第二章『マナプラント』

第6話『巡り逢う日』

 それから幾ばくのかの時が経ち。

「千ッ!」

 鋼の剣の素振りを終えたアーサーの掛け声が森の奥で響く。

「本当にこれで強くなれんのかよ?」

 息も切れ切れにアルファに問う。

「ん? あー、まぁ、何事も基本が肝心だからな。お前は見てくればっかり気にしてて基礎の部分がなってないんだから、地味な修練が先。技術は後」

 と、昼食の支度をしながら軽くアルファは答えた。

 道中アーサーに“強くなる方法”をしつこく聞かれたアルファは適当な剣を一振りを与え適当な鍛錬方法を教えてその場を凌ぐ事にしていた。


「で、プラントだとかなんだとかっていう場所にはまだ着かないのかよ」

 昼食を口に突っ込みつつ話のタネ程度の気楽さでアーサーはアルファに訊く。

生活用魔導線マナラインを辿っているからな、その内辿り着くさ」

「それ、何回も聞いたぞ」

「その内はその内だ。なに、中継点も二つ三つ超えてきてるから、魔力生成所マナプラントにはそろそろ着くだろうさ」

「ホントかよ……」

 内心諦めたかのようにアーサーは言葉をこぼす。

 そうこうしていると、草むらから何かが這い出るような音がしてきた。

「なんだ? 野生の獣がめしでも食べに来たのか?」

「こんなのわざわざ食いに来るかよ」

 と、他愛ない会話に割って出てきたのは幼い少年だった。しかし、その風貌は町や村からはぐれてきた訳でもない、痩せぎすで服も簡素な物であり体に付いた生傷から何かから命からがら逃げ出して来たといったものだった。


「助けられないのか?」

 アーサーは不安そうに尋ねるも、アルファは淡々と「無理だな」と返す。

「またかよ……! オレの時みたいになんとかできないのかよッ……!」

 目の前の少年を助けることの出来ない自らの無力さの苛立ちをぶつけるかのようにアルファに問うアーサーだが彼の答えは努めて冷静だった。

「無茶を言うな、アレは誰彼構わず与えられるようなモノじゃないし、ここまで外も中もボロボロだと手の施しようがない」

「アンタの魔法でなんでもできるんじゃないのかよ!」

 怒鳴るアーサーなど意に介さずアルファは言葉を続ける。

「理論上、魔法はなんでもできる全能の力だが、使う人間の方は万能じゃない。全知全能の神じゃないから治療だのなんだのは然るべき技能を持ってやらないとその場凌ぎにもならない」

 「クソッ!」と言葉を吐き捨てるアーサーを尻目に、アルファは事切れそうな少年に冷酷に問う。

「ってことで、残念ながらお前さんは助からない。だが、まぁ、何かの縁だ、最期の頼みの一つぐらいは聞いてやらんこともない。なにかあるか? 美味い飯が食いたいとか、親の顔が見たいとか」

 少年はそのアルファの言葉に反応し、最期の力を振り絞るように答える。

「たす……けて……」

「いや、だからそれは──」

「ぼく……じゃなくて…………おんなのこ……いっしょに……つれてこられた……」

「なんだお前、誘拐されていたのか?」

 問いかけるアルファだったが、少年は既にくうだけを見ており神に祈るように言葉を続けた。

「ぼく……だけ……にげちゃ……ったから……かみ……さまから……バチが……あたったんだ……でも……あのこ……は……なにも……わるくない……から……たす……けて……あげて……かみさ──」

 か細いいのりで最期の想いを告げると少年は事切れた。


 簡素な墓の前でアーサーとアルファは二人佇む。

「まったく、短い間に墓を二回も作る事になるとはな」

「で、どうすんだよ。あの子の願いを聞いてやるのか?」

「ま、頼みを聞いてやるって言ったからな、俺は神様じゃないから約束は守るさ。とは言っても、“あの子”の手掛かりがまるでないのはなぁ。多分、方向的に魔力生成所マナプラントが関係してそうだが……」

「心当たりでもあんのかよ?」

「少しはな。あんまりしたくない想像だが……やらかす馬鹿がいないとも限らない」

「……なんだよそれ」

「生贄」




更に日にちが経ち、アーサーとアルファの二人は辺り一帯を収める領主の屋敷前に辿り着いていた。

 周辺の聞き込みや情報収集によりそこが魔力生成所マナプラントの所在地であろうという目星と、先日弔った少年が逃げ延びた場所であることを突き止めていた。

「多分、あの屋敷の地下施設が魔力生成所マナプラントなんだろうが、さすがに押し入るわけにもなぁ……」

 広大な敷地の外で考えあぐねるアルファをアーサーが焚き付ける。

「なんだよ! あそこの領主が子供をプラントの生贄にしてるんだろ!? だったらさっさと止めさせないとだろ!」

「まぁ、あそこの領主が孤児を集めて保護しているってのは確かだが、それと生贄にしているって話を直結させるのは短絡的だ。黒幕や元凶が他にいないとも限らないしな」

 アルファの話を聞き、一旦言葉の矛を収めるアーサーだったが、その顔は納得がいっていないようだった。

「なんにせよ、周辺をうろついて変に警戒されても損だからな。一旦、町にでも戻って作戦会議でも──ん?」

 町へ戻ろうときびすを返そうとしたアルファとアーサーに大きな声が響いた。

「どおおおおおおおして!中に入れてくれないんですか!」

「なんだよアレ」

「俺に聞くな」

 二人は声のした正面門扉の方に向かうとそこには妙齢の女性の姿があり、背恰好から歳は二十前後、出で立ちは旅装に最適化された羽織袴のいわゆる日本の侍や武士のような姿であった。

「な、なんだあの恰好」

 見慣れない服装にアーサーは戸惑うがアルファは関心を持っていた。

「珍しいなアズマの出か? それとも関係者か?」

「“あずま”?」

「ん? あぁ、ここから遠い大陸の奥の奥にある──まぁ、集落とか里の名前だな。そこの人間は武者修行の旅に出たりもするから、そういうヤツかとも思ったが、そこで生まれ育つ人間は魔力特性……というか、まぁ、色々あって間違いなく金髪碧眼なんだ」

 しかし、彼女の長い髪も瞳も黒かった。

「まぁ、どっかで文化が伝播したんだろう、さして珍しいことでもない」

 興味なさげに立ち去ろうとするアルファをアーサーは引き留める。

「ちょ、ちょっと待てよ、あそこに用があるってことは、オレらと目的が同じかも知れないだろ」

 「確かにそうかもな」と、やはりアルファは興味なさげに返答し町へ向かおうとする。

「オレ、ちょっと話してくるよ!」

「は? いや、待てよ」

 アルファが引き留めるよりも早く、アーサーは黒髪の女性のもとへと走って行った。

 「鉄砲玉か、あいつは」と愚痴りつつ、アルファも後を追うのであった。




「なるほど~、アーサー少年は勇者を目指しておるのですか。では、この件が解決したらば拙者が教会に口を利いておきましょう!」

 領主の屋敷から近い町の酒場にて、侍姿の長い黒髪をそのまま下ろしている女性──アヤメは酒も入っているせいか上機嫌で話す。

 あの後、アーサーと話したアヤメはアルファやアーサーと目的が近しいことを知ると「既に仲間である」と言わんばかりに二人と食卓を囲んでいた。

「え、そんなこと出来るのか!?」

「当然です、ご覧の通り拙者は近衛騎士団の一人ですから、教会にも顔が利くのですよ!」

 得意気に話すアヤメは羽織の紋章を見せる。

「生憎と、近衛騎士団とやらも教会とやらも、俺は知らないんだけどな。──結構美味いな、ここの料理…………素材が良いのか」

 特に聞かせる気も無く、半ば独り言のようなアルファの言葉も聞き逃さずアヤメは言葉を続ける。

「なんと! 魔導士殿はご存じないのですか!? てっきりご存じであるかと思っていましたが、その見慣れぬ出で立ちからして矢張り外様とざまの旅の方でありましたか! しからば拙者自らが教えて差し上げましょう!」

 特に嫌味も無くさっぱりと言い切るアヤメに断ることも出来ず押されるアルファだった。


「まず近衛騎士団ですが、これは王都の中心、王宮の守護や王族関係者の警護を任された精鋭中の精鋭騎士達の集まりです。あっ、ちなみに拙者は最年少で近衛騎士になったんですよ、凄いでしょ」

 エッヘンと言わんばかりにアヤメは話すが、アルファは特に気に留めるでもなく食事をしながら彼女に聞き返す。

「で、その凄い近衛騎士さんがなんでこんなところに居るんだ?」

「それは姫様の密命──おっとと、ではなくてですね」

 アヤメは大きな身振り手振りで誤魔化しつつ言葉を続ける。

「世直しと武者修行の実益を兼ねてです! 今は魔王とその手勢の攻勢も大人しいですが、やはり乱れた世では人の心もまだ荒むというもの。微力ながらも拙者は世の為人の為に団長に許可を頂いて国内を流れ歩いてる訳ですね! あっ、ちなみに拙者の父上は歴代団長の中でも最強との誉れ高かった、とっても凄い人だったんですよ!」

 嫌味の欠片すら混ることなく高らかに自慢するアヤメに適当に相づちを打つアルファ。

「そして教会──霊脈信仰の国教ですね、正式名称はきちんとあるのですが、『教会』といえばこの国の人間なら大体通じてしまうので別に覚えなくていいです」

「覚えなくて良いのかよ」

 思わずアルファがツッコむ。「そういやオレも知らないな」とアーサー。

「『教会』の人は訳あり貴族から一般庶民まで幅広く、身分に関係なく在籍しており、我々の生活を支える霊脈のお世話をしてくれています。その成り立ちもこの国──『テライトアイ王国』の建国に密接に関わっておりまして、その関係から教会の中でも一番偉い教皇ともなると国王の統治にも口を出せるほど強い力をもっております。まぁ、基本的に政治的な話には関わらないみたいですが……ともかく、そういう関係から我々近衛騎士団も色々と教会に顔を出す都合上、ちょっとした口利き──勇者選抜試験に推薦状という形でアーサー少年を紹介できるという訳です」

 憧れの勇者になる現実的な道筋が見えてきてアーサーは瞳を輝かせる隣でアルファは変わらず食事を続けていた。

「この国の『勇者』ってヤツは認可制なんだな」

 そんなアルファのふとした質問をもアヤメは拾って答える。

「えぇ、初代勇者がこの国を築いた初代国王その人ですからね。何故その勇者を教会が認可する立場にあるかと言えば、そもそもその初代勇者を見出したのが当時の教皇だったから、ですね。いわゆる慣習的なものです」

 「なるほどね」と区切るようにアルファは区切るように言い、そのままアーサーに話を振る。

「で、アーサー、お前がなりたかった『勇者』ってやつはそういうものだったのか?」

「なんだよ突然。おかしいかよ」

 アルファからの不意の質問に怪訝な表情を浮かべるアーサー。

「いや、なに、お前の言う『勇者』って言葉とこの国で言うところの勇者が違う気がしてな」

 アルファの感じた素朴な疑問の言葉は、抵抗なくアーサーの心に素直に届き、彼は黙考する。

 この国で勇者と言えば“そういうもの”だったので、自分も“そういうもの”になりたい、ならなくちゃとアーサーは考えていた。が、アルファの疑問はアーサーの疑問となり頭の中で反響しだす。

 だが、そんなアーサーの心など知ってか知らずか「ま、俺にはどうでもいい事だけどな」と、アルファはさっさと切り上げる。

「なんにせよ、目下の問題を解決してからですね。此方こちらとて無闇矢鱈に薦めては信用に関わってしまうので」

 なんとも言いがたい空気となった場を切り替えるようにアヤメは話す。アルファもそれに乗るように言葉を続ける。

「それもそうだ。で、アヤメさんは何か策でもあるのか?」

「ありません!」

 と、アヤメはキッパリと言い切る。

「えぇ……」

「ないのかよ……」

 二人の呆れ顔を無視してアヤメは続けた。

「近衛騎士の権力をかざせば正面から調査できると思いましたが、やはりダメでしたね!」

 あっけらかんと喋る彼女に対し「こいつ大丈夫なのか?」という不安を隠せなくなってきたアーサーとアルファの二人だった。

「ですが、やましいことがなければ素直に通したでしょうし、やはり彼処あそこは黒と見積もってよいでしょう」

「そういう事は考えてたんだな」

「えぇ。ですが、この後のことはまったく考えておりません!行き当たりばったりです!」

 余りにも自信満々に言い切るのでなんとなく押し切られそうになるが「いや、ダメだろ」とアーサーがこぼす。

「兎にも角にも、今日は沢山食べて一杯寝て明日から元気に調査しましょう!」

「ん? 一緒に調査するのか」

 と、アルファ。

「え、しないんですか?」

 と、アヤメ。

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