第5話『旅立ちの日』

 それから三日で二人は村へと戻ってきた。行きと違い、アーサーが山歩きに慣れたせいもあるが、それ以上に彼自身の身体が以前より強くなっていた事も関係していた。

 そうして村に戻ってきたが、様子は一変していた。

「なんだよ……これ……」

 アーサーが絞るように声を出したその眼前の風景は、寂れているとはいえかつての朴訥ぼくとつなものとは程遠い、住居だったであろう物がかろうじて残る焦土だった。

「……っ! アリサ!じいさん! どこだ!?」

 唖然としていたアーサーがあの酒場の二人を探しに弾けるように飛び出していく。そんな彼の後ろ姿をアルファは捉えつつも突如広がった光景の原因を探る。

(魔獣の仕業……にしては破壊が広範囲だな)

 魔獣とは、原生生物が“邪悪なる物ヴァイラス”に感染し変質したものであるが、基本が野生動物ゆえに行動も単純であり、小さな村とはいえ焦土にするような破壊は不可能の筈だった。

(じゃあ魔物の仕業か? この国を脅かす魔王を騙るやからの差し金なら納得するが……)

 魔物とは、かつて神魔大戦において魔人が自らの尖兵として生み出した有機生体兵器ホムンクルスの別称であり、とある例外を除いて生産者の命令に忠実なしもべとして、ある程度の判断能力と攻撃能力を持って行動する。故にこのような破壊行為は可能ではあった。

(だが、こんな辺鄙な所を襲撃させてなんになる? ここの結界に何かあるのか?)

 疑問に思ったアルファは村の中心部、結界の発動機へと向かう。

(やっぱり変哲も無い結界機だな……。ん?回路が焼き切れてるな。許容量を超える魔力エネルギーを流し込まれた所為か)

 そこまで考えて、アルファはとある事に気付く。

(そうか、ここから魔力エネルギーが逆流して、あの歩兵型ポーンタイプの動力源になったのか。じゃあ、ここを襲撃したのはそれが目的で……? いや、起動させるのが目的ならあれに直接魔力エネルギーを送れば済む話だ)

 アルファは推理に一息つけると空を仰ぐ。

(襲撃犯──が居るならまるで行き当たりばったりだな。通り魔かよ。だが、それにしては破壊の仕方が念入りというか、過剰だな。何か間違いを誤魔化すような──)

 とりあえずアルファはこれ以上の考えは無意味と一区切りをつけ、アーサーの様子を見に行く事にした。




 二つの簡素な墓の前にアーサーとアルファは佇む。


「オレが……オレが残っていれば二人を助けられたのかな……」

 アーサーの口からこぼれた言葉が重い静寂に消えていく。

「どうだろうな。これほどの破壊をする相手なら、お前が居たとしても変わらないだろう」

 アルファの返答は慰めではなく、客観的な事実だった。

 そして、またアーサーは押し黙る。そんなアーサーにアルファは何も語らなかった。所詮アルファは部外者であり、決して短くはない時を共に過ごしたアーサーと酒場の二人の間に口を挟めるほど高慢ではなかったからだ。

 そんな刹那とも永劫とも取れない沈黙の中、再びアーサーは口を開く。

「なぁ……アンタなら……アルファなら、二人を蘇らせることが出来るんじゃないか……?」

「なんだお前、急に突拍子も無いこと言いだして」

「だって、前に言ってたじゃんか『セーブ』だとか『ロード』だとかさ……! それに、オレだって蘇らせてくれたじゃんか! あれなら二人も──」

「その単語を理解できたのはザガンの影響か? まぁ、いい。結論から言えば可能だ」

「それじゃあ……!」

「話は最後まで聞け。可能は可能だが、あくまでも“再現”が可能だってことだ」

「どういう意味だよ」

「確かに、肉体も記憶も、所詮は情報の集まりに過ぎないし、外部記憶装置バックアップに情報が保存できれば、されていればいくらでも完全複製フルコピーは可能だ。だが複製コピー複製コピー本人オリジナルとはどこまでいってもニアリー・イコール──違う者だ。なぜだか分かるか?」

「……わかんねぇ」

「魂が複製できないからだ。肉体も記憶も完璧に複製コピーしたところで、結局、魂魄オリジナリティまで複製が出来ない。そりゃそうだ、今まで誰も魂の在処ありかどころか定義も出来ずにいるんだからな」

「でも、オレはここに居るじゃんか、なにがどう違うんだよ……」

「前にも言ったが、あの時のお前はあくまでも死にかけで、まだ生きていた。つまり意識の連続性がある。でも、この二人はおそらく駄目だろう、“死ぬ”っていうのは脳みそが寝て起きるのとは訳が違うんだ」

 アルファの言葉と意味をアーサーは上手く飲み込めはしなかったが、あの二人がもう帰ってこないと云うことは理解した。

「まぁ……再生は無理だが、さっきも言ったように再現は可能だ。よく似たお人形さんをお望みなら造ってやってもいいが?」

 そうアルファは尋ねるが、アーサーが首を縦に振れば即座にザガンを簒奪さんだつする腹づもりではあった。

「いや……いいよ……」

「物分かりが良くて助かる。もし、そんなつまんない生き方するつもりなら、さっさと俺が首をはねてるところだった」

「なんだよそれ、怖ぇな……」

 二人の話を区切るように強い風が吹き付けた。

「死んだ後の魂ってどこに行くんだ……? じいさんとアリサは天国ってとこに行けるのかな……」

「さぁな。“あの世”って所に行くのか、はたまた“別の世界”とやらに転生するのか、生憎とそれすらもわかりはしない。ただ残された者にできるのは『せめて次は幸せに生きられるように』と祈るぐらいだ」

「思ったより、何にも知らないんだな」

 緊張の取れた口でアーサーは言う。

「ははっ、そうだな。この歳になっても知らないことの方がまだまだ多い」


 乾いた風がひとしきり吹いた後、話題を切り替えるようにアルファがアーサーに問いかける。

「さて、と。俺はこれからここの結界に魔力エネルギーを送っている筈の魔力生成所マナプラント副魔動力炉サブジェネレーターをちょいと調べに行こうと思うんだが、お前はどうする?ここで墓守でもするか?」

「それは……“つまんない生き方”じゃねぇのかよ?」

「過ぎた過去にしがみつくのと過去を想って生きるのじゃ全然違うさ。ま、俺もお前がザガンと契約してなきゃ、わざわざ生き方に口を挟むなんてことをするつもりはないけどな。で、どうする」

 アーサーはしばし考え込むと意を決したように口を開いた。

「オレ、アンタに付いていこうと思う」

「なんだ、やっぱり勇者とかになりたいか?」

 一瞬、馬鹿にしてるのかと思うアーサーだったが、口ぶりは真面目なそれで真意を問われていると感じ、言葉を続けた。

「それも……あるけどさ、あいつ──アリサは酒場を切り盛りして生きていくって言ってたけど、本当は実の両親を探しに行きたがってたんだ」

「なるほど、産みの親が他にいた訳か。どおりで場末の娘にしては魔力の素養が高いわけだ」

「何か知ってるのかよ」

「いや、彼女の素性については何も知らないが、まぁ、一般人にしては訳ありそうな感じだったからな。ほら、続けろ続けろ」

「……じいさんから聞いた話だと、本当はアイツ、偉いところのお嬢さまらしいんだ、でもなんか訳があって爺さんの娘夫婦に赤ん坊の頃に預けられて、娘として育てられてたんだ」

「それがなんであの娘は自分に産みの親が居るって知ったんだ?」

「つい最近の事なんだけどさ、オレがここに居着くようになって何ヶ月か後にじいさんにアリサと呼び出されてさ、そこで一緒に色々聞かされたんだ。なんでオレも聞かされたのか分かんねぇんだけど」

「それは、あれだな。お前にアリサって娘を連れ出して産みの親元にでも返して欲しかったんだろうな」

「え、そうなのか」

「真意はどうあれ、大方そんなところだろう。思い返せば俺にだってそんな感じの素振り口ぶりだったしな、割と切実だったんじゃないか」

「そうだったのかよ……でもアリサのやつ、『本当の親とか関係ない。ここがアタシの居場所だ』って言い張って」

「その様子だと産みの親を探しに行きたいとは思ってなさそうだが?」

「──でもアイツはふと遠くの空を見るときがあったんだ。最初は死んだ両親──じいさんの娘夫婦のことを想ってたんだと考えてたんだけど、やっぱり実の両親って奴に会ってみたかったんじゃ無いかな。俺も似たようなもんだからさ、なんとなく分かるんだ」

「なるほどな。それで、お前さんがそれを持って代わりに探そうって思ったわけだ」

 アルファはアーサーが手にしていたリボンを指差し尋ねる。

「魂ってやつは何処に行くか分からないんだろ? ならせめて焼け残ったこいつだけでも……って」

「形見代わりか……ん、こいつよく見ると特殊な魔導術式プログラムが組み込まれてるな。焼け残る訳だ」

「なんだよそれ」

「簡単に言えば自動で発動する遅効性の魔法って所だな。まぁ、この手の物は大概なんらかの『メッセージ』を仕込んでるもんだが──まぁ、無理に見るのは野暮ってものか」

「なんか手掛かりがあるかもしれないじゃんか」

「だからお前はまだまだ子供なんだよ」

「んだよ……」

「なに、魔導術式こういうものを仕込んでる時点で単なる貴族とかの上流階級って訳じゃなさそうだし、生い立ちを調べる手掛かりとしては十分だ」

 閑話休題とばかりに「さてと」と前置きをしてアルファはアーサーの話を続ける。

「それで、もしアリサって子の産みの親に出逢ったらどうするんだ?一発殴るのか?」

 だがアーサーは首を振る。

「わかんねぇ、逢ってどうするとかアリサから聞いたこともないし、オレが勝手にどうこうしていい事でも無いし……」

「まぁ、そうだろうな。それでも旅をする理由ぐらいにはなるか」

「じゃあ、着いて行ってもいいのか!」

「いや、着いてきたいなら勝手にすればいいだろ。なんで俺の許可が要るんだ?」

「だって理由を聞いてきたじゃんか……」

「ん? あぁ、よく分からないまま着いてこられても鬱陶しいだけだからな、聞くだけ聞いただけだ。それにして結構喋るんだな、お前」

「んだよ……悪いかよ」

「なに、会話するのは理解するための第一歩だからな、何も悪いことじゃない。まぁ、べらべら聞いてもないことを喋るのは鬱陶しいだけだが」

 「じゃあアンタは自分のことは喋らないのかよ」と言いかけたアーサーはそのまま言葉を飲み込んだ。アルファ自身の事を聞き出そうとしてもはぐらかされるか、きっぱりと断られる。そんな気がしたからだ。そして、そんな彼の正体を知りたいという好奇心もアーサーが彼に着いて行く動機の一つだったが臆して語ることはなかった。


「どうした? 置いて行くぞ?」

 振り向きもせず歩を進めるアルファに追い付こうとアーサーは駆け出す。ほんの僅かな間、簡素な墓に一礼をして。

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