第3.5話 死愛の魔人(3)
「ただいま帰ってきました」
ナルミは、マイラから頂いた非番を使って家に帰る事になった。ナルミの家族は、父親の
「ナルミ! やっと帰ってきたのね!」
「ナルミ、おかえりなさい」
ナルミの帰りを待っていた両親は、ナルミの声がした途端に飛び出して迎えに来た。ナルミは、母親の美穂子に抱き着かれた事で驚きながらも申し訳ない気持ちで抱き返した。
「心配かけてごめんなさい。父さん、母さん」
「ほんとよ! どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「良いから、とにかく上がっていきなさい」
父親の毅彦は、母親の美穂子を宥めながらナルミをリビングまで上がっていく様に優しく声をかけた。しかし、毅彦と美穂子はナルミ達が魔人と言う得体の知れない者から被害に遭ったと言う報告を聞いたが信用しきれなかった。
「あのね、ナルミが来る前に『チーム非魔人』とか言う魔人討伐団体の方から聞いたけど意味が分からなかったのよ。しかもね、ナルミがその組織に入団して任務に出動していると言う事も言われたんだよ」
美穂子が言うには、スーツを着た男性二人から昨日の朝頃に報告を受けた。しかも、紗枝の家族も同じ時間帯に報告を受けた。そして、親友の海彦や百花、希望、りんの家族は紗枝の家族よりも反応が悪かった。泣き崩れる方もおれば、詐欺師だと勘違いして警察に通報する家族もいたが、後々信用せざる負えなくなり子供の死を受け入れなければならなくなった。
「紗枝ちゃんの家族は、ナルミさえ生きていれば良かったって言っていたし、紗枝ちゃんの分まで生きてほしいと言っていたよ」
「俺は、紗枝ちゃんを助ける事ができなかったんだ」
ナルミは、涙を堪えながら両親に今までの事を相談した。卒業パーティーが終わった後、紗枝と二人だけでカフェに行き、想いを伝える事ができた。無事、恋人として紗枝と夜道を楽しく歩きながら帰っていた。だが、悲鳴が聞こえてそこに辿り着くと今まで楽しんでいた筈の仲間達が無様に死んでいた。
紗枝は、友達が犯されている所を助けようとしたが、犯人の男に捕まり暴力を振るわれてしまった。しかし、ナルミは助けれずに立ち尽くす事しか出来なかった。
「僕が、助けるべきはずなのに! なのに、紗枝ちゃんが襲われてるのに、それでも頭が真っ白になってどうしようもできなかったんだよ……」
「もう良いんだよ、ナルミ君」
「さ、紗枝ちゃんのお父さん!」
その刹那、背後から声をかけられたナルミは振り向くと紗枝の父親である
「紗枝は、情けないなんて思ってない筈だ。紗枝は、ナルミ君の話になるといつも笑顔で話すんだ。俺らの中では、隠し事なんてなかったからナルミ君に想いを寄せている事も分かっていたし、紗枝がどう思っているのかも予想できる」
「なんでここに居るんですか? 全く気づかなかったです」
「驚かせてすまない。だけど、ナルミ君の事も俺にとっては大事な家族なんだし大事な子供なんだよ。だから、ナルミ君だけでも本当に生きているか心配になってね。だから、ここに居させて貰ってる」
「紗枝ちゃんのお父さんもお母さんも、ナルミ君の事が好きだし心配もしてくれて本当に心強かったんだ」
「俺だけ生き残ったんですよ。しかも、助ける事もできなかった……。そんな俺が、のこのこと姿を現して何とも思わないんですか!?」
「ナルミ! やめなさい!」
健司に対して失礼な事を言っている自覚があるナルミだが、父親に止められながらも思っている事を強く問いかけた。
「良いんですよ、毅彦さん。そう思っても仕方ないですよ。だけどな、ナルミ君。あなたに言っておきたい事がある」
健司は、ナルミに近寄り肩を叩き強く握りしめて思いを語った。
「紗枝も俺らも、ナルミ君が幼い頃の親しい仲だろ! そんなこと、一欠けらも思ったことないんだ! だから、強く生きてくれ! 紗枝の分まで強く生きてくれよ!」
「俺はもう、あなたが知っている『成実』ではないんですよ。名前も魔人と契約した証としてカタカナに変換され、折角貰った名前の漢字もリセットされたんです」
「それは関係ないよ、ナルミ君」
「そうだぞ、ナルミ。お前が魔人になろうが名前が変わろうが俺の大事な息子であり俺らの大事な子供なんだ。だから、もう甘えた事を言わずに親の前で覚悟を決めなさい」
ナルミは、両方の父親に励まされる事で不安が消えた。どんなに、事の原因の魔人を討伐しても吹っ切れなかった思いが今まで関わってくれた親達に背中を押された事で不安やプレッシャーが感じなくなった。
「ありがとう……。ございます……」
ナルミは、安心感に浸りながら泣き崩れた。死人に口がない事を良い事にかっこいい事ばかり言った挙句、不安になると甘えた事ばかり言って逃げようとしてしまった。しかし、両方の親達はナルミ自身を受け止めて前向きな言葉をかけてくれた。
健司は、ナルミが家に帰ってきた時は信じられずに身体を動かす事が出来ず、不安と心配の他にも複雑な気持ちがあった。
だが、隠れながらでもナルミの声を聞く事で楽しかった日々を思い出し、紗枝と仲良く過ごしてきてくれたナルミに顔を出さないと後悔すると思った。
「ナルミ君、今まで紗枝と仲良くしてくれてありがとう」
「お礼を言うのは俺の方です。ほんとにありがとうございました」
「本当は、まだ信じきれないんだ。昨日の夕方頃にナルミ君の家族と一緒に病院に行って、会わせてくれたんだ」
健司は、ナルミに昨日の話を持ち掛けた。昨日は、紗枝の両親とナルミの両親で魔人討伐団体の人と共に病院の安置室に行った。すると、複数の死体の中から紗枝の死体が本当に見つかって本当の事だと確信した。
「俺は、どうしても紗枝の仇を取りたくなったんだ。だけど、既にナルミ君が取ってくれたと報告を受けてね。だから、俺達はこの思いをナルミ君に託そうと思う」
「俺は、紗枝ちゃん達に約束したんです。絶対に、紗枝ちゃん達みたいな人達を増やしたくないって思ったんです。最初にビビっていた俺でも、人の役に立つんだって思ったんです。だから!」
「だから?」
「紗枝ちゃんの分まで生きて、この悲劇を作った魔人達をぶっ潰します!」
「それでいい」
ナルミは、健司達の前で強い決心と覚悟を決めた。そして、健司達は残酷な光景を見た後でも強く生きようと決めたナルミの前に何も言わずに見守る事にした。
「ナルミ、今日は仕事かな?」
「いや、今日は非番だよ」
「良かった。なら、ここで今日は休んでいきなさい。もしよろしかったら、健司さん達も泊っていきますか?」
「ぜひ、よろしくお願いします」
ナルミ達は、無事に雰囲気が良くなった所で恒例のお泊り会を開始した。本当なら、紗枝も入って卒業祝いをする筈だったが、紗枝はどこにもいない。だが、健司はナルミに『紗枝ならお前の心の中に生き続ける。だから、責任持って生き続けろ』と涙を堪えながら告げた。ナルミは、それを重く受け止めてこの卒業パーティーに参加する事を語った。
ナルミは、大学受験に失敗して浪人生として平和に過ごす予定だったが、魔人のせいで人生が一気に変わった。魔人討伐団体『チーム非魔人』と言う国に認められた秘密組織に就職して常に命の危険に晒される平和とは真逆の世界に足を踏み入れてしまった。
次の日、それを自覚しながらナルミは父親達に『行ってきます』と一言だけ残して別れを告げた。これから、戦闘員専用の寮に住みつく事になるので実家には当分帰ってこない。それでも、帰れる場所があるとナルミも安心して任務に出動できる。
「という感じで、なんかホッとしました」
「良かったじゃん」
家まで迎いに来てくれたマイラに、ナルミは昨日の事を報告をした。マイラは、大袈裟な反応をしていたのでナルミは不思議に思ってマイラに問いかけた。
「だって、タクミは家族と仲が悪かったから、あまりいい反応が返ってこなかったんだもん」
「そりゃ、クマのぬいぐるみになってるから反応も良くないでしょ」
「それ以前の話だよ」
マイラは、タクミを愛する事で能力が発揮できる。タクミに依存しているせいで、タクミの姿も名前も変わった。だが、マイラ自身はタクミに感謝している。タクミは、自身の身体をマイラに捧げる事でマイラを魔人として覚醒させる事ができた。しかし、タクミもマイラに依存している様子だった。
タクミは、マイラが路地裏で倒れている所を介抱した。マイラは、抗争中に敵の攻撃を食らってしまい、戦意喪失しながら逃亡している最中だった。
タクミは、怪我しているマイラを家まで運ぼうとしたが、マイラは一般人を巻き込みたくない一心で強く否定した。タクミは、それでもその場で手当てをした。自身の服をちぎって止血をしてマイラの姿を隠して家まで運んだ。
すると、マイラは経験した事がない気持ちに襲われて何も考える事が出来なかった。だが、タクミと話す事でこれはタクミに対して好意を持ってしまったのだと確信した。
その刹那、マイラは全身が火照ってしまいタクミの身体を触ってないと呪いにかけられた様な苦しみに襲われた。タクミは、マイラと話す事で打ち解けていく感覚だったが、マイラの急変した反応に腰を抜かしてしまった。
だが、マイラは苦しむ一方だった。それを見ていたタクミは、助けたい一心で思わずマイラにキスをしてしまった。それが原因で、マイラは魔人として覚醒してしまいタクミは非魔人として契約が完了してしまった。
「タクミは、私を助けたいって言ってキスを交わしてくれたの。私のファーストキスが奪われた時に、この人を愛したいと思ってね。そしたら、魔人として覚醒したの」
「どうやって、覚醒したって分かったんですか?」
「僕は、一目で分かったよ。僕が、勇気を出してキスをしたらいきなり光ってね。びっくりしたよ」
「私は感覚かな……」
ナルミの質問にタクミとマイラは、当時の心境を語った。タクミは、マイラが苦しんでる時に何をしたら助けられるかを考えていた時にマイラから助言された。
マイラは、その対処法をユリシアに聞いていたのですぐにタクミにお願いした。ユリシアとは全く違う状況だったが、自身の奥底に眠る魔力を解放する意識を持つ事が大事だとユリシアから教わっていた。
ナルミは、マイラの過去の事を聞いて魔人の真実に少し近づけれた感じになった。その後、マイラは非魔人ではなく正式に魔人として能力を発揮して組織に貢献する事が出来た。
それから、マイラは基地に向かう為にタクミを肩に乗せて車を運転しながら自身の過去をナルミと語った。異世界では、帝国に雇われた暗殺者だった。当時のマイラは、人が死んでも無関心であり、どんなに子供でも女性でも命令されれば躊躇わずに殺せる程に感情が表に出なかった。
だがある日、少女を殺した時にある感情が芽生えてしまった。その少女は、マイラの腹違いの妹であり、マイラの父親は帝国の上位貴族だった。しかし、帝国から父親を暗殺する様に命令され、父親を殺しに行った際に父親は違う母親と結婚して子供を授かっている事が分かった。
それまで、父親とは関わらずにマイラを産んだ母親と二人で幼い頃を過ごしていた。父親の事は、存在と好物だけ知っていて他は全く知らなかった。だが、母親は父親の好物を毎日作って帰りを待っていた。父親の好物は、母親が作るアップルパイだった。いつも、母親はアップルパイを作って帰りを待っていた。
結婚当初は、食後のデザートとして父親と母親はアップルパイをおいしく食べていた。だが、仕事が忙しくなり父親は食べる事が少なくなった。
それは、マイラが幼い頃の出来事だった。出世祝いで、マイラと両親で食べたアップルパイを最後に仕事に専念すると言葉を残して帰ってくる事が少なくなった。
出世した最初は、週一程度で帰ってきていたがそれが原因で母親はいつでも帰ってくる様にアップルパイを毎日作っていた。マイラは、アップルパイに飽きてしまい食べ残すと母親に怒られた。それ以外は、怒らずに何をしようが失敗しようが笑顔で返していた母親が父親の好物を食べなかったり、粗末にしていると怒り出すのだ。しかも、それ以外の食べ物を粗末にしても何も起こらなかった。
その生活が嫌になったマイラは、母親がいない間に他の食事に毒を仕込ませて殺害した。本当に、母親の事を愛しているのであれば、葬式に来ると思っていた。その時に、今までの気持ちをぶつけようとしたが父親は最後まで葬式には来なかった。それからは孤児院に行って、その後は帝国に買われて暗殺者となった。
マイラは、腹違いの妹である少女を見た瞬間にその事を思い出した。しかし、父親の姿はなかった。どこを探しても見当たらず、少女とその母親に見られてしまった。やばいと思ったマイラは、二人を殺して姿を眩ませようとした。だが、近くに台所があり思わず眺めていると、そこにはアップルパイが置かれていた。
父親の帰りを待って、アップルパイを何個も作り置きしているのを見てしまった。その瞬間、少女を殺した事に後悔をしてしまった。父親に対する幼い憎悪が、今になって現れてしまった。何としても、存在しか知らない父親を殺したいと思い国中を探し回ったが姿を見る事が出来なかった。
その刹那、父親の姿を見つけた。しかも、隣には別の女性が何人も居て店から出ていくのを見つけてしまった。それに、耐えられなくなったマイラは女性を殺して父親も殺した。その時、父親の死体を持って殺した少女の家まで運んだ。
家に着いた後に、台所にある作り置きのアップルパイを父親の口の中に押し込んだ。マイラは、何度もアップルパイを泣きながら父親に与え続けた。どんな気持ちで母親が待っていたのか、どんな気持ちで少女を悲しませてきたのかをあの世で思い知ってほしかった。
今まで殺しても何とも思わなかったが、自身と同じ境遇の少女を殺した事でこの世界の平和を望んでしまった。家族の苦しみや、種族を超えての平和を願うようになった。ある日、黄色の月の神が姿を現して願いを聞いてくれる事を口にした。
しかし、この世界の平和ではなく違う世界の平和に入り浸る事になった。何度も、神にお願いしてもこの世界の平和には興味を示してくれなかった。無理やり転移されたマイラは、団長のムルスに引き取られて魔人討伐団体に入団する事になった。
マイラは、過去の事を思い出しながら後悔の念と憎悪の念が浮かび上がりハンドルを強く握りしめた。タクミとナルミは、その光景を見る事でどれだけ異世界が辛いのかを思い知らされた気分になった。
「着いたよ。これから、団長と話す事になるから二人ともよろしくね」
ナルミ達は、団長に呼び出されて本部に行く事になっていた。今回の提案をしたマイラと、その非魔人のタクミ、十二番隊隊長の代理として来たナルミの三人で魔人討伐団体の団長である『天秤の魔人ムルス』が居る本部へと行く事になった。
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