第10話『牢中の女の子』

「ちっ!あのガキ! 下手したてに出てりゃいい気になりやがって!」

 エクロが立ち去ったのを確信した領主はその身なりからは程遠い口調と手荒い行動に出ていると後ろから大柄な男が声を掛ける。軽装ではあるが鎧姿の屈強そうな姿で、日中、アヤメを門前払いしていた男だった。

「兄貴、用事は終わりましたかい?」

「なんだ、お前か。何の用だ、今日はくべる日だから厳重に警護しろと言ったはずだが」

 苛立ちを隠そうともせず睨み付けて領主は言う。

「おぉ、怖。なに、ちょいと飽きたんで気分転換がてらその子供で遊ぼうってね。門番の仕事もあの鉄のバケモンがやってくれるんだろ?」

「そうだな……とりあえず、お前は私の護衛に付いておけ。あと遊ぶのはナシだ。ついこの前も“遊び”で上等な魔力を持つガキを一匹逃がしたろうが。あれを献上できていればもっと中央に口がきけるようになったかもしれんのにな……! お前が私の弟でなければ、さっさと今日にでもくべているところだ!」

 怒りを抑えないまま言葉を大柄な男へとぶつけ、荒い言動のままアーサーを連れ出すよう指示を出した。


「ほらっ、ここで一緒に大人しくしてな」

 アーサーは大柄な男に乱暴に放られ、牢屋と思わしき、金属で覆われた部屋へと投げ入れられる。

「顔がいいからタップリ楽しみたかったが……まぁ、兄貴を怒らせると本当にくべられちまうからな。ま、短い一生を神に恨みながら過ごしな」

 下卑た笑いを浮かべ大柄な男は牢の扉を閉めると“くべる”為の準備に向かった領主の元へと立ち去った。

「いってぇな……あっ、そうだ! この中に逃げた男の子と仲が良かった女の子って居るか?」

 アーサーは雑に放られたせいでぶつけた頭を撫でつつ、かつて弔った男の子の願いを思い出し、同室にいるだろう子供達に“女の子”の居場所を勢いで尋ねるも、その部屋の中はアーサーの他に一人の貧しい衣服の幼い女の子しかいなかった。

「……って、一人しか居ねぇのか。他の子達は知らないか? ここに大勢連れてこられたって聞いたんだけど」

 当初の質問の回答が得られないと考え、重ねて知り得そうな子が居そうな場所をアーサーはその子に尋ねた。

 しかし、その女の子は首を横に振り何も知ってはいなさそうだった。

「そっか……、じゃあ先にこっから出る方法を考えねぇと」

 ばつが悪そうに頭を掻きつつアーサーは金属で覆われた牢屋から脱出する方法を考える。

(前に見た“遺跡”の扉と似た感じだな、アルファなら魔法かなんかで簡単に開けられそうだけど……オレじゃ無理か……?)

 と、力任せに破壊しようかと一瞬ザガンに頼ろうと考えるが、そもそも力を貸してくれるかどうかも不明瞭なので直ぐさまその考えは霧散した。

 部屋の中に脱出の為の手掛かりか何かがないかと見渡すも古びたベッド一床と備え付けの簡素な机一脚以外にはめぼしい物は何もなかった。

 そうこうアーサーが考えあぐねていると、アーサーの服を摘まみ同室の女の子が尋ねてきた。

「その……“逃げた男の子”って背が高かった?」

 不意の質問にアーサーの思考は脱出法と質問の意図で混線するも、先のアーサーの質問に対するものだと気付く。

「えっ、あぁ……どうだったかな……子供にしては高めだったような……そうでもないような……」

 風化するほど弔った時から経ってはいないが、かといって確かに記憶するほど共に時間を過ごしてはいないので曖昧な返答になるアーサー。

「…………もしかしたら、その“女の子”って私かも」

「本当か!?」

 おずおずと答える女の子に飛び上がるかのように勢いよく応えるアーサー。

 そんな彼に戸惑ったのか一呼吸、二呼吸と置いて続けて女の子は言葉を続ける。

「──うん、いつか一緒に逃げようねって、ここで男の子と話したこと、あるから」

 言葉をたぐり寄せるように話す女の子だったが、アーサーは気にもせず、あの“男の子”との約束を果たせるという希望の色に満ちていった。

「そっか、そっか! 君があの女の子なんだな! よっし!あとはこっから脱出するだけだな!」

 想定以上の喜び方をアーサーがするので女の子は気圧されていたが、「脱出」という言葉に反応して一人、部屋の扉の方へと歩いて行く。

「なにをしようってんだ?」

 彼女の行動に疑問を返すアーサーだったが、女の子は特に気にも留めず扉に備え付けられた端末に触れるとバチッとショートする音がし、扉がひとりでに開く。

「え? あ、開けられたのか!?」

 あっさり解決した問題に呆気にとられるアーサーに振り返り、女の子は答える。

「前から、こういうのは得意だったから」

 控えめだが確かな自信をその言葉と表情に滲ませる女の子。

「じゃあ最初からそうしてりゃ──」

「そうすると、すぐにここの人達に見つかる」

「……それもそうか──ん?じゃあ何で今開けたんだ?」

 ふと浮かんだ疑問を何の気なしにアーサーは発する

「え? えっと……お兄ちゃんが助けてくれそう……だったから?」

 何気ない質問にぎこちなく疑問形で答える女の子だったが、それに発奮するかのようにアーサーは応える。

「そっか……そうだよな。オレがちゃんと助けないと……! 『さらわれてみすみす助けて貰いました』じゃカッコ悪いもんな!」

 言い終えるとアーサーは両頬を軽く叩いて意識を切り替え脱出しようとすると、同時にある事も考えつく。

「そうだ……! あいつら“くべる”とか何とか言ってたっけ、なんとかめさせる事できねぇかな……。でも、君を早く逃がした方がいいか……?」

 今すぐ女の子を安全な場所へ逃がしたいという気持ちと、他の子供達も助け出したいという気持ちで板挟みになり歩を進み出せずにいるアーサーは女の子の方を見る。彼女の様子次第でどちらに行動するかを決めようと思ったからだ。

「私も……あの子達を助けた方が良いと思う」

 女の子はそんなアーサーから目線をそらしうつむいたまま意見を述べる。消極的な賛成、あるいは肯定だった。

 そんな控えめな様子の女の子を見てアーサーは意を決して彼女の手を取り、語りかける。

「君はオレがあの男の子の分まで絶対守り抜く。そして連れてこられた子供達も全員助け出す。それで全部解決だ!」

 アーサーには何一つ根拠も自信も無い、目の前の女の子を安心させたい一心でついた精一杯の虚勢だったが、それでも彼は曇り無く笑って女の子に力強く言い放った。

「本当に?」

 それに対しうつむいたまま、何かを確かめるかのような、あるいは拒絶するかのような言葉で返す女の子であったが、アーサーはその機微に気付かずに繰り返し強く言葉を返した。

「あぁ! 両方やる! どっちかなんてオレには決められないからな!」

 言葉を続ける内に、アーサーは不思議と自分の心も強く定まっていく感覚を覚えた。それは光の中の道を確かに進んでいくような感覚でもあり、暗闇の中に一つのしるべが灯る瞬間でもあった。

 一方で女の子の方は、そんな彼にアテられる訳でもなく冷ややかなままであったが、さりとて呆れる様でも無く、顔を上げ、ただ、ただ、彼の瞳の奥を見つめていた。

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