第5.75話 魔盗の魔人(4)

「報告ありがとう! では、今すぐ魔人会の抗争に向けて準備をしよう」


 本部に報告をしたナルミとユリシアは、団長のムルスに報告に対する感謝の意を受けた。準備期間は三日間程で完了する事を告げられ、ナルミ達は団長室を後にした。


「はぁ〜、疲れたわ」


「ユリシアさん、お疲れ様です。随分と顔が引き攣ってましたね」


「分かってたのね。あの日以来、どうしてもいつものようには関われないのよ」


「私は、どんなユリシアさんでも受け入れたいと思ってます」


「そう……。ありがとう」


 ユリシアは、団長室を出て数歩の所でぐったりと疲労がきていた。ナルミの前で膝を崩してしまい、それを見たナルミはユリシアに肩を貸した。ユリシアは、ユボルグの決闘やガレッズの尋問などでかなり疲労が溜まっている。


「ユリシアさんも休んでほしいです」


「馬鹿ね。貴方が戦ってた日に休んでたじゃない。だから、それは気にしなくていいわ」


「しかし、一時間ぐらい休んだ方がいいのでは?」


 ナルミは、ユリシアに少しでも疲労を回復して欲しい為、自身ができる事を焦りながら言った。高校卒業前に運転免許証を取得している為、ユリシアの代わりに運転する事や飲み物を買ってくる事などを言ったが、ユリシアは微笑ましいと思いながら拒否をした。


「本当に気にしなくていいの。貴方って優しいのね。そういうとこ好きよ」


「あ、ありがとう……。ございます……」


 ユリシアに告げられた言葉が、ナルミにとって照れ臭く感じた。そういう気持ちを死んでしまった紗枝と共有したかった事もナルミは不覚にも感じてしまった。


 深呼吸をして気持ちを切り替えたユリシアは、団長のムルスに言われた話題をナルミに持ちかけた。


「そう言えば、団長が言ってた依頼どうしようかしら」


「僕は、やりたいと思ってます」


「でも、今の六番隊の戦力じゃどうしようもないのよね」


「確かにそうですけど……」


 どの隊よりも六番隊が、戦力的に少なく全くの余裕がない。それらを、考慮して拒否権が与えられた。拒否権を行使すると、他の隊へと引き継がれる。


「二人とも、ちょっといいか?」


 ナルミとユリシアに、話しかけたのは一番隊隊長のキースであった。キースをはじめとする一番隊は、六番隊基地の修復に尽力していた。だが、隊長のキースは団長室の近くにある会議室で部下と話し合いをしており、その帰り道にユリシア達を見つけ、話したい事があると持ちかけた。


「どうしたのかしら? お礼なら私とアドフレスで済ませたと思うけど?」


「その事ではない。お前が担当した前回の事件に容疑者のユボルグの非魔人だったシンゴっていう奴が目を覚ました」


「え!? ほんとですか!?」


 ナルミは、少し驚きを見せた。キースは、その事について部下と会議をしていた。目を覚ましたシンゴは、かなり鬱状態になっていた事も議題になっていた。


 シンゴは、飲食店を中心に経営している会社に勤めていた。カフェや居酒屋、ファミレスなど幅広く開店している。シンゴは、その会社の事務員を担当していた。激務に耐えながら、パワハラ上司の罵声にも耐え続ける事で、少しずつ成果も出だしてきた。認められる事で部長に成り上がり、パワハラ上司と対等な立場になった。


 しかし、その会社は魔人に支配されていた。そこに、働いている全員が魔人の手によって生活の管理をされている事も知らずに日常を過ごしている。時が経つと人生のどん底に落として、負のオーラを出させるのが魔人会の狙いである。その負のオーラを糧として、魔人の力を強化させる。


 シンゴも、それを知らずにパワハラ上司を陥れてやり返した。自身含めてパワハラ上司の負のオーラが魔人会の力となり、この世界を支配しつつあった。


 そういう不安が募る夢をシンゴは見てしまった。目が覚ました直後にジヤルドと面談をして、自身がした事に耐えきれずに記憶を改竄したいと要求した。魔人がそうしてるのではないかという想像をジヤルドの記憶の改竄で自身が起こした罪を全て消したいと述べた。


 それを聞いたジヤルドは、シンゴのせいではなく魔人のせいであると助言をしたが、先程の夢に対する不安が強すぎて魔人のせいでも記憶から消したいと述べられた。


「そういう事ね」


「あぁ。シンゴが見た夢が、相手の能力だとしたら俺らに宣戦布告をしているようにも見えるんだ」


「あら、予感が鋭いのね。つい今さっき、魔人会のトップから宣戦布告を受けたところなのよ」


「なんだと! 団長はそれを知ってるのか?」


「団長には、今さっき報告が完了したところなの」


「そうか……。これは困ったな」


「なんでよ? 貴方のところは、人数が多すぎるのが自慢なんでしょ?」


「それでも足りない。最近は、紫黒色の修道服を身に纏った集団が起こした事件が多発している」


「あら? どっかで聞いた事がある情報ね」


 キースは、全身に紫黒色の修道服を纏った集団が一般人を攫っては人身売買に使われていると言う情報が一番隊の管理地区にも多発している。


 それを聞いたナルミとユリシアは、団長の依頼内容を思い出した。その依頼内容は、六番隊の管理地区にある焼肉屋で紫黒色の修道服を見に纏った集団が一斉に現れ、店にいる人が全員攫われたとの報告が上がり、その店内に魔人による宣戦布告のカードが複数枚置かれていた。


「その集団の正体を炙り出してほしいって言われたんだけどね。かなり、危険な橋だと思ってるのよ」


「確かに、魔人会とは別の集団らしいから危険な橋だと思って正解だ。それに、魔人会の抗争が今日決まったのも何かと引っかかる」


「引っかかるも何も、繋がってるんでしょ? でないと、大胆な宣戦布告を同時には行わないわよ」


「それもそうだな。そして、あと一つ伝えたい事がある」


「何よ?」


 キースは、自身の魔法袋から資料を取り出してユリシアに渡した。ユリシアは、その資料を見た途端に嫌な顔をした。


「こいつの子供が非魔人として覚醒したいと言っている。誰の元で働かせるのかが疑問なんだが、そもそも高校生では荷が重そうだな」


「この子の父親は、どうしてんのよ?」


「それは……」


 キースは、ユリシアの質問に少し躊躇してしまった。ナルミも、ユリシアの質問にふと過去の光景を思い出してしまった。


 ナルミの友人達を襲った男の息子が、この組織に入団したいという事が会議の話題に上がっていた。両親を酷い目に遭わせた報いを、与えたいと息子は決意を固めている。


 ナルミは、紗枝との帰り道に今まで楽しく過ごしてきた友人達を殺した男の姿が頭の中に現れてしまった。魔人に操られており、まともな状態ではなかったとはいえ、りんと希望を強姦した男はどうしても許せなかった。


「あいつは、治療中だ。身体の治療は既に完治しているが、精神は全く持って駄目のようだ」


「女性を二人も犯して他人の大切な人までも殺してる奴が、呑気に復活しても困るのよね」


「その気持ちは分かるが、息子は関係のない事だ。せめて、精神が安定するのを祈ってやってくれ。こいつのためではなく、息子のためにな」


「そのつもりよ。この人も好きで強姦したわけではないのだけれどね。そこら辺は魔人会がそう仕向けた事で、息子の復讐心を掻き立てたってとこかしら」


「僕は許しません」


 ナルミは、キースとユリシアに怒りを見せていた。ユリシアが、先程言った『呑気に復活されると困る』という言葉に同意した。どうしても、あの頃の出来事を思い出してしまい、吐き気を感じてしまう。ナルミも反感を持ってしまうと自覚をしている為、息子は良くても犯人の男は見たくないと二人に告げた。


「そうだな。俺が悪かった。この息子の件に関しては、他の隊長に回しておく。だが、紫黒色の修道服を着た集団に関しては依頼を受けてくれ」


「それも断る事にするわ」


「何故だ。団長に依頼された内容なのだろ?」


「そうなのだけれど、今の六番隊は無理だわ」


「なら、俺の隊員を貸そう。なんなら、他の隊員に言って合同で動いてくれるように打ち合ってこよう」


「ごめんなさいね。そういう事じゃないのよ」


 ユリシアは、キースの協力的な姿勢に珍しく思い嬉しくなったが、それとは別の心配があり断った。


「そこの焼肉屋って、シンゴが勤めてた会社のとこなのよね」


「それは知っている。だからこそ、引き受けた方がいい」


「そうじゃなくてね、その近くに同じ会社系列のカフェがあって、そこのカフェを経営している魔人の討伐を先にしたいと思ったのよ」


「そうか。確かに、魔人の成分が入った飲み物を客に提供しているとモルサの情報で明らかになったな。しかし、そこは問題視するとこではない」


「ナルミにとっては問題視しなくちゃいけない事なのよ」


「え? 僕ですか?」


 ユリシアは、そこのカフェについての説明を交わした。ナルミは、事件に巻き込まれた際にどういう形で巻き込まれたのかを説明していた為、ユリシアは理解していた。ファミレスで友人達と卒業祝いをした後に、紗枝と近くのカフェに立ち寄って楽しく話をしていた。その帰り道に、魔人に操られた男によって事態が悪化した。


 その話を全部把握していたユリシアは、事前にカフェについてモルサに調べてくれるように要求した。すると、飲み物に魔人の成分が入っていた。それを、提供しては事件に巻き込ませる魂胆であった。


「貴方達が飲んだジュースによって、この事件が起きているのよ、ナルミ」


「何でですか……? 飲んだだけでどうやって起きるんですか……?」


「あの男が襲っている状況を見た時、貴方はどうなった?」


「頭が真っ白になって、どうしようもできなくなって、身体が動きませんでした」



「その反応は、人によって違うのよ。隣にいた紗枝ちゃんは、助けようという感情に支配されていたんでしょうね。その事で、あの男に反感を買われ殺されてしまった」


「何が……。言いたいんですか……?」


 ナルミは、息を荒くしながらユリシアに質問をした。だが、ユリシアはそれを気にせずに続きを口にした。


「男が殴り殺したように見えるけど実は違うらしくてね。殴られた事によって起こる細胞の過剰反応が原因なの。その元になっているのが、飲み物に含まれている魔人の成分って事なの」


「そう……。だったんですね……。決して、僕が情けなかったという事じゃないんですね」


「そうね。しかし、現実が分かった以上は辛いと思うけど頑張ってほしいわ」


「勿論ですよ……。ユリシアさん……」


 ナルミは、激情に駆られていた。魔人の成分が入った飲み物を飲む事で、何か些細な事が起きたりするだけで細胞が過剰反応して命の危険に晒されるのだ。


 対処方法としては、時間が経過すると尿意を感じてそれと共に流れ出る為、時間が経つまで何も起きないように注意しておくのが最善である。その他にも、安全ではないが魔人による治療法でその成分が解除される事がある。


「悪いが、ナルミ個人の問題だ。他の依頼を受けながらでもできるはずだ」


「貴方は知らないのね」


「何がだ?」


「この問題は、魔人会の抗争に繋がるの。そもそも、私が直接魔人会の宣戦布告を受けたんだから、私がこの件を離れてどうすんのよ」


「仕方がない奴だ。この件も、他の隊に受け継ぐ手当てをしてやる」


「いつもありがとね」


「ナルミ、お前の大切な人のために盛大に報いてこい」


「ありがとうございます」


 キースは、ユリシアに持ちかけた二つの案件を他の隊に相談する事を決断した。六番隊は、魔人会が引き起こしている事件の一部を解決する事に決まった。


 かなり時間がかかったキースとの話し合いを終えたナルミとユリシアは、ミサキの所へと向かった。辿り着くと、ミサキとマナミは仲良く握手を交わしており、そのタイミングで合流した。


「良かったわ。仲良くなったようね」


「はい。ありがとうございます」


「いやぁ、私が間違っていたけど、そもそも魔人が悪いからな。そいつらを、全員ぶっ殺す事にしましたよ」


「ふふ。期待してるわ」


 マナミは、ミサキ達に明るく感謝の意を示して踵を返した。ミサキは、いつもの表情に戻っており通常任務に戻れる事を伝えた。


「今回の任務は、かなり長くなるわ」


「まさか、僕の問題にもなっていたとは……」


「大丈夫よ。魔人会を潰せば、貴方の過去に繋がっている事は全て解決できるわ」


 ナルミは、ユリシアの言葉を信じて次の任務に向かう事にした。今回の任務に出動するメンバーは、ナルミ・ユリシア・ミサキの三人で向かう事になった。

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