第11話『機獣と幽霊』

 同じ頃、場所は変わって領主の屋敷前。

 アルファとアヤメの二人はその屋敷の正門の前まで辿り着いていた。

「さてと、どうやって侵入するかね、アヤメさん──アヤメさん?」

 アーサーの救出と子供達の救助も兼ねる策を練ろうと隣に居るアヤメに問いかけたアルファだったが、既にその姿は無く、門扉が斬解される怒号が彼女の居場所をしらせた。

「えぇ……正面突破なの……」

 あまりに迅速すぎるアヤメの回答に呆れつつも仕方なしにアルファは後へと続く。

 アルファが敷地内に入り込むと、煌々こうこうと魔力でかれた数々の灯りの元に護衛と思われる者達がうずくまっており、既にアヤメの手によって無力化されている事を示していた。

「一応、峰打ちに留めるだけの理性はあったみたいだな。それで……アヤメさんはどこまで行ったのかね」

 と、アルファが敷地内を見渡せば、屋敷の玄関前にてアヤメと、その彼女の身の丈をゆうに超える大きさを誇る鋼鉄の狐の様なものが対峙していた。その狐の尾は幅広の一本の大剣を思わせ特に目を引く。

「ERASOUNISITERUKUSENIYAKUNITATANAIOTONADOMOME!!」

「いーあー……──なんですか?異国の言葉ですか?」

 鋼鉄の狐はその口腔から音声のような物を発しいきどおるがアヤメにその言葉は理解できなかった。

「多分、言語機能がイカれてるんだろうな、その機獣は」

 そこにアルファが補足するように入ってきた。

「きじゅう? 魔導士殿はこの面妖な鋼鉄の獣──狐でしょうか?──をご存じで?」

「まぁな。だが、こいつらの制御用人工知能はネットワーク経由で全部焼き切った筈なんだが……おい、お前、中身は何だ?」

「URUSAI!SALTUSATOSINE!!」

 理解の追い付かないアヤメを置いたままアルファは鋼鉄の狐に問いかけるが、それは尾撃による返答という形を取られた。

 横薙ぎに振るわれたそれを難なく二人はかわすと、一旦距離を置く。

「さてと、まさか機獣まで復元されて出てくるとは。面白い事をする奴がいる」

「魔導士殿は余裕ですね。であれば、拙者達を通して貰えるよう“あれ”を説得して頂けると助かるのですが」

「いや、俺もあいつが何を言っているのかは分からないぞ。まぁ、規則性が分かればある程度は──」

「NIGETEMOMUDADAZO!!」

 二人の会話を割るように、鋼鉄の狐の尾が付け根から伸び、二人が居た後に縦長の穴を開ける。

「テールワイヤーも使えるようになってるのか。碌に整備もされてなかったろうに、よくもまぁ」

 縦横無尽に襲ってくる尾──テールワイヤーをかわしつつアルファは気楽に感心していた。

「感心している場合ではありませんよ魔導士殿。一刻も早くアーサー少年を含めた屋敷内の子供達を助け出さないと」

 尾撃の動きに慣れ始めたアヤメは最小の動きで避けつつ、急かすようにアルファに言う。

「あぁ、そういやそうだ。ソードフォックスあれの主武装はテールワイヤー──まぁ、あの伸びる剣の尻尾だけだ。あと武装と言えるのは爪と牙ぐらいだな」

「承知」

 それだけ聞くと、アヤメは携えた刀を改めて納め嚆矢こうしの如く鋼鉄の狐ソードフォックスへ駆ける。

「あ、変な改造されて武装が追加されてるかもしれないから、気を付けてくれよ!」

 遠くなっていくアルファの忠告を無言で聞き届け、そのまま鋼鉄の狐ソードフォックスの剣戟の合間を縫うように迅速果断にその手にした刀の間合いへと緩急織り交ぜ詰め寄っていく。

「NANDE!?NANDEATARANAI!!」

(初撃は面食らいましたが、冷静に見れば剣尾の攻撃は単調、それもこちらの油断を誘って四肢の爪や牙で仕留める算段かと思いきや──)

 鋼鉄の狐ソードフォックスは剣尾を当てる事に集中しているのか“本体”である自身の在り様には無頓着であった。

(──それこそ獣の如く縦横無尽に駆け巡られ、更に剣尾の動きも加われば、此方こちらからは攻めづらく彼方あちらからは攻めやすい、相当手強い相手だったでしょう)

 アヤメの推察通り、それが機獣本来の戦い方であったが、“中身”の違うの者の戦い方は──

(児戯に等しい)

「SOKODA!SINE!!」

 アヤメが敢えて見せた“隙”に誘われて鋼鉄の狐ソードフォックスは剣尾を叩き込むが、当然ながらそれはアヤメに見切られている。そしてくうを切り地面へ叩き込まれた剣尾は深く食い込み、ほんの一瞬だけテールワイヤーを引き戻すのが遅れた、

 だが、アヤメにはその“一瞬”だけあれば良かったのだ。

ずはその厄介な尻尾を切り落としましょう」

 既に抜刀の構えを取っていたアヤメは力を溜めるように深く息を吸い、一刀で切り伏せる為に力強く一歩を踏み出す。

「アオイ流剣術。四季織々しきおりおりなつ逃水にげみず

 言うが早いか鋼鉄の狐ソードフォックスの剣尾とテールワイヤーは抜刀の剣閃と共に別たれ、剣尾を引き戻そうとしていた力そのまま鋼鉄の狐ソードフォクスはよろめき倒れそうな所をさらにアヤメの追撃が襲う。

四季織々しきおりおりあき時雨しぐれ

 言葉と共に放たれた鋭い突きの連続は鋼鉄の狐ソードフォクスの四肢の関節を的確に穿ち、瞬く間に行動不能とした。

「へぇ、月鋼つきはがね製でもない刀でよくやる。──それにアオイ流って確かアズマの里じゃ、とうの昔に失伝したって聞いてたが、まさかこんな所で続いていたのか」

「“あずまの里”とか“失伝した”とか、色々興味をそそられますが、今はこれをどうするかでしょう。これ、もう動きませんか?」

「“KORE”DATO!!TYANTONAMAEDEYOBEEE!!!」

 動きを封じられ、なおもやかましい鋼鉄の狐ソードフォックスだったが、アルファはとりあえず話を進める。

「ま、的確に間接部を壊したからな、流石にここから稼働する事もないだろう。中身を知りたいところだが、それより屋敷の中に──」

 言い終える前にアルファはアヤメを抱きかかえ跳躍する。

 直後、地面に穴が開き焼けた後から煙が立ち上る。

「なぁ、アヤメさん、この国に“銃”の概念ってあるか?」

「“十”ですか? 一から数えればありますが」

「そうか、解った……!」

 聞き終えたアルファは元いた場所から十分すぎるほど距離を取って軽く着地する。

「魔力による銃撃──そこまでやられるとシャッポを脱ぐしか無いな」

 そう言って弾痕のある方を見やると、鋼鉄の狐ソードフォックスより更に一回り大きい鋼鉄の猛禽と女の姿がそこにあった。女の出で立ちは青白く、同じく冷たく白い髪は地面に付くほど長い。歳の辺りはアヤメとそう違わなさそうだったが、その白尽くめさは得体の知れない異様さと威圧を感じさせる。

「お前がその二機の飼い主か?」

 返答は両の手二丁ある鈍色の短銃に因るものだった。が、アルファはそれをすんなりと避ける。

「そんな訳無かろう。我らがあるじは他に居る」

 そして傍らの鋼鉄の猛禽が言葉にして答えた。

「いや、お前は普通に喋れるのかよ」

 思わずツッコんでしまうアルファだったが、鋼鉄の猛禽は律儀に返答する。

「そこのポンコツと同じにされては困る」

「ポンコツと言ってはダメよ」

「SOUDAZO.KONOGARAKUTA.EKURONIIITIKERIKARANA」

「む、それは困るな……」

「いや、そっちの女も普通に喋れるのかよ。しかもそれと会話できるのかよ」

 少し間の抜けた会話に毒気を抜かれるアルファだったが、“それ”という単語に反応して鋼鉄の猛禽は怒気を放つ。

「我々にはれっきとした名前がある。二度と“それ”などと呼ぶな……!」

 無機質な鋼鉄の顔ではあっても分かる確かな怒りをアルファにぶつけるが、彼は特に気圧されるでも無く返答する。

「悪いな。でも礼儀を問うなら名を名乗らないそっちにも非があると思うが?」

 と、アルファに言われると女の方はもありなんと二丁の銃の構えを緩ませ、自ら名を名乗る。

「私の名前はネメシス。そしてこの子が──」

「SUPIKA!」

 と、鋼鉄の狐ソードフォックスは高らかに宣言する。が、伝わらないと判断した女──ネメシスが補足を入れる。

「スピカ。そして──」

「我が名はアルタイル」

 最後に鋼鉄の猛禽が名乗り終えるとアルファとアヤメも名を名乗った。


「さてと、俺は動かない筈の駆体を使っているその──スピカとアルタイルの中身が知りたい訳だが、素直に教えてくれるか?」

 一息つくかと言わんばかりに気楽にアルファが問いかけるが、最早問答無用とばかりにネメシスの弾雨が襲いかかる。

 しかし、それらはアルファの『プロテクション』により全て防がれ届きはしない。

 だが、掃射による土埃が晴れた後にはネメシス達の姿は無く、遙か上空にアルタイルがネメシスとスピカを連れ去っていた。

「逃げられたか。元々あのスピカってヤツを回収する為に来てたようだな」

 既に彼方かなたの小さな黒影は魔力による推進力で浮かんだ光の跡を夜闇に残して消えていった。

「魔導士殿、彼奴等あやつらは“敵”ということで宜しいのでしょうか?」

「なんだ? 邪魔してきたんだから敵対してるのは間違いないだろ」

「それにしては……邪気があまり感じられませんでしたので」

「まぁ、対立するのには色々な事情や理由があるからな。むしろ善悪の二律がもとで敵対する方が珍しい」

「それもそうですね。あと、魔導士殿、そろそろ拙者を降ろして欲しいのですが」

「おっと、悪かったな」

 アルファは優しくアヤメを降ろし、そのまま二人は屋敷の中へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る