第5.5話 魔盗の魔人(3)
あれから丸一日が経過した。キース率いる一番隊は、傷ついた東山闘技場と六番隊の基地を修復する為に約二割の隊員が駆り出された。幻覚魔法を得意とする魔人によって、いつもの基地の様子を一般人に見せる事で何事もなく作業が進められている。
その間、タクミとマイラは意識が戻らず今も昏睡状態である。ナルミは、次の日の朝に目が覚めて一日の休息を挟んでいた。後日、ユリシアと共に生捕りに成功したガレッズの所に来ていた。ガレッズとマイコラは、ラードみたいに魔人依存症になって苦しむ事はなかった。
「俺は、もういいんだ。楽しく暴れたしあえて捕まったのにも訳がある」
「どういう事よ?」
ユリシアもナルミと同じく、魔神派にいる魔人がラードと同じ様に覚醒をしている事を耳にした。マイコラに関しては、オシャレをしていければ能力なんていらないと呟いていた為、魔人依存症として苦しむ事なく過ごしている。
「俺は、あいつの組と敵対しているから、あいつの事を暴露したくて堪らないんだ。俺の能力を使うよりあいつに報復してやりてぇだけだ」
「そう。なら、暴露して貰おうかしら」
ガレッズは、拷問室で拘束されながら強化ガラスとして尋問室と繋がっている壁に佇むユリシアに向かってガレッズは喋りたい情報を尋問室と繋がっているマイクに向けて発した。
「魔人会には、四つの組が存在する……」
「その一つが、あなた率いる『ガレッズ組』なのかしら?」
「そうだ。俺は魔人会四天王の一人だ。そして、俺が敵対している組が『サフィラ組』と言う女の魔人が率いる組だ」
ガレッズは、何の抵抗もなくサフィラと言う魔人の事を語り出した。サフィラは、『狐美の魔人サフィラ』と言う正式名称で魔人会に君臨している。
「あいつは、ホストや風俗、キャバクラを中心に経営している。男に関しては、クソやかましい女だ」
「あっそ、それで? そのサフィラと敵対していたというけれど、あなたの組員が殺されたりしていたの?」
「まさにそれだ。確か、お前はナルミと言ったか?」
「そうですが?」
ガレッズは、闘技場でナルミと交わした話について思い当たる事がありナルミに声をかけた。
「お前は、確か『酒豪の魔人ユボルグ』の事を知っていたな?」
「知ってます。そいつのせいで俺の友人達は、全員死にました」
「それは、気の毒だな」
「結局、何が言いたいの?」
「そのユボルグという魔人が、サフィラに仕えていた魔人だ。あいつの指示でユボルグと言う魔人が俺の組員を殺したんだ」
「と言う事は、ユボルグの長はサフィラと言う魔人なんですね?」
「そうだ。あいつも、魔人会四天王の一人だ。だから、並大抵の奴では勝てない」
「そもそも、魔人会自体がどの程度の力なのか分からないわね」
「そうです。とにかく、そいつを討伐したいです」
「会長の話をしたら、俺の命が危ねぇから言う事ができねぇが他の組長の話ならできるぜ」
「もしかして、会長って言う奴に支配されてるって事かしら?」
ユリシアの質問にガレッズは、危険を伴う為声を出さずに頷く事しか出来なかった。ユリシアとナルミは、その反応に会長と言う魔人の恐ろしさを垣間見る事ができた。
「なら、責任とって全部話して貰おうかしら」
「何を言ってんだ……。俺が、お前らに責任を取るほどなんかやらかしたのかよ!」
ガレッズは、ユリシアの心なしの返答に声を荒げてしまった。今のガレッズは、マナミに能力を取られている為、声を荒げても拘束が外れる事はなかった。
「馬鹿じゃないの? 今日以外にも貴方がサフィラ組を何とかしなかったからナルミの友人達が死んでるんじゃない!」
「それはすまない……。ただ、サフィラだけは無理だ」
「なに、怖気付いてんのよ?」
「あいつは、会長のお気に入りで他の組長は何も手出しする事ができねぇんだ。闘うのが大好きなこの俺でも、会長にだけは喧嘩を吹っかける事はどうしても無理なんだ……」
ガレッズの怖気ついた表情を見たナルミとユリシアは、何も言葉が浮かばず会長の座に居座る魔人の殺気を感じていた。
「ただ、サフィラを潰せば魔人会の約四割の戦力を削ぐ事ができる」
「要するに、貴方を入れて約六割の戦力が削がれるって言いたいのよね?」
「そうだ。あいつの組が、一番優遇されているんだ。だから、会長と繋がってるサフィラ組さえ潰せば何とかなる」
「分かったわ。ナルミ、この事を本部に報告してちょうだい」
「分かりました」
ユリシアの指示でナルミは、ガレッズの証言を本部に報告をしに行った。ユリシアは、それを見計らってガレッズに釘を刺すかのように思ってる事を口にした。
「あんたってさ。もしかすると、その会長の名前を口にすれば殺されると思ってんの?」
「そうだ。それだけは、気をつけてるんだ。会長の口から、『俺の名前を口にすれば、どこに居ようともお前を殺す』と言われたからな。そう言わないように、別の事を口にすれば何とかなると思ったんだ」
「そういう事ね。なら、貴方は終わりよ」
「あ? な、何を、言っ……」
その刹那、ガレッズの目が真っ赤になり声が別人に変わっていた。ガレッズの身体が、誰かに乗っ取られており、その状態でユリシアを睨みつけながら声を発した。
「よく分かったね、ユリシア君。いや、正式には『洋灯の魔人ユリシア』って言うんだったっけ?」
「フフ。やっと姿を現したのね。待ちくたびれたわ」
「それは、嬉しい限りだね。ところで、貴方の非魔人であるナルミ君はどこに向かってるんだい?」
「それも、知ってるなんてストーカー気味で気持ち悪いわよ」
「やだなぁ、能力だから仕方ないだろ? それより、こいつに何喋らせてんだよ」
「貴方も、最初から知っててわざと喋らせたんじゃないの?」
ユリシアは、ガレッズの身体を乗っ取った魔人に負けじと対抗していた。相手は、ガレッズが喋っていた内容を把握しており、面白くする為にある程度喋らせていたのだ。
「知らせた方が面白いだろ? それに、こっちも戦力が削がれてるからね、黙ってはいられないんだよ」
「私達もね、あんた達の企みに黙ってはいられないわ」
「ならば、抗争だな」
「望むところよ」
ユリシアは、勢い任せではあるが魔人会とチーム非魔人の抗争が約束された。
「でも、いいのかい? 最高責任者でもない貴方が、抗争の約束をしたら大事になるんじゃないのか?」
「そこら辺は気にしなくていいわよ。あんた達のせいで元々、大事になってるんだから」
「それはすまないね。なら、日時が決定したらすぐに報告するよ」
「どうやって報告すんのよ。もしかして、その身体をまた乗っ取って喋るのかしら?」
「いや、こいつはもういらない。用済みだ」
その刹那、ガレッズの身体を乗っ取っている魔人はガレッズの心臓を持った赤い手が抉り出るように現れた。その赤い手で、見せつけるかのようにしてガレッズの心臓を握り潰した。
ユリシアの眼前には、血飛沫を浴びながら拘束されたガレッズが息絶える姿があった。ユリシアは、予想通りの展開に無反応で尋問室を後にした。
この一連の流れを本部に報告しようと、急ぎ足で向かっていたがその途中で誰かの怒鳴り声が聞こえた。
「お前のせいで兄貴は死んだんだ!」
「やめて下さい! マナミさん!」
本部に向かってる道の途中に休憩スペースがあり、そこでミサキとナルミ、マナミの三人が何か言い争っていた。
「何があったのよ?」
「昔の事で、マナミさんとミサキさんが揉めています」
「という事は、ナルミはまだ報告できてないのかしら?」
「す、すみません」
緊急事態で報告ができなかったナルミの様子を見たユリシアは、揉めている和の中に入らざるを得なかった。
「キースから事情を聞いたわ。確かに気の毒だと思うけど、あれはミサキのせいじゃないの」
「そんなの知りませんよ! 兄貴の件で弟がおかしくなってしまったんです!」
「だからと言って、恨む矛先が間違ってるわ」
「いいや! 兄貴とこいつが一緒にいたからです! 私たち家族はこいつを認めてませんから!」
「とりあえず、こいつ呼ばわりするのやめてくれるかしら」
マナミの口の悪さに苛立ちを覚えたユリシアは、マナミに向けて安眠魔法が入った煙を口から放出した。それに、避ける事なくマナミは眠ってしまった。
マナミの兄貴は、ミサキの彼氏であった。しかし、魔人によってマナミの兄貴は死んでしまった。それが原因で、マナミの弟であるトモヒトも病んでしまい、マナミがいないとやっていけない状態であった。事件後に彼氏の家族から批判されたミサキは、途方に暮れてしまった。
ミサキの家族や友人にも、姿を隠したくなるぐらい病んでいたミサキを見たユリシアは魔人討伐団体に勧誘した。人生を狂わせた魔人に報復する為、ミサキはユリシアと契約を交わしてその魔人を討伐する事に成功した。
しかし、彼氏は戻ってこないしマナミも魔人と言う存在を知ってしまった。マナミの場合は、世間に魔人と言う存在を公表しない代わりに記憶を消さずに残す事ができる。その為、魔人によって大切な家族を失った苦しみに解放されず今でも苦しんでいる。だが、今回の件で魔人討伐団体に依頼する事ができた。
マナミは、弟までもが魔人によって奪われたくないと思い、意を決してキースと契約を交わした。今までの苦しみが、少し落ち着いた感覚にはなっているがミサキを見た時には当時の苦しみを思い出してしまった。
「マナミをこの椅子に置いて報告に行こうかしら、ナルミ」
「はい。ミサキさんも行きましょう」
「いえ、私はここで待ちます」
「な、何でですか!? あんなに困った表情を見せていたのに!」
ミサキは、ナルミの誘いを断ってマナミが起きるまで側にいる事を伝えた。ナルミだけでなく、ユリシアも驚きを隠さずにいた。
「そう言うと思ってたわ」
「ユリシアさんまで!?」
「次は、しっかりと決着をつけなさい」
「分かりました。ユリシア様」
ミサキは、ユリシアの後押しでマナミと話す覚悟ができた。ユリシアは、まだ理解ができてないナルミを連れて本部に向かった。
「大丈夫よ。マナミには、心を落ち着かせる成分を入れ込んでるから」
「だとしても、また興奮してしまうんじゃ?」
「私とミサキを信じなさい」
ナルミは、ユリシアの強めな口調で納得せざるを得なかった。ユリシアとナルミは、ミサキがマナミと話し合って解決できる事を祈るしか無かった。
マナミが眠ってから一時間が経過した。その間は、ミサキは黙ってマナミが目が覚めるのを待っていた。マナミは、視界がぼんやりしながらも身体を起こした。
「あ、あれ……?」
「おはようございます。マナミさん」
「げっ!?」
ミサキを見たマナミは、思わず声を発してしまう程驚いてしまった。眠ってた事よりも目の前にミサキがいても興奮しなかった事に驚きを感じていた。
「何で……。待ってくれたんだよ……」
「ちゃんと話がしたくて、ここに居させて貰いました」
「今考えれば、あんたが悪くないって事ぐらい分かるんだけど……。どうしても、怒りの矛先があんたに向いてしまうんだ」
「もし、仮にその魔人が今も生きていたなら、マナミさんはどうしますか?」
「絶対殺す! だけど、あんたが討伐してくれたんだろ? だから、自分の手で殺さなかった事にムカついてて……。八つ当たりなのはわかってんだけど……。でも、何故か今は落ち着いてるんだ」
「すみません。それは、ユリシア様の魔法で成り立っているものです」
「そうだったんだ……。やっぱり、そうして貰えないと無理だわ」
「私は構いません」
「え?」
マナミは、ミサキの性格の良さにどうしても自身の情けなさが見えてしまう。事件の一番の被害者などいない。この事件に関係している人こそが、一番の被害者であり平等に扱われるべきである。
「私は彼をどうしようもできませんでした」
「分かってるよ。けど、いきなりあんな化け物に出会ったら誰でもああなるよ。だから、母親は耐えきれずに兄貴が事故で亡くなったように記憶を改竄されてるんだ」
マナミの家族は、母親一人で三人の子供を育ててきた。長男が母親をサポートしつつ、マナミとトモヒトの面倒を見てきた。父親に関しては、トモヒトが小さい頃に交通事故で亡くなった。
長男であるマナミの兄貴が、魔人によって被害に遭い近くにいたミサキも被害に遭ってしまった。マナミと母親は、どうしたら良いか分からず八つ当たりする事しかできなかった。マナミの母親は、耐えきれずに記憶を改竄する方法を取ったがマナミはこの時の為に記憶を残していたのだ。
「恨むのは私でも構いません。ただ……」
「ただ?」
「私は魔人を恨みます」
「ごめんけど、私も魔人を恨む事にするよ」
マナミは、ミサキの目をしっかりと見て答えた。ミサキに八つ当たりをしてしまった事は、間違っていると理解しながらも当たらないと苦しみから逃れられない気持ちになるようになったのは魔人が原因だからである。マナミとミサキは、心を通じたかのように目を合わせたまま話を続けた。
「今まで迷惑をかけてしまってごめん」
「マナミさんは、謝らないで下さい」
「え……」
「謝るべき相手は魔人です」
「分かった。なら、魔人に謝らせよう」
「そうですね」
ミサキの強い口調に、マナミも魔人に報復する決意が固まった。ミサキに八つ当たりをして苦しみから逃れるより魔人に復讐する事で生きる価値を見出す事にした。
ミサキとマナミは、今までの事を忘れてお互い魔人をこの世から消し去る事を示す為に握手を交わした。
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