*4* 湯浴み

 脱衣所の鏡に、艷やかな黒髪の少女が映り込む。

 ぱっちりと胡桃くるみのように大きな瞳は、紫水晶。

 あらためて目にする、鼓御前つづみごぜん自身のすがただ。


「濡れるのがこわいなら、着たままでいいよ」


 鼓御前の帯をほどき、器用に着物を脱がせた葵葉あおばは、そういって肌襦袢はだじゅばんのみを残し、自身も肩から着物を落とした。


 かくして湯気の立ちこめる浴室に、葵葉とふたりきり。


「熱くないか?」


「へいきです」


 葵葉が手にした桶で湯船から湯をさらい、そっと鼓御前のからだにかける。

 そのたび、肌襦袢ごしにじんわりと熱がひろがる感覚を、鼓御前もしだいに受け入れるようになっていた。


 髪を濡らすときが一番こわかったけれど、葵葉が顔にかからないよう手のひらで覆ってくれたので、乗りきることができた。


「ふふっ」


「どうしたんだよ、いきなり」


「葵葉にふれられると、うれしくなってしまいます」


 それもこれも、長らく離ればなれだったからなのかもしれないが。


「もっと、ふれてくださいな」


 むかしのように、いっしょにいたい。

 陽だまりにつつまれたような心地の鼓御前の背後で、息を飲む気配がある。


「そうだな……じゃあこっち向いて」


 鼓御前つづみごぜんの脇へ手を差し入れ、からだを持ち上げた葵葉あおばは、ひざの上に乗せ、うっとりと蕩けた顔を寄せる。


あねさま、じっとして……」


「んっ……」


 かすれ声でささやいた唇が、桃色に染まる鼓御前のそれにかさなる。


「ふぁ、んっ……んっ」


「んっ、あねさま……」


 葵葉は気のすむまで姉の唇を吸うと、最後にちゅうっと音を立て、顔を離した。


「あの……?」


「口吸い。接吻。いまだとキスっていうな。人間の愛情表現だよ。とするんだ」


「だいすきな、かぞく……家族は、葵葉ひとりだけですから、葵葉とするものなんですね」


「そのとおりだ。俺以外のやつとしちゃだめだからな? 約束だぞ、姉さま」


「やくそく……はい、わたしはちゃんと約束を守ります。姉ですもの」


 ぼうっと熱に浮かされた鼓御前の言葉を受け、葵葉はわらう。


「かわいい、かわいいなぁ……俺の姉さま。俺だけの姉さま。大好きだ」


 うわ言のようにこぼされる声音が、姉に対するものではない熱と欲を孕んでいることを、まっさらな少女こそが、知らなかった。

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