第9話 怪儡の魔人(1)

 ナルミは、サフィラに吹き飛ばされた事で物静かな場所へと移されていた。この学校は、セデスが居る第一棟の校舎を中心に運動場やテニス場、野球場が囲っていた。そして、ユリシア達が居る場所は校門から正面玄関口までに広がっている中庭で争いが行われていた。


「ここは……。もしかして……。俺らの部室なんじゃ……」


 ナルミが居る場所は、第一棟と繋がっている四階の外廊下を渡ってすぐにある第二棟の演劇部の部室に居た。この場所は、ナルミを始めとする六人の演劇部メンバーの思い出が詰まっている教室だった。しかし、その教室には上半身にチェーンで縛られている謎の人物が真ん中に佇んでいた。


「あれは、な、何だ?」


 ナルミは、教室全体に謎の人物がチェーンで固定されているのを見て全く状況が掴めていなかった。しかし、謎の人物はナルミに視線を向けると縛られているチェーンを外そうと物音を立てていた。


 謎の人物は、口しか無い顔をナルミに見せた後に不気味な笑い声を立てながら自力でチェーンを外した。その刹那、謎の人物はいきなり紗枝の姿に変わってナルミの心を揺さぶった。


「さ、紗枝……。ちゃん?」


「ナルミ、会いたかったよ」


「嘘だ! こいつは紗枝ちゃんじゃない! 紗枝ちゃんは、俺の目の前で死んだんだ!」


「違うよ、本当は死んでなかったの。ナルミ、忘れちゃったの?」


「いや、忘れてないさ。紗枝ちゃんは、俺の事を呼び捨てでは無くて君付けする人だって事をな!」


「ぐひひっ!」


 その刹那、紗枝に化けた謎の人物はチェーンを武器にしてナルミに立ち向かった。そして、ナルミも同時に日本刀を生成して相手に立ち向かったが、謎の人物は紗枝に化けているので攻撃に躊躇ってしまった。


 謎の人物は、その隙を突いてナルミの腹部にチェーンをめり込ませた後にナルミの顔に向けて回し蹴りをした。そして、ナルミは紗枝の姿のまま攻撃を受けてしまい、近くの壁にぶち当たってしまった。


「紗枝……。ちゃんの、姿で……。好き放題してんじゃ……。ねぇ!」


「私はね、こう言う奴なの。ごめんね」


 この怪人は、『怪狸人かいりびと』と言って見た者の記憶を覗いてその者の大切な人に化けると言う習性をしている怪人である。デモルスは、異世界で実際に存在していた妖怪である怪狸人をモチーフにした。


 しかし、記憶を覗いて大切な人に化けると言う習性は本来の怪狸人には無かった。だが、ロズの魔力を用いて作成した事で最悪な設定を付け加える事ができた。なので、怪狸人はその設定を何も知らずに従順に行っていた。


「く、くそ……。ふざけた習性だ、な……」


「ふふふ。だけど、ナルミ君ったら本物でもないと分かってるのに大切な人に化けられてるからって攻撃するのを躊躇ってるんだよね?」


「う、うるせぇ!」


 ナルミは、怪狸人の挑発に乗って日本刀を振り翳したが、怪狸人は避けてナルミの腹部に回し蹴りを受けさせた。ナルミは、紗枝の姿で攻撃をしてくる怪狸人に苛立ちが募りながらも体力の消耗に苦戦していた。


「ふふふ、良いねぇ。もし仮に、貴方が見た紗枝の姿が偽物だとしたらどうする?」


「いや。俺は、俺が見た物しか信じない。だから、お前が紗枝ちゃんに変わった瞬間も紗枝ちゃんの最後の言葉も俺が見たから信じてるだけだ!」


「あっそ。なら、もう言う事ないね」


 怪狸人は、チェーンを使ってナルミの顔を殴った。しかし、ナルミは怪狸人の腰に縋って地面に倒れない様に粘っていた。ナルミは、紗枝の姿に化けている怪狸人に攻撃をするのはどうしても躊躇ってしまっていた。


「ねぇ。貴方って、私を助けなかったよね。何で助けてくれなかったの?」


「そ、それは……。怖くて無理だったんだ。紗枝ちゃんを……。紗枝ちゃんを、助けたくてもどうして良いか、分からなかったんだ」


「そんな事を言って、本人は許してくれると思ってるのかな?」


「分からない……。それでも、魔人に困っている人を助けたいと思ったんだ」


「そんな事しても紗枝は戻らないよ」


 ナルミは、怪狸人の言葉が胸に突き刺さってしまい、泣き崩れながら当時の気持ちを語っていた。怪狸人は、記憶を覗いているので過去の事や相手の気持ちを瞬時に理解していた。だからこそ、ナルミの弱点を突く事ができたのだ。


「そんなに泣くなら、私が本物の紗枝に会わしても良いよ?」


 その刹那、怪狸人はナルミの頭をかち割る勢いで殴りにかかった。しかし、ナルミは怪狸人の殺気を即座に察知して攻撃を回避した。なので、衝撃波が床を突き抜けて勢い良く崩れてしまった。そして、怪狸人とナルミは瓦礫と共に下の階へと落ちてしまった。


「何で避けるの? あの人に会いたくないって事なの?」


「違うよ……。今、紗枝ちゃん達に会ったら怒られると思ったからだ」


「ふーん。なら、無理矢理にでも会わしてやるね」


 怪狸人は、そう言いながらチェーンを振り回して攻撃した。しかし、ナルミは日本刀でチェーンを弾き飛ばしてまた襲ってくる怪狸人の攻撃を何度も防いだ。そして、煙化を発動して怪狸人の間合いを詰めた後に勢い良く日本刀を振った。しかし、怪狸人はナルミの攻撃を瞬時に避けた後に奇声を上げながら反撃した。


 そんな感じで、ナルミと怪狸人は激しい戦いを繰り広げていた。ナルミは、次第に怪狸人の事を紗枝だと言う認識から外れる様になったので焦りながらも攻撃に躊躇わなくなった。


「ふふふ。なかなかやるわね」


「うるせぇ……。それより、俺は……。何としてもお前を……。殺してやりたい……」


「そうだね。なかなかの殺気を感じてるよ。でもね、仮に私を殺して貴方の大切な人は戻ってくるのかな?」


「もう、そんな挑発に乗ってる暇は……。無いんだよ……」


 ナルミは、余裕が無かったので息を切らしながら怪狸人の挑発をあしらった。怪狸人は、思い通りにならなかったのでつまらなく感じながら次の策を考えていた。


「面白くないな。もう少し困った反応しても良いのに」


「俺は……。紗枝ちゃん達と約束したんだ」


「まさか、死人の前に立って語った奴の事?」


「あぁ、そうだよ……。俺は、必ず魔人を殲滅するって」


「それで、彼女達はなんて言ったと思うの?」


「分からない。でも、少なからず紗枝ちゃんの両親には背中を押してくれたよ」


「そっか。それで満足してるんだね」


「そうかもしれない。頭のどこかで許して欲しいと現実逃避をしている自分が居ると今なら思うよ」


「そりゃ、死人に口なしって言うからね。色んな解釈ができるもんね」


「そうだな。ただ、もし許してくれないのならこの身を持って償わせて貰うよ」


「ひゃは! 良い心構えだね!」


「あぁ。だから、俺は死ぬまで魔人を殺し続ける事にしたんだ!」


 ナルミは、そう言いながら思い出が詰まっている西洋の刀剣を生成して怪狸人に攻撃を仕掛けた。この武器は、ユボルグを倒す時に生成した武器であり、ナルミが演劇部の時に仲間と共に作り出した武器である。ちなみに、演劇部の時はダンボールを素材として作り出したが、今は魔人を殺せる様に鋼鉄を意識して作り出していた。


 そして、その武器で怪狸人とかなりの接戦になった。ナルミは、怪狸人が紗枝の姿をしていても殺す気で立ち向かった。しかし、怪狸人は紗枝の姿でナルミの殺気を感じている事に優越感に浸っていた。何故なら、もしナルミが怪狸人を殺したとなると復讐心が強くなって歯止めが効かなくなるからであった。


「良いねぇ! この調子だよ!」


「うるせぇ!」


 怪狸人は、ナルミが殺人鬼に近づく程の負のオーラを感じて楽しんでいた。しかし、ナルミは怪狸人の思惑に気付いておらず、怪狸人はナルミの負のオーラを源として戦っていた。


 その刹那、サフィラと戦っていたユリシアが壁を破って吹き飛ばされた。なので、ナルミは怪狸人と距離を取ってユリシアの所へと急いで迎った。


「ユリシアさん!? 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫よ……。それ、より、ナルミは何してる……。の?」


「僕は、怪狸人と言う奴と戦ってます」


「か、怪狸人?」


「はい。僕の大切な人に化けている奴です」


「あの子は……。確か……」


ユリシアは、ナルミの説明で異世界の頃を思い出した。異世界では、怪狸人と言う妖怪が存在しており、ユリシアは怪狸人と死んだ筈のナルミの大切な人の姿を見て瞬時に状況が理解できた。


「なるほど、理解したわ……。とにかく、先を急ぐわ……」


「はい。僕もあいつを倒したらユリシアさんの所に迎います」


「あらぁ、見つけたわよ」


 すると、ユリシアを吹き飛ばしたサフィラがゆっくりと追い詰めてきた。サフィラは、ユリシアの攻撃を妖術で弱らせた後にナルミの所へと吹き飛ばした。そして、ナルミと共にユリシアを殺そうと絶大な魔力を用いて妖術を発動した。


 ナルミは、ユリシアを担いでサフィラの攻撃を躱した。しかし、爆風が強すぎてナルミ達は吹き飛ばされてしまった。そして、その光景を見た怪狸人が走りながらナルミ達に攻撃を仕掛けた。ナルミは、爆風の中から出てくる怪狸人の攻撃を防ぐのに反応が遅れてしまった。


「うっ!?」


 ユリシアは、ナルミが叫ぶ事で自身を庇った事に気付いた。しかし、ナルミはスーツが破れてしまう程に背中をチェーンで叩きつけられてしまった。


「ナ、ナルミ!?」


「ユ、ユリ……。シア、さん……」


 ナルミは、そう言いながらユリシアの前で気絶してしまった。ユリシアは、破けている箇所から見える赤く染まったナルミの背中を見た事で復讐心を抱きながら立ち上がった。


 そして、ユリシアはランプの形をしたパイプタバコを両手で握りしめて目を瞑りながらランプの魔神を召喚する詠唱をした。この詠唱は、ユボルグを討伐する時に行った詠唱であり、前回と同じ様にランプの魔神を召喚した。


「ふふふ。これは、これは、私の部下がお世話になったわね。魔術師さん」


 サフィラは、近くに居る怪狸人と共にユリシアが契約したランプの魔神が出てくる所を眺めていた。そして、ユリシアはランプの魔神に詠唱を唱えて攻撃を仕掛けた。


 ランプの魔神は、サフィラと怪狸人に目掛けて拳を振りかぶった。しかし、二人は即座に避けたので地面が割れてしまった。なので、サフィラと怪狸人は瓦礫と共に下の階に落ちるのを回避する事ができた。ユリシアは、攻撃を避けられたのでもう一度攻撃を仕掛けた。


爆風煙弾スモーク・ブラスト!!」


 ランプの魔神は、大きく吸ってサフィラ達に向けて勢い良く吹き出した。すると、サフィラは妖術で空中に飛んで回避したが、怪狸人はそのまま攻撃を受けて耐えていた。


「怪狸人! 受けずに避けなさい!」


「サフィラ様、これは……。避けちゃ、いけない技です、よ……」


「ご明察よ」


「な、何が言いたいのかしら?」


 この技は、爆発する事で煙が一気に蔓延して視界を奪われてしまう技である。怪狸人は、その事を察知したので爆発させずに技が鎮まるのを待っていた。しかし、ランプの魔神は怪狸人に目掛けて拳を振り下ろした。


「ぐひゃっ!?」


 怪狸人は、爆風と共に奥の壁へと吹き飛ばされた。それと同時に、白い煙がサフィラの視界を奪ってユリシア達が何処に居るのか分からなくなった。


「小癪な真似を……。良いわ、私もやってあげる」


 サフィラは、見えなくなった廊下に武器で強風を流し込んで見える様にした。すると、ユリシアとナルミが居なくなっており、死んでいる怪狸人だけが見つかった。


「なるほど。そう言う事でしたか」


 サフィラは、ユリシア達を探す為に場所を移動する事にした。そして、ロズとデモルスが帰ってきた事でまた抗争が激しくなった。

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非魔人〜ひまじん〜 タイシンエル @taishin3439

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