第3.25話 死愛の魔人(2)
それから、ユリシアの病室を後にしたナルミは近くに居た看護師に訪ねて安置室に辿り着くいた。そして、地下一階の左側の奥にある白い扉へと案内されて警備員の男性にナルミの案内が引き継がれた。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
入室すると、白い布で顔を隠された五人の遺体が横一列で並んであった。左端から布を取ると、りん・希望・百花・紗枝・海彦と言う順で並んであった。海彦に関しては、顔が綺麗に潰れているので誰かは分からない状態である。しかし、ナルミの場合は顔がない遺体を見てすぐに海彦だと感じた。
「皆んな、守れなくてごめん」
ナルミは、涙を堪えながら呟いた。突然の出来事に身体が一歩も動けずに突っ立っていた事が、今になってなぜできなかったのか自問自答していた。
紗枝は、恐怖に耐えながらもりんを助けようと行動を起こしたのにも関わらずナルミだけは助けると言うより頭が真っ白になって何も考え切れなかった。
「紗枝ちゃん、俺の事幻滅したよね?」
ナルミは、海彦と紗枝の遺体の間に立って紗枝の冷え切った頬を触りながら話しかけた。紗枝の勇敢な姿を思い出し、自身の情けなさを嚙みしめていた。
「紗枝ちゃん達の仇をとれた気がしないよ」
しかし、ナルミは覚悟を決めて皆んなの前に立って決意を語った。
「けど、俺は皆んなの様な被害者を増やさないようにする。こんな俺でも、もしかしたら人の役に立てるんじゃないかと思ったんだ。だから、ここに誓う。俺は、人に被害を与えてヘラヘラしている魔人に制裁を与える。絶対に!」
ナルミは、みんなの顔を白い布で被せながら一礼した。もう二度と紗枝達の様な被害者を増やさないと言う気持ちで、これから魔人討伐団体『チーム非魔人』の仕事をこなしていこうと思った。
それらを含めてナルミは、今まで関わってきてくれた事に感謝を込めて一礼を皆んなにしていった。その反面、失敗してしまうのではないかと言う恐怖を感じていたが、皆んなの前でヘタレていては報われないと思ったので押し殺しながら約束した。
そして、ナルミは紗枝達の安置室を後にしてカケルが居る安置室が隣にあると言う事を警備員の男性に聞いたのでそこに入室した。カケルの場合は、他の遺体は見当たらなくカケルの遺体だけが置かれていた。
「あ? 誰だ?」
カケルの安置室には、既に誰かいた。その人は、高身長でつり目の黒髪男性が近くのソファに座っていた。
「す、すみません! 十二番隊の非魔人であるナルミと言います!」
「あぁ、ユリシアの所のか……。俺のカケルがお世話になったな」
「俺の?」
「と言っても、失敗はしたがな」
その人の名は、『魔盗の魔人キース』とナルミの前で名乗った。キースは、カケルと直接契約を交わして失敗した魔人であった。カケルは暴走してしまい、止めようとしても思い通りにいかなかった。何とか抑え込めたが、手術を経て適性検査をした際にユリシアとの相性が良いと言う事が判明した。
「カケルが初めてだったんだ。今まで失敗した事がなく、思い通りに行っていたのにカケルだけは思い通りにならなかった」
キースは、頭を抱えながら過去を語った。キースが率いる一番隊は、どの隊よりも戦闘員の数が多いのだ。契約が成功する事も、適性検査でキースと相性が合うと言う診断結果も誰よりも多かった。
「だからこそ、悔しかった。十二番隊の事もカケルの事も、なぜか気になってしまうんだ。もし、成功していたら十二番隊もカケルも気にならずに済んだのにってな」
その事を聞いたナルミは、何も言い返せなかった。しかし、無言でカケルの頭が入った白い箱を置かれていたベッドから取り出してキースに差し出した。
「僕ではなく、カケルさんに言ってください。僕は、キースさんの気持ちも分からないし答える資格もないのでカケルさんと向き合って話してください」
ナルミは、キースにカケルの頭が入った白い箱を渡した後、キースとカケルの遺体に向けて一礼をした。すると、安置室を後にしようとしたナルミはキースから呼び止められた。
「お前は、カケルに何も言わなくていいのか?」
「カケルさんは、僕よりもキースさんと話したいと思います。ただ、カケルさんに一言だけ伝えておいてください。『短い間でしたが、ありがとうございました。カケルさんの分まで生き残り、人の役に立つよう努力します』って」
ナルミは、その事をキースに告げて立ち去った。一人になったキースは、後輩に励まされた事に屈辱を味わいながらも納得していた。キースは、持っているプライドが沢山の人に迷惑をかけているのかが理解した。
キースは、今まで大きな失敗をしなかっただけで、キースの事を快く思わない人が居ると言う事が分かった。今まで、プライドが邪魔して人に嫌味や暴言を言っていた事などが脳裏によぎった。
ナルミは、安置室からユリシアの病室に向かっていた。しかし、その道中に『この組織に入ったばかりの奴に言われたから反感を買ってしまったんじゃないか』と今更ながら心配していた。
しかし、この厳しい現実に向き合う事で死んでいった人達の為に約束を交わす事が今後の自身にどれだけの勇気を与えてくれるのかが思い知らされた。
ナルミは、自身が思い上がっている事を理解しているが、それでもカケルに助けられた命を今度は人の為に役立てたいと心得ていた。そして、ナルミはユリシアの病室に着き入室したがそこには知らない年配の男性が佇んでいた。
「誰じゃ? この子は?」
「あぁ、この子はユリシアの非魔人のナルミって子よ」
「初めまして! ナルミって言います! よろしくお願いします!」
「ミサキちゃん以外にもできたんじゃな」
年配の男性は、『改竄の魔人ジヤルド』と名乗ってナルミと握手を交わした。ナルミは、快く受けたがそれを見ていたマイラは不快な顔をしていた。
「記憶を書き換えて、変な事をするんじゃないわよ」
「するわけないわい!」
訳の分からなかったナルミに、マイラはジヤルドの説明を軽くした。記憶手術と言って、被害者に触れて記憶を書き換えて気持ちを和らげる手術を得意とする非戦闘員である。
「記憶を書き換えても、現実は変わらないのでは?」
「変わらないからこそ、本人の意思で変えたい所を変えて我々の事もそして被害を与えた魔人の事も記憶から消して辻褄が合う様に設定するんじゃよ」
「質問ですけど、被害を与えた魔人がいる限り、またその人も被害に合われると変えたのにまた思い出して振り出しに戻るのでは?」
「それが記憶手術の限界地点じゃが、工夫すれば何とかなる話なんじゃよ」
「そ、そうですか……」
ナルミは、いまいち理解が追い付かない状態ではあるが納得の表情を見せた。ジヤルドは、ナルミが来る前にしていた話を団長に報告する事をユリシア達に伝えて病室を後にした。
「何を報告するんですか?」
「そうだったわ。ナルミにも伝えておかないとね」
「まぁ、急に決まった事だしね。驚くかもしれないけど私から伝えるよ」
マイラは、ナルミに真剣な顔で報告した。今回の任務で、十二番隊に大きな支障を来してしまった。それが原因で、十二番隊の管理地区を一番隊が受け持つ事になった。しかも、六番隊の管理地区に十二番隊も協力と言う形で命令されているが、この事がきっかけでマイラが隊長を降りてユリシアが十二番隊から六番隊の隊長へと移動して貰おうと言う話が決まった。
「僕が居ない間にそんな話が決まっていたなんて」
「元々、私が隊長だなんておかしかったのよ。でも、ユリシアが隊長なら私も本気で戦えそうな感じがしてね」
「でも、最初っから合併という形で団長も指示すれば良かったのではないかと思ったのですが?」
「団長の事なんて誰も分かんないよ。それを狙って回りくどい事をしたのか、それとも違う理由があっての事かだね」
報告に不自然と思ったナルミだが、マイラ達は納得していた。ユリシアも、マイラと共に行動する事で自身の精神的復活を試みている。だが、ナルミからして前回の様な威厳が感じられず自信のなさが垣間見える。
「そう言えば、ナルミ君って親御さんには会わないの?」
「え? 母親とですか?」
「貴方のご家族もそうだけど、親友のご家族も会って話をしないとでしょ?」
「確かに、そうですよね。でも、俺だけが生き残ってる事を咎めてきそうで怖くて、どうしたらいいか……」
「それは、行ってみないと分かんないよ」
「分かりました。不安ですが、行ってきます」
ナルミは、明日は非番という形で休みになり、マイラの指示で家に帰る事になった。
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