第5.25話 魔盗の魔人(2)
六番隊の基地は、周りのビルに紛れていて一般人にバレにくい構造になっている。黒いタワーらしき見た目ではあるが、隣のビルと大きさは全く変わらない。
ナルミは、タクミとの約束を果たそうと闘技場から六番隊の基地へと素早く行動していた。しかし、ナルミの背後には複数の男性がナルミとは違う方法で追いかけている。コウモリのような羽を生やしている奴や体を宙に浮かして飛んでいる奴など追いかける方法は様々である。
その光景を見て察知したナルミは、もっとスピードを速くした。すると、それに反応した男性達は遅れないようにスピードを出した。しかし、六番隊の基地が見えた時には入り口にも見知らぬ者が佇んでいた。
「もしかして、魔人会の手下かも」
複数いる強面の男性を見たナルミは、すぐに先程出会ったガレッズの手下であると感じた。ナルミは、ガラの悪い男性一人に目掛けて近づくのと同時に全身を煙へと変化して周りを惑わした。
「なっ!? どこ行きやがった!?」
「しかも、タバコくせぇ!!」
「鼻がもげる!!」
全体に広がるように煙を充満させた。ナルミの能力を、まともに喰らったガレッズの手下達は意識を完全に持っていかれてしまった。しかも、鼻がもげる程のタバコ臭に耐え切れず苦しむ事しかできなかった。それを見計らったナルミは、六番隊の基地に強行突破して玄関の扉の下にある小さな隙間に煙化したまま入り込んだ。
入り込んだ後に玄関の隣に事務室がある為、その手前で煙化を解いて事務室に入って電話の受話器を手にした。ナルミの携帯では、本部や他の隊の携帯番号を知らない。
その事に気づいたナルミは、タクミの判断は複数の意味があるのだと感心した。アドフレスに、もう一度電話して報告してもいいがそれでは二度手間になるのも今更ながら気づいた。
電話の近くに掲示板があり、そこに本部の電話番号があるのでそこに電話を掛ける事にした。
「本部の事務員であるダイスケと言います。要件をどうぞ」
「六番隊のナルミです! 救援を求めます! 誰でもいいから助けて下さい!」
「何番隊に救援を求めるのかとその場所を教えて下さい」
「場所は東山闘技場と六番隊基地です! 誰に助けを求めるかは……」
一瞬、ナルミは戸惑った。どの隊に、助けを求めるのか分からずにいた。ダイスケという事務員は、ナルミが答えるまで黙っていた。
「えっと……。一番隊で……」
「隊長のキース様の許可を得て来ますのでもうしばらくお待ち下さい」
「え!? あ……。お、お願いします!」
ナルミは、キースの許可を得るまでの余裕が全くなかった。カケルの安置室で、キースと出会ったのを切っ掛けにもしかしたら助けてくれるのではないかと頭がよぎった。
バリィィィンンン!!!
「「ひゃっはぁぁぁー!!!」」
その刹那、ガレッズの手下達が六番隊の事務室の窓ガラスを一斉に割って無理矢理入り込んできた。
「見つけたぞー!」
「ガレッズ様の命令により、派手に暴れていいそうだ!」
「よっしゃー! ガレッズ様から頂いたアドレナリンが、身体に効いてくぜ!」
ナルミは、この事に許可が取れる事を祈るしかなく待つ事もできなくなったので電話を繋げたまま手下達の相手をする事にした。
ガレッズの手下達は、武器を持たずに素手だけでナルミに襲い掛かった。金属バットを生成したナルミは、非魔人らしき人物を即座に識別しながら殺さずに戦闘不能を狙う事にした。
「くそっ!!」
武器を持たずに戦う手下達は、全員が物を意図も簡単に壊せる程の威力だとナルミは思い知る事になった。
周りに並んである机を片手で持ち上げて、ナルミに投げつける。机の他にも、椅子や造花などを野球のように投げ続けた。
金属バットを振り翳した所で、その金属バットは簡単に折れてしまうのだと感じる程の風圧と威圧を全身に感じた。
投げつけた物は、かなり威力が強い。ナルミが、避けていると壁が壊れたり突き破ったりして悲惨な事になってしまった。
ガレッズの手下達のせいで、滅茶苦茶になった事務室を後にしたナルミは上の階に行く事にした。元の身体より煙化した方が早い為、事務室を出たのと同時にタバコの激臭を残して煙へと変化した。
「こいつ! また、変な臭いだけを残していきやがった!」
「くそっ! すぐに追いかけるぞ!」
ナルミが出した激臭に耐えながら、ガレッズの手下達は後を追いかけた。上の階に行ったナルミだが、別の手下達に囲まれてしまう。空を飛んでいた手下達は、上の階の窓ガラスを割ってナルミに襲い掛かる。
ナルミは、覚悟を決めて下半身だけを煙化した状態で武器を生成して立ち向かった。非魔人だろうが、襲ってきた以上は身を守る為に正当防衛として死なない程度で掻き切る事にした。
狙う箇所は、心臓に最も遠い足元を狙った。しかも、切られたら動く事が困難であるアキレス腱を重視した。
「ぐあぁぁ!!」
「うがぁぁ!!」
予想通りに、手下達は動く事ができずに倒れる一方であった。次々と倒れていく最中、後ろからも手下達が声を上げながらナルミに攻撃を仕掛けた。ナルミも、先程と同じようにアキレス腱を目掛けて攻撃を仕掛けた。
「おらよっと!」
「ぐはぁっ!」
ナルミは、一人の手下を的にしてアキレス腱を掻き切ろうとしたが別の手下がナルミの背中を踏みつけた。
「つ〜かま〜えた!」
ナルミは、踏みつけられた事で身動きができなくなった。それをいい事に、的にされた手下はナルミの顔を蹴り上げた。
「うっ!」
踏みつけている手下も、もっと強く踏みつけて捻り回した。そのせいで、ナルミの肝臓が圧迫されており息をするのも困難である。
「こいつを、どうしようかな〜?」
「縛り上げてガレッズ様に、差し上げましょうぜ!」
「やれるんならやってみろよ」
ナルミは、煙へと変化して姿を眩ました。しかし、眩ました途端に手下達は鼻を抑えてタバコの激臭に備えた。
手下達との距離を、なんとか取れたナルミだが激臭で時間を稼ぐ事は出来なかった。すぐに襲いかかってくる手下達に、圧倒されながらもナルミは元の身体になり目が見えなくなる程の煙を一気に放出した。
「ぶはぁっ!?」
「ゲホッ! ゲホッ! 前が見えねぇ!?」
その刹那、ナルミは充満した煙の中で生成した棍棒で手下達の後頭部を狙い続けた。アキレス腱を切られた奴の後頭部も狙い、この階にいる手下達を全員黙らせる事ができた。
全部終わらせたと思い安心したナルミだが、上の方で何かの物音が聞こえ始めた。ナルミは、その音の方へ行こうと決意して上の階へと移動した。廊下は一直線である為、一目で確認する事ができる。
その調子で確認をしているが、誰もおらず物音がまだしてくる。もっと上の方だと思い、一階ずつ確認していったが最後の階まで誰もいなかった。
最後の階には、一つだけの扉と小さな空間がある。その扉を、開けざるを得ない程の殺風景な空間を気にしつつナルミはその扉を開けた。
すると、大きな物音を立てていた原因を突き止める事ができた。基地の屋上には、三頭身ぐらいの通信機器が数個ある。その通信機器を、素手で殴り壊している一人の男がおり既に何個か壊れている。
「おい! やめろ!」
その男に声を荒げながら、下半身を煙化して生成した棍棒で頭を叩き割ろうとしたが後ろを振り向きもせずに感覚だけで察知してそのままナルミの攻撃を避けた。
「邪魔だ。どけ」
「ぐはっ!」
その男は、身体を宙に浮かしながら通信機器を殴り壊している。通信手段を遮断して、六番隊の基地を派手に壊す事で助けが来れなくなるのと同時に世間に晒されるのが狙いである。
それを、邪魔しに来たナルミを蹴り飛ばして地面に叩きつけた。地面にヒビが入る程の威力に、ナルミは動けれずにいた。攻撃を仕返しされるとは思っておらず、反応しきれなったナルミは煙化して避ける事ができなかった。
「がはっ!!」
「俺の邪魔をすんじゃねぇ」
「お前は……。誰だ……」
「俺か? 俺は、ガレッズに仕える魔人『飛翔の魔人ラード』という者だ」
ラードは、ナルミと話すために屋上の地面に足をつけた。その光景を見たナルミは、ユリシアの魔力が入ったドリンクを飲み干してゆっくりと立ち上がりラードと話す心構えをした。
「貴様がナルミという者か?」
「そうだけど?」
「他の連中はどうした?」
「俺一人で潰した。だから、通信機器を潰した所でお前らの狙い通りにはならない!」
「それはどうかな? あいつらだけが全員じゃねぇよ」
ラードは、不気味な笑みを浮かべながら指を大きく鳴らした。すると、ラードの後ろから別の手下達が奇声を上げながら飛び上がってきた。
「こいつらは、さっきの奴らとは全く違う! 俺の非魔人で集めてきた! 名付けて『ラード軍団』だ!」
「「「ひゃっはぁー!!!」」」
ラード軍団の一味は、指揮官であるラードの合図で一斉に屋上へと飛び上がりラードの背後に集まってきた。
「お前達! 派手に暴れよ!」
「「「よっしゃー!!!」」」
ラードの指示によって、手下達の士気が上がった。ナルミに攻撃を仕掛けに行く奴や通信機器を破壊しようとする奴など、バラバラに散らばった。ナルミは、それに反応ができず向かってくる奴の対応しかできなかった。
煙化をして避けようとしたナルミだが、数人で攻撃を仕掛けられたので風圧がかなり強くなり煙ごと吹き飛ばされた。
「うあぁぁああ!!」
煙化を解いてなんとか踏ん張ったナルミは、刀剣を生成して手下達の動きを封じる為、太ももやアキレス腱などの下半身部分を無差別で狙った。
しかし、最初に狙った手下の太ももが硬いせいで刀剣が割れてしまった。それに、驚いてしまい次の方法が浮かばず頭が真っ白になってしまったナルミの近くにいる別の手下が蹴り飛ばした。
「ぐはっ!!」
手も足も出ないナルミに、ラードは大きな笑い声を出していた。自身の手下達が、敵であるナルミを無様な姿に晒す事で高揚感が高まってきている。
「馬鹿だなぁ、テメェは。俺達は、高い所に居れば身体能力が上がるんだよ」
「高所恐怖症か……」
ナルミは、魔人になる為の条件を思い出した。ユリシアは、タバコ依存症になってしまったがその苦しみに耐えてこそ今がある。ラードの言葉からすると、高い所に恐怖を覚えたがそれを克服して今の力を手にしているとナルミは予測をした。
「は? 何言ってんだ? テメェは?」
「聞きたいのはこっちだ。何故、高所恐怖症になった?」
「なってないぜ」
「は?」
「正式には、高所恐怖症の人間を殺してその血を飲んだから苦しまずに力を手に入れたってわけだ!」
「嘘だろ!? こいつ……。まさか……」
「そうだ。この力は、魔神様から頂いたってわけだ!」
「外道な奴め! 『魔神派』にいる魔人は、全員が苦しまずにこの世界の人間を殺して手に入れてるって事か!?」
「だとしたら、どうするんだ?」
「魔神派という輩を殲滅するしかないだろ」
ナルミは、魔人になる方法が一つではない事に恐ろしさと憎悪が湧いてきた。しかし、ラードは呆れおりナルミの怒りをまともに受け止めていない様子だ。
「呆れる野郎だぜ。いいか? 魔神派にいる魔人達はな、とっても恐ろしい奴ばかりだ。俺らにも勝てねぇお前が、会長や教祖様に勝てるわけねぇだろ!」
「教祖?」
「魔神様を拝めるんだから教祖という立場の魔人がいたってなんの不思議もねぇだろ」
「わけが分かんなくなってきた……」
ナルミは、体力も考える力も削られているせいで情報が受け止めづらくなった。魔神派にいる魔人は、人間派の魔人と違って手に入れたい能力を選ぶ事ができる。その能力に当てはまる病気にかかっている人の命を犠牲にして血を飲む事で苦しまずに覚醒できるのだ。
「これでお前は終わりだ! 世間に晒される第一の顔となるがいい!」
ラードとその一味は、ナルミに向かって一斉に飛びかかった。ナルミは、青い光に包まれながら飛びかかるラード達を見て、目を瞑ることしか出来なかった。
「魔盗術式・戦いたもうことなかれ」
その刹那、ラード達はナルミにたどり着く前に地面に倒れ込んでしまった。通信機器を壊し続けていたラードの手下達も、いきなりの事で訳が分からず、そのまま叫びながら落ちていった。
「何が起きた!」
ナルミも、訳が分からず立ち尽くす事しか出来なかった。誰かの声が聞こえたのと同時に、ラード達は技や能力が使えなくなった。
「いってぇー! 誰がやりやがったんだー! このヤロー!」
「俺がやった」
ラードが腹いせに叫び続けている最中、キースとその非魔人達がラードの能力を利用して屋上へと飛び上がってきた。
「キースさん!? 何故ここに!?」
「は? お前が呼んだんだろ?」
「そうでした……。わざわざ来て下さりありがとうございます……」
「困ってたら助けるのが義務だ。お礼なんかいらん」
キースなりに、ナルミの感謝の気持ちを受け止めた後、ラード達に目線を移した。通信機器を狙っていたラードの手下達は、落ちた距離がかなりあった為、地面に叩きつけられ気絶している。
ナルミに襲いかかってきたラードとその手下達は、いきなり能力が使えなくなった事に悩み苦しんでいた。その元凶であるキースを睨みつけていたラードは、呪いにかけられたような苦しみに悶えていた。
「苦しいか?」
「うるせぇ……」
「今まで苦しまずに好き放題暴れたツケが来てしまったにすぎない」
「何なんだ! この苦しみは!」
「これは、俺らが体験した覚醒する為の試練ではない」
「だったら……。何だってんだ!」
「これは、『魔人依存症』と言うズルをしてきた異世界人だけに起こる
「こんなもん……。耐えきってやる!」
「無理だ。今まで耐えきった奴を見た事がない」
苦しみながらもキースに対抗しているラードだが、誰が見ても耐えきれそうにない程泡を吐きながら悶えている。その光景を無視したキースは、後ろにいる非魔人達を別の能力を利用して気絶させた。
安堵したナルミは、ボロボロになった身体でキースに近づこうとしたが足がもたついて地面に手がついてしまう。
「無理しなくていい。後は、俺らがやる」
キースは、完全に動かなくなったラードの横を通り過ぎてナルミに近づき眠くなるガスを右手から放出させた。そのガスを嗅いでしまったナルミは、眠気に耐えきれずにキースの胸元で眠ってしまった。
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