第4話『覇業器』

 それから丸一日経ち、アーサーの身体はすっかり元通りに再生されていた。


「よぉ、いい加減起きろ、寝ぼすけ」

 アルファは乱雑にアーサーを蹴飛ばし起床を促す。

「いってぇ! 何すんだよ!?」

 アーサーの抗議をあえて無視してアルファは問いかける。

「で、寝覚めはどうだ、少年」

「蹴飛ばされて気持ちよく起きれるかよ……」

「まぁ、そりゃそうだ。けどな、俺はそんなことを聞いてるんじゃない。契約者になった気分はどうだ。ってことだ」

「“契約者”ってなんだよ、オレに聞くなら説明ぐらいしてくれって」

「は? お前、ザガンと対話しただろ?」

「また訳の分からないことを言いやがって……」

 不機嫌かつ不満そうにぼやくアーサーを見てアルファは考える。

(なんだ? アーサーはザガンと契約コントラクトしてないのか? でも身体は再生できてるから“力”は使えてる筈なんだが……)

「まさかお前、エミュレートされてるとかじゃないよな?」

「だーかーらー! “えみゅれーと”ってなんだよ!?」

「まぁ、簡単に言えば意識を乗っ取られるようなことなんだが──」

「オレはオレだ! アーサーだ!」

 (どうだか)とアルファは思うが、これ以上の押し問答は無意味だと判断し“これから”の事を話そうとするが、アーサーの言葉に遮られる。

「……いや、そういえば変な夢を見た。鋼鉄のバケモノに攻撃されて死ぬ夢だ。アンタがさっきから聞いてることはそれと何か関係があんのか?」

 問われたアルファは一呼吸置いて答える。

「その死ぬ夢は夢じゃない。お前は確かに一度死んだ」

 茶化さず真っ直ぐに告げるアルファの言葉にアーサーも“一度死んだ”のが夢ではなく現実に起きたことである事を悟る。そう感じる程の生々しさは記憶の断片にあったからだ。

「じゃあ、まさかアンタがオレを生き返らせたのか……?」

 驚愕と驚嘆と恐怖がない交ぜになったアーサーの言葉だったが、直ぐさまアルファに否定される。

「言い方が悪かったな、お前は死んだ訳じゃなくて死にかけだったのをこの覇業器はごうきの力でなんとか生き繋げただけだ」

 そう言うとアルファは自身の腰に着けた鍵束を見せる。華美てはいないが、しかし実用的な無骨さもない、その不思議な鍵束には九本の鍵が下がっていた。

 アーサーは見覚えのないその鍵束に不思議と懐かしさを感じる。それは自分ではない“なにか”から発せられているように思えた。それがアルファの言う“ザガン”とやらの感情かはアーサーにはまだ分からなかったが。

「ともかく、こいつの莫大な魔力エネルギーを利用してお前さんの身体にあるなけなしの魔素ナノマシンを増殖させて肉体を再構築したってだけの話だ。死者蘇生だの黄泉帰よみがえりだの御大層な話じゃあない」

「はぁ、なに言ってるか全然わかんねぇよ……とにかく、オレの身体は大丈夫なのか……?」

 自分の身体が恐ろしい“なにか”に変貌したのかと、アーサーは不安を隠せず言葉をこぼした。

「まぁ、そこんところは人より多少丈夫な身体になった程度だ。ドロドロのグチャグチャな怪物に変貌するわけじゃないから安心していいぞ。多分な」

「多分って……安心できねぇ……」

 気軽にアルファは語るが内心は別の問題に気を揉んでいた。

(だが、むしろ不安なのは精神の方だな。ザガンとの対話の記憶も無いみたいだし、一回死にかけて記憶が混乱してるだけか、それともザガンに人格をエミュレートされてるのか……どっちにしろザガンがなんで出てこないのか……。まぁ、もともと覇業器アイツらが考えてる事なんて皆目見当も付かないんだが)

「まぁ、とりあえずあの村に戻って落ち着いて考えるか。肉じゃがももう一回食べたいしな」

「なんだよ、遺跡……だっけか? あれの調査はどうするんだよ」

 アーサーの疑問に答えるようにアルファはとある場所を指差す。そこは金属と木片の瓦礫の山が出来ていた。それが元々なんだったかは判別しようもない程に。

「あれ……アルファがやったのか……?」

「まぁな、特にめぼしい情報も残ってなかったし、後腐れ無いように跡形もなくぶっ壊しておいた。なに、丁度良い気分転換にはなったさ」

 食後の軽い運動であるかのように語るアルファにアーサーは空恐ろしいものを感じた。「あんなことは物語のバケモノか何かの仕業としか思えない」そう口をついて出そうな言葉を思わず飲むほどの感情だった。

 しかし、目の前の男──アルファは、そんな“物語のバケモノの様な敵”だという雰囲気ではない。それこそ、その魔導士然とした風体を除けばどこにでも居そうなただの人間としか思えなかった。だからこそ、余計に得体の知れない恐ろしさを感じていたのと同時にアーサーは「自分は“なに”と関わってしまったのだろうか?」という不安も抱く。

「おい、どうした? 付いてこないのか? あそこの酒場の世話になったんだから、旅立つ前に挨拶ぐらいしとけ」

「旅立つってなんだよ!?」

「言ったろ、お前の中には覇業器っていうヤバい代物が入ってるんだからな。あんな、辺鄙な所に置き去りにして暴走でもされたら俺の監督不行き届きになる。だからとりあえず、アーサーには俺の仕事の手伝いをしてもらう。お前さんも旅に出たがってたから丁度良いだろ」

 だが、アーサーは思う。真意はどうあれ目の前の男は自分の命を救ってくれたのだ、例え善人ではないしろ、悪人でもないと信じたい。そう考えるアーサーの足は自然とアルファの元へと駆け出していた。

「早くしないと置いてくぞー」

「あ、おいっ、待てってば!」

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