第9話『エクロ』

 深い眠りから覚醒し始めたアーサーは自分が身動きが取れない状態である事を感じる。

(動けねぇな……なにか手足を縛られて椅子に座らされている?)

 拘束されてる中でもアーサーは動じず状況を把握しようとしていた。アーサー自身が内心驚くぐらい落ち着いた対応だった。独りだったなら拘束されている状況に騒ぎ立てていたかも知れないが、ザガンの存在を感じた所為なのだろうかとアーサーは頭の片隅で思う。

 そんな彼の耳に声が聞こえる。若くはないがしわがれてもいない中年と思われる男性の声と男とも女とも取れない子供のような声。

 アーサーは目隠しをされていて二人の姿までは確認できないが、男の方は身なりがとても良く上流階級に属しているのは明白だった。子供の方はとても小柄で男の背丈の半分ほどの身長でしかなく、その服装は紺色を基調とした女の子の人形が着るような可愛らしいものであった。しかし手にしている身の丈をゆうに超える杖は無骨で無機質な造りの金属製の物であり、その服装には似つかわしくなかったが、それにより異質な魔導士としての威圧感を周りに与える。


「それで──なぜこのような見窄みすぼらしい子供を連れてくる必要があるのですか?」

 と、男が問う。その疑問に如何にも答えるのが億劫だという風に子供の声が答える。

「こいつ……は、あの“鋼鉄の蜘蛛”を破壊した魔導士の連れ……だ。だから連れてきた」

 その言葉の意図を計りかねて男がさらに尋ねる。

「いえ、ですからわざわざ我が屋敷に連れ込んだ理由を問いているのですが?」

 アーサーは「我が屋敷」という言葉で男がこの辺りを治めている領主であろう事を直感する。事実、子供に尋ねる男こそ、この辺りを治める領主その人だった。

 そしてそんな苛立ちを滲ませた男──領主に特に動じもせず子供は心底面倒そうに答えた。

「その……魔導士の力を調べたい……から、僕の最高傑作──ネメシスの試運転がてら……に、この子供を連れ去らせた……、結局……あの魔導士は連れ去りを看過した……けど、多分、あの魔導士……は、この子……を、見捨てない……から、その内……、ここに来る……だろう」

 無駄な労力を使わされたと言わんばかりの息を吐き子供は言い終える。

「な、なぜそのような危険な事を我が屋敷においてやられるのですか、もっと他に適切な場所はあったでしょう?」

「なりゆき」

 その簡潔な答えに嫌な顔を露わにする領主だったが、さりとて強く反論する事もなく、領主の口調と子供の態度からして、二者間には明確な上下関係があるようだった。

「……この件は一先ひとまず置いておく事にして。それで、使えそうな“薪”は御座いましたか?エクロ様」

「無い……ね。全部好きにくべて……いいよ」

 にべもない子供──エクロの言葉に男はすがるように言葉を続ける。

「その、ですね。今回は数を多めに取りそろられたので、辺境領地といえど確かな貢献ができるという事を是非エクロ様──監査官様の口から何とぞ良く言って頂ければ、と」

 “監査官”という肩書きで呼ばれ疑問を浮かべるエクロだったが、直ぐさまそれが彼の勘違いだと気づき訂正する。

「あぁ……。僕は監査官じゃない……よ。それはエールの仕事……だから」

「へ? で、ではそのエール様はどちらに?」

「帰った」

「はい?」

「帰った。僕の用事に付き合わせた……ら、魔力を使いすぎて疲れた……って。だから、僕が代わりに仕事をして……いる」

 面倒な事を押しつけられたという風なエクロの言葉であったが、領主に掛けるそれとは違い、知己のあいだに流れるような独特なものであった。

「一応……言付けとして受け取っておく……よ。じゃあ僕もそろそろ帰るから」

 わざわざ連れてきたアーサーや呆気にとられる領主を気にも留めずきびすを返すエクロを領主は慌てて引き留める。

「お、お待ちを! その魔導士とやらは我が守護騎士達で太刀打ちできるのですか!?」

「まぁ……無理……だね」

 どうして当然の事を尋ねるのかと呆れた風に答えるエクロに我慢の限界を迎えそうな領主であったが、危害を加えようとしても返り討ちに遭うのは理解していたので、すんでの所で抑えていた。

「一応……、僕のスピカを置いて行く……から、それで……なんとかして」

 と言い残して、エクロは部屋から立ち去った。

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