第8話 弧美の魔人(1)

 そして、抗争開始の時間になった。ナルミが卒業した母校には、抗争の拠点として魔人会と魔人討伐団体が一斉に集まっていた。


 学校に関しては、まだ一年生と二年生が通う予定だったが、団長のムルスの計らいでオンライン授業として各自の携帯に先生達が自宅で行っており、部活も別の場所に移したりなどして学校に来させない様にしていたので一般市民には魔人の正体に気づかれずに済でいた。


 セデスは、魔人討伐団体の姿を見て抗争開始の合図として自身の部下を突撃させる事にしたが、ムルスも同じで手始めに六番隊メンバーのユリシア・ナルミ・ミサキ・アドフレスの四人に突撃命令を下した。


 魔人会は、百人近くの部下がサフィラやロズから授かった能力を使ってナルミ達に立ち向かった。しかし、六番隊は自身よりも多い人数で襲い掛けられても動じずにユリシアから授かった能力を使って対峙した。


 その刹那、ナルミとミサキが全身を煙化して睡眠ガスを放出させた。すると、セデスの部下は悉く倒れた。しかし、何人かは危機を察知して鼻を抑えたので煙化していないユリシアに向かって攻撃を仕掛ける事ができた。


 だが、ユリシアの前にメグミが姿を現して自身の能力を行使した。すると、セデスの部下達はいきなり能力を使う事ができずにそのままナルミとミサキに拘束された。


「やはり、こんなもんか」


 その光景を見ていたセデスは、次の作戦を開始した。その合図と共に今度は、一人の女性魔人が何も言わずに空を飛んで能力の行使を始めた。すると、魔法陣がメグミの足元に現れて電気が全身に流されている感じの激痛がメグミを襲った。それを喰らったメグミは、術が切れたかの様な感覚になりながら脚を崩してしまった。


「こ、これは……。何ですの……?」


 メグミは、身体が痺れているので立つ事が困難な状態になった。ナルミは、メグミの状況を確認しながらも今度は魔人会の部下が起き上がって能力を使おうとしていたので驚きが隠せずに頭が混乱していた。


「メグミさんが、術を展開してるはずなのに何で相手が使おうとしてるんですか!?」


「ナルミさん、それは先程の魔人が何らかの方法で私の術を解いたからですわ……」


 メグミは、術を解かれる事で先程の自身が奪った能力が使えなくなった。その魔人は、『断斬の魔人アルフ』と言って相手の能力をリセットさせる事ができる魔人であった。


 アルフは、セデスの指示通りにメグミや後ろに居る一番隊の戦闘員に術を仕掛けて能力が盗まれない様に無効化の魔法も展開していた。なので、セデスの部下達は能力を盗まれる心配がないままナルミ達に攻め込んだ。しかし、ナルミとミサキは恐れる事なく能力を行使して襲いかかってくる敵を攻撃した。


 ナルミは、日本刀を生成して魔人とか関係無しに足元を掻き切って身動きさせない様にした。それに、その日本刀には強力な催眠魔法がかけられているのですぐに眠りについてしまった。そして、ミサキはゴム弾の銃を生成して相手の急所を狙う事で気絶させたり激痛で身動きさせない様に攻撃を繰り出していた。


 ユリシアは、メグミや一番隊の能力を使えなくさせたアルフに攻撃を仕掛けた。アルフは、ユリシアに術を仕掛け様としたが、間に合わずに早めに仕掛けたユリシアに右手を掻き切られた。


「うぐっ!?」


 アルフは、ユリシアによって右手が切られて地面に落ちて行くのを眺めていた。そして、その隙にユリシアはアルフの首を掻き切ろうともう一度攻撃を仕掛けた。しかし、アルフの背後から突風が起きてユリシアは攻撃ができずにナルミの位置まで戻ってしまった。


「ユリシアさん、大丈夫ですか!?」


「大丈夫よ、ありがとう。それより、今のでややこしくなったわね」


 ユリシアは、攻撃を邪魔した突風を肌で感じた事で危険を察知した。何故なら、その突風はセデスの一番弟子であるサフィラが仕掛けたからであった。


 サフィラは、異世界では狐人として神に仕えていた。狐人は、貴重な種族なので神として拝まれる事もあるが、基本は神に仕える為に生まれたとして多くの人間が認知していた。


 なので、神を拝む為に訪れた者はついでに狐人と話をする事が多かった。しかし、サフィラは雄オークの大群がいきなり現れて強姦に遭ってしまった事があり、その日から神職を辞めなければならなくなった。


 狐人は、穢れたまま神職に就く事は論外だと考えており、サフィラは雄オークに恨みを持ちながら生きなくてはならなくなった。しかし、そんな時に黄色の月神が舞い降りてサフィラを異世界に転移させた。転移してからは、セデスと出会った。セデスは、サフィラに寄り添ってサフィラの事を肯定した事でサフィラから部下になると決意を貰った。


 そんなサフィラは、セデスの指示でアルフの援護を行った。アルフは、自身が殺されると術が解けて警戒している一番隊が動き出す事を恐れていたのでサフィラに助けられた事を感謝した。


「さぁ。魔人討伐団体の人達、かかって来て良いわよ」


 サフィラは、セデスと魔力供給を沢山したので余裕を感じていた。しかし、ユリシア達はその余裕が無いので簡単にサフィラの宣戦布告を受け入れる事ができなかった。


 何故なら、また新しくセデスの部下達が襲いかかっているので六番隊だけでは対処が難しくなっていた。なので、一番隊隊長のキースは能力が使えなくても武器を使って戦う様に部下達に指示をした。


 それから、一番隊の部下達は普段から装備している棍棒を手にしてナルミ達の援護を行った。しかし、余計に戦いに負ける者達が増えたのでナルミは戦いづらさを感じた。相手は、能力を使いこなしているので無能力の一番隊の部下達は苦戦を強いられていた。


 その光景を見たユリシアは、ナルミに先に行かせる様に指示を出した。ナルミは、指示を理解したので敵の大将であるセデスの所に行く事にした。しかし、サフィラは攻めてくるナルミを見て攻撃を仕掛けた。


「ふふ、良い度胸ね。なら、私もそれ相応の技を繰り出そうかしら! 愛之龍風ラブ・トルネード!!」


 サフィラは、龍の姿形をした渦巻き状の積乱雲をナルミに向けて放った。この技は、サフィラが愛するセデスの事を思って繰り出した一撃であり、愛が深ければ深いほど実力が発揮できるのがサフィラの特徴である。


「うっ!?」


 ナルミは、サフィラの技の避け方に迷ってしまい、真面に喰らってしまった。この技は、ナルミ以外も巻き込んでしまう程の強風なので煙化をする事ができなかった。もし仮に、煙化をすると飛ばされて真面に避ける事ができなくなるのでナルミは迷ってしまった。


「ナルミ!?」


 ユリシアは、サフィラの技を真面に喰らったナルミが心配で叫んでしまった。しかし、強風で辺りが見えないのでナルミの所に迎う事ができなかった。そして、真面に喰らったナルミは着ているスーツがボロボロになる程に痛めつけられた。


「うっ……。く、くそ……」


 ナルミは、サフィラの技で体力がかなり落とされてしまった。しかも、ユリシアから事前に貰っていた魔力瓶が先程の技で何処かに無くなっている事に気付いた。


「まさか……。こ、こんな時に……」


 それから、ナルミは魔力を供給する為にユリシアの所へと一度戻る事にした。しかし、サフィラはナルミが弱まっているのを見て自身が持っている武器で更に追い討ちをかけた。


「うわぁー!!!」


 ナルミは、サフィラが飛ばした突風を耐える事ができずに近くの壁に激突してしまった。それに、激突した壁が壊れたのでナルミはその瓦礫に埋もれてしまった。ユリシアは、その光景を見ていたのですぐさま煙化を発動してナルミの所へと迎った。


「ナルミ!? 大丈夫!?」


「ユリ、シア……。さん……。ぼ、僕は……」


「大丈夫よ。無理に話さなくて良いわ」


 ユリシアは、瓦礫に埋もれているナルミを引き摺り出そうとしたが、ナルミの足が挟まって出す事ができなかった。しかも、ナルミは魔力が切れているので煙化をして脱出する事が困難であった。


「分かったわ。今から、私が魔力を供給するからね」


 ユリシアは、ナルミの事情を聞いて自身の魔力を直接与える事にした。こうして、ナルミはユリシアとキスをして魔力と体力を貯める事ができた。そして、ナルミはユリシアと共に煙化をして瓦礫の中から脱出した。それから、ナルミとユリシアはキースの所へと一度戻って態勢を整える事にした。


「お前達、大丈夫か?」


「いや、もうそろそろやばいわね。マイラとタクミを出させて貰うわ」


「本当に良いのか?」


 ユリシアは、待機しているマイラとタクミを戦闘に参加させる事を指揮官であるムルスとキースに報告をした。キースは、マイラが出る事に安心感を抱きつつも無事に生還してくれるのか心配していた。


 しかし、ユリシアはそれでもマイラ達を参加させる事にした。キースは、その決意を受け入れてマイラとタクミに声をかけた。すると、人間の姿をしたタクミがマイラが乗っている車椅子を引いてユリシアの近くまで近寄った。


「タクミ、お願いしても良いかしら?」


「あぁ、分かった」


 タクミは、静かになっているマイラに声をかけた。マイラは、自身が一番に大切にしていたタクミが傷付いた事で自身を見失っていた。しかし、タクミはマイラを置いてユリシアの指示に従う事にした。


「マイラ……。俺は、お前の為に戦ってくるからな」


 タクミは、そう言って走りながら戦闘に参加した。しかし、マイラはタクミが離れていく光景を見て今まで動かなかった身体を動かしてタクミを追いかけようとした。しかし、足が縺れて車椅子と共に倒れてしまった。


「タクミ……。タ、クミ……」


 マイラは、手を伸ばしてタクミが走り去って行く所を追いかけようとしていた。キースやナルミは、その光景を見て言葉を失っていたが、ユリシアはマイラの耳元で囁いた。


「マイラ、タクミが離れていくのは空を飛んでいる女のせいなのよ」


 マイラは、ユリシアの言葉を聞いて空を見上げた。すると、そこにはアルフとサフィラが視界に映っていた。アルフとサフィラは、セデスの指示で空に滞在しているのでユリシアはその二人を引き摺り下ろす為にマイラにその様に声をかけた。


 その刹那、マイラの怒りが込み上げて自ら立ち上がろうとした。そして、その様子をユリシア達は黙って見届けた。すると、マイラは劣ろいている身体を気力だけで動かして怒りを魔力に変えて戦闘に参加した。


「これで、後はあの女達を倒せば勝機はこっちに傾くかもしれないな」


「そうね。なら、私達も行こうかしら」


 こうして、六番隊のメンバーは全員が戦闘に参加した。マイラは、タクミの近くに居る敵を殺してタクミの方に近付いた。タクミは、マイラを抱きしめてマイラに話しかけた。


「マイラ、もう大丈夫なのか?」


「うん。ありがとう」


 マイラは、タクミと身体を触れ合う事で元気を取り戻した。そして、二人はサフィラとアルフを倒す為に再び力を振るう事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る