に、そこで待ち受ける“敵”の存在を考え、手に力が入る。

 そんなアーサーの脳裏に旅の途中でアルファに問いかけられていた出来事が思い浮かぶ。


「なぁ、お前、人は殺せるか?」

「なっ、なんだよ急に!?」

 不意にされた“強い”質問にアーサーは思わず剣の振り稽古を中断してしまう。

「あぁ、なに、魔獣なんかはともかく、人と似たような姿の魔物や、それこそ同じ人間と戦って殺せるかって話だ」

「べ、別に殺さなくてもいいじゃんか」

「そんな事が出来るのは達人級の腕前と圧倒的実力差があってはじめてできる事だ」

 アルファの普段の軽口とは違い、何か芯の通っている言葉にアーサーは居直り沈思黙考する。

「──魔獣や魔物は殺……せる……と思う……。で、でもさ、同じ人間なら戦う必要も、まして殺す事もないじゃんか」

「本当にそう思っているのか?」

 アルファの確認にアーサーは直ぐさま返答が出来なかった。話し合いで人間全てがわかり合えると思えるほど気楽な生き方をしてきた訳ではないし、それをくつがすほどの強い信念を持っている訳では無かったからだ。

「ま、俺も別に『敵なら徹底的に殺し尽くせ』なんて言いやしないさ。出来る事なら命のやり取りなんかしたくないって思ってる方だしな」

「ほんとかよ」

「本当さ」

 アーサーと違い即答するアルファだった。

「ただな、“戦い”なんてのはとどのつまりは“殺し合い”だ。そんな最中さなかに迷った奴は死んでいく。お前さんが躊躇ためらって死ぬのは別に構わないが、その時お前の──『アーサーが守りたかったモノ』も一緒に死ぬってことと、お前のやる“戦い”はそういうものだってのを覚悟しておけ。って事だ」

「……分かってるよ」

「なら、いいだけどな」

 そういえば、と言いたげな風にアーサーは呟く。

「……アンタ、『面倒なんて見ない』とか言ってた割には結構気に掛けてくれてないか?」

「別にお前を気遣ってる訳じゃ無い、お前の中のザガンは一国を容易く滅ぼせるぐらいの力があるからな、そんなものを無闇矢鱈に振り回されたら俺の監督責任になるってだけだからだ」

 それを「面倒を見る」と言うのではないだろうか。とアーサーは思うが、変に突っついて夕食抜きにされたら適わないと、とりあえず剣の稽古に戻る事にした。

「それと『困ったときには助けてくれる』なんて変な期待もするなよ」

「わーってるよ!」


 その時の会話はほんの僅かな間でしかなかったが、アーサーの心に妙に残っていた記憶だった。

(あの時の話は、オレなりに覚悟はしてたつもりだったんだけどな)

 左手にある小さなぬくもりを確かに感じ深く思う。

(想像してたよりずっと重たいんだな)

 それでも、と自分の決めた道を進むアーサー。

(てゆうかあいつ、本当に助けに来ないな。いや、別にいいんだけど)


 そうして辿り着いた終点の扉は想定より小さく大人一人か二人がやっと通れるかどうかだった。

 しかし、扉越しに聞こえる機械音は遙かに大きく重く響いている。

「多分、この先にプラントってやつがあるんだろうな」

 女の子に同意を求めるかのようにアーサーは呟く。

 女の子は繋いだ手を握り返す事で返答とした。

「よし……」

 アーサーは意を決して扉を開けようとするが、その前に女の子に向き直り言う。

「こっから先はあの二人──“敵”が居るはずだ。だから、君はここで隠れて待っていて欲しい。

それで……それで俺が戻らなかったら直ぐにここから逃げるんだ。それで、たぶん外かどこかにアルファ──でかい金属の杖を持った魔導士の男と変わった服着た脳天気そうなアヤメって女がいるから、そいつらに事情を話して守ってもらってくれ」

 はやる内心を悟られないよう努めて平静に言い聞かせるアーサーだったが、女の子は首を縦には振らなかった。

「えっ、な、なんでだ?」

「だって……一人は怖いし……。それにお兄ちゃんと一緒に居たいの」

 伏し目がちにそう言う女の子を前にアーサーはどうしたものかと困ってしまう。

(正直、オレ一人でもあいつらと戦って勝てるかどうかの自信は……無い。でも──)

 それでも、恐怖でだろうか、小さく震える女の子をここに置いて行くのも“間違い”ではないかともアーサーの心が問いかけてくる。

 実際はほんの些細な時間、しかしここに居る二人にとっては遙かに長く感じる時間の中でアーサーは覚悟した。

「分かった。じゃあ、絶対にオレの側から離れるんじゃないぞ」

「うん……!」

 心を決めたアーサーは見た目以上に重い扉を慎重に開ける。そこから漏れ出る光と音の大きさが目的の場所である事を告げていた。

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