第6.25話 金獣の魔人(2)
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
魔人会の縄張りである会社の一つ『コミュニケーションフードワークス』が、経営しているカフェ店『ミドリ珈琲館』にナルミ達は足を運んでいた。
このカフェは、木の香りが漂う雰囲気にゆったりとできる静かで落ち着ける空間だった。ナルミ達が居座った四人テーブルは、とても綺麗な木の色で見るだけで翻弄されるぐらい落ち着いてしまう。
「魔人の成分が入ったコーヒーを三つくれるかしら?」
「さて、何の事かさっぱり分かりません」
案内をした女性店員は、白を切るかの様にユリシアの鎌掛けを受け流した。ユリシアは、魔人によって作られた店の空間に負けずにしっかりと店員に仕掛けてきた。
その刹那、その女性店員はナルミ達が座っているテーブルをかち割った。それと同時に、周りにいる客が驚かずに眠りについた。驚いたのはナルミだけで、ユリシアとミサキは分かっていたかの様に無反応でいた。
「もしかして、これが挨拶代わりって事かしら?」
「さて、何の事やら?」
テーブルをかち割った女性店員は、それでも白を切っていた。だが、かち割った右手が虎の様な獣の手に変化していた。
「誤魔化すのが下手なようね。かち割る事で、店内に混乱を招くかと思いきやお客さんを眠らせるだなんてかなり大胆のようね」
マウントを取りながらユリシアは、落ち着いてランプの様なパイプを吸っていた。足を組んで、一切テーブルをかち割った女性店員を見る事なく淡々と話を進めた。
「うるさいお客様には、こうするしかないのです。しかも、営業妨害発言は見過ごせません」
「図星だったのね。それは、失礼したわ」
「いい加減にしないと出禁にしますよ」
「やれるもんならやってみたら?」
その刹那、女性店員はユリシアに向けて獣化した右手で殴りかかった。しかし、ユリシアの眼前で拳が止まった。隣に居たミサキが、女性店員の腕に刀を刺していたからだ。その痛みで動けずにいた女性店員は、嘆く事なく自身の腕から流れ出る血を眺めていた。
「そう言う事ですか。お客様は、魔人討伐団体のユリシア様でお間違い無いですね?」
「何故分かったのかしら? もしかして、砂糖の様な甘い匂いで相手の素性が知れたりするのかしらね?」
「それはお客様も同じです。何故、私の事が知れたんですか? もしかして、タバコ臭いのが原因なんですか?」
「失礼な店員ね。この匂いは、貴方を討伐する為の匂いなんだから!」
ユリシアは、気づかれない様に煙で生成していた銃を女性店員に向けた。刀を振り取って距離を開けた女性店員は、全身に魔人の力を張り巡らせて獣化した。虎の様な体毛に一回り大きい筋肉になり、明らかに先程の姿とは一変していた。女性店員は、能力でミサキにやられた腕を修復して元に戻した。
「私には、ブロイド様がいらっしゃいますからそれまで耐えます」
「ブロイドって、貴方の彼氏かしら?」
獣化した女性店員は、渋い声で独り言を呟いていた。ユリシアは、それを聞いて挑発をした。少しイラッとした女性店員は、唸りながら床を叩きつけて怒りを相手に示した。
「ぶっ殺す……」
「あら? 怒らせてしまったのなら謝るわ。ただ、殺そうとする前に自己紹介でもしたら? 貴方は分かっても、私達は分からないんだからさ」
「それは、すみませんでした。しかし、嘘は良くないですよ。本当は、分かってますよね?」
「バレてたのね。『糖獣の魔人フィロウス』さん」
ナルミとミサキは、女性店員の名前がフィロウスだとは分かっていなかったのでユリシアは敢えて自己紹介をさせようと話を持ちかけた。ユリシアは、モルサの能力を借りてフィロウスの事は知っていたが事前にナルミとミサキには伝えなかった。
「調べてたんですよね? なぜ、名前を名乗らせようとしたんですか?」
「何故かしらね。私の気まぐれなのかしら」
ユリシアは、自身の心情をナルミ達に伝えなかった。その刹那、煙が一気に充満して客を守るかの様に白い檻が周りを囲っていた。
「なるほど。時間稼ぎでしたか」
「それだけじゃないわ。私は、おとぼけちゃんだから言うのを忘れちゃったのよね」
「キモいですね。殺す対象には丁度良いです」
「酷いわね。ある意味、彼にアピールをしてるんだけれど!」
ユリシアは、その彼について詳しく語らずフィロウスに向けて銃を発砲した。銃声音に反応して、その銃弾を手で弾き飛ばしながらフィロウスは攻めてきた。それを、合図のようにミサキとナルミは煙で生成した刀でフィロウスを掻き切ろうと立ち向かった。
しかし、両手で二人の刀を受け止めた。その後に、刀を両方ともへし折って二人まとめて回し蹴りをした。その衝撃的な行動に反応を遅らせてしまい、フィロウスの攻撃に二人とも顔面を食らってしまった。
その反動によって、厨房まで蹴り飛ばされてしまった。コーヒーを作る機械や割れやすい物などが身体に直撃してしまった。そのせいで、大きな音が立ってしまい物がたくさん壊れてしまった。
ナルミ達は、激痛に襲われながらも立ち上がろうとした。顔を上げると、ユリシアがフィロウスと交戦している光景が見えた。だが、厨房にも衝撃的な光景が見えてしまった。
「な、なんですか……。これは……」
ナルミ達が見た光景は、厨房の奥にある在庫管理室に人の死体が雑な二段重ねで積み重ねられていた。この光景に気を取られていたナルミだが、ミサキはすぐに立ち上がって本部へと連絡を入れた。しかし、そのミサキを見た途端にフィロウスは妨害しようと攻撃を仕掛けた。
「うっ!!」
「私達の邪魔をしないでください」
「それよりも、私を無視しないで欲しいわ」
ミサキに攻撃を喰らわしたフィロウスだが、ユリシアに背後から刀で突き刺された。フィロウスの左胸から、ユリシアが刺した刀が突き出ておりフィロウスはその衝撃で身動きがしづらくなった。
「ぶはぁっ……」
心臓を一突きされたフィロウスは、意識が朦朧としてまともに立てないでいた。ユリシアが刀を引っ込むと、フィロウスは血反吐しながら足を崩してしまい、彼氏であるブロイドの名前を呟きながら倒れた。
「これで終わりですかね?」
「まだよ。これから、二人目の組長がお通りなんだから」
その刹那、ゆったりとした空間のカフェが一気にさら地になる程の激風に襲われた。窓は割れてしまい、店も原型がなくなるぐらいの勢いで何者かが襲い掛かってきた。
「俺の彼女に手を出すなぁー!!」
「かなりの激風ね。だけど、私の術には敵わなかったようね」
フィロウスが営んでいたカフェは、突然現れた男によって台無しになった。しかし、ユリシアが一般人を守る為に術で作られた白い檻とその空間は無事だった。
ナルミとミサキは、その激風に耐える事が精一杯だったがユリシアだけは平然を保てていた。その男は、緑色の刺青らしき紋章が肌全体に輝かせながら息を荒くしていた。
「俺の彼女はどうした?」
「瓦礫の下敷きになってるわ」
「うがぁぁぁ!!」
その男は、叫びながらユリシアに全力疾走で攻撃を仕掛けに行った。しかし、ユリシアは倒れているフィロウスを持ち上げてその男に見せびらかせた。
「ブロイド……。様……」
「へぇ、貴方がブロイドって言うのね」
「うるせぇ。俺の大切な彼女から手を離せ」
ブロイドは、自分の彼女であるフィロウスが眼前に見えたので攻撃を中断せざるを得なかった。ユリシアは、ブロイドの声かけに応じてフィロウスをブロイドの足元に投げ捨てた。
「お、おい。大丈夫か?」
「ブロイド様……。来てくださったのですね」
「感動の再会中に申し訳ないけど、私達の相手をしてくれるかしら?」
「ふん。お前らなんか……」
その刹那、ユリシアがブロイドに向けて日本刀を振り翳したが、ブロイドは即座にフィロウスを担いで後方へ避けた。
「クズ野郎が」
「貴方達がやってる事の方がよっぽどクズ野郎だと思うけどね」
「チッ。うるせぇ奴だ。魔神様の為なら、人間には死んで貰わなければならねぇんだ」
「その考え方がクズなのよ」
「ふん。そんな事はどうでも良い。とにかく、俺の彼女を奪還出来たからな。これにて、帰らせて貰うぞ」
ブロイドは、そう言い残してユリシア達の前から即座に消え去った。しかし、三人はブロイドを追いかける事なく一般人の保護に心がける事にした。
「ユリシアさん。あの女店員を見逃して良かったのですか?」
「良いわよ。時期に死ぬわ」
「え、どう言う意味ですか?」
「そのまんまの意味よ。彼女には、私の術が効いてるからね。あと数秒でチェックメイトよ」
「そ、そうなんですか……」
「それより、一般人を保護しましょ」
ナルミは、この終わり方がどうしても納得がいかず、ユボルグみたいに自分の手で決着をつけたかったと少し懸念を抱いていた。しかし、ユリシアは全く気にしていなかったのでナルミはユリシアの事を信じて保護に専念する事にしたが不安は消えなかった。
「ユリシア様、これを見てください」
「あら、犠牲になってしまった方達ね。丁重に扱ってやりましょ」
ミサキは、ユリシアに在庫管理室に居る犠牲になってしまった一般人の様子を見せた。ユリシアは、それを見て丁重に扱う為にミサキを使って本部に報告する事にした。
「ユリシアさん、やっぱり納得いきません」
「何がかしら?」
「あいつを逃した事です」
「大丈夫よ。あいつは、復讐心剥き出しで戻ってくるわ」
「しかし、あの店員を自分の手で討伐したかった気持ちがあるんです」
「そうね。確かに、させても良かったのだけどね。その余裕が無かったのよ」
ユリシアは、ナルミがフィロウスを自分の手で討伐させる事を考えていたが、ブロイドが来る事を予想していたので少し焦っていた。しかも、フィロウスもかなり強かったので余計に急いでいた。
「確かに、あの二人では被害が前回みたいに拡大していたかもしれません。それでも、あいつを倒したかったんです」
ナルミは、自分がフィロウスの実力より劣ってるのは理解していた。しかし、それでも自分の手で討伐したかったと口にした。
「ごめんなさい、ナルミ。私がもう少し強ければ貴方の願いは叶ったかも知れないわ」
「い、いえ。ユリシアさんのせいとは思ってません。ただ、自分の事ばかり考えてました。その我儘が、チームの連携を崩すと分かってますが、それでも俺は……」
「良いのよ。ただ、その気持ちがチームの邪魔にならない様にしないといけないわね」
ユリシアは、自分に非がある事を認めた上でナルミにアドバイスした。ナルミは、ユボルグの一件で被害の拡大を恐れる様になった。しかし、それはユリシアも同じ事であり、気にしなくてはならない事である。ユリシアは、ナルミが非魔人になるまでに沢山の困難を越えてきたが、それでも関係ない一般人を巻き込む事を恐れながら戦っている。
「まぁ、良いわ。とにかく、この気持ちを大切に取っておきなさい」
「はい!」
ユリシアは、ナルミの強い復讐心が晴らせなかった事に少し悔やんでいた。しかし、ナルミは諦める事なく魔人を殲滅する事に心を燃やしていたのでユリシアは少し安心していた。
「さぁ。救援が来るから、さっさと作業に取り掛かりましょ」
ユリシア達は、本部に手が空いてる部隊に救援を求めた。ブロイドが、フィロウスの仇を取る為に戻ってくる事を予想して人数を集める事にした。それと同時に、一般人を保護する作業を手伝わせ様と考えていた。
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