第5話 魔盗の魔人(1)

「おいおい! こんなもんじゃねぇだろ!」


 タクミは、ガレッズの怪力と闘争心になかなか近付く事が出来ないでいた。観客席を壊してタクミに投げつけたり、壁を破壊して足場を悪くしたりとガレッズの暴れ具合にタクミは困っていた。


「随分と動きが甘いな」


「この後の片付けがめんどくせぇんだよ」


「ふん、悩むぐらいの余裕があるようだな。舐められたもんだぜ」


 アンダーパンツしか履いていないタクミは、とても身軽でガレッズの攻撃を回避できる程の身体能力がある。タクミは、マイラとの愛が深ければ深いほど身体能力は上がり続けており、マイラも同じように能力が向上するのだ。


 そして、マイラとマイコラも同じく派手に暴れているせいで闘技場の原形が無くなり始めている。マイラは、マイコラの自在な攻撃に避けながらも魔法で何本もナイフを生成してマイコラに対抗している。


変装少女プリティ・バリアー!!」


「めんどくさい技ね!」


「やだぁ、そうでもしないと私の可愛い服と綺麗な肌が傷ついちゃうでしょぉ~」


「大丈夫よ、元々可愛くないから」


「あなたの彼氏よりかは、随分と可愛いと思うわぁ」


「うっざ! 死ねばいいのに」


 マイコラの服は、ピンク色のドレスに赤色のリボンを付けている。しかし、それに見合わない筋肉質の身体とムダ毛の多い肌にマイコラは全く気にしていない。マイラは、それを含めて発言しているが、それでも言われた本人は気にも止めてない様子だった。マイコラは、女装しながら戦う事で能力が向上していく。その証拠に、マイコラの機嫌の良さが垣間見える。


「ムダ毛も一緒に処理してやるよ!」


「やだぁ、こわぁ〜い」


 マイラは、マイコラのフリフリの白い靴下が見えるピンクの靴にめがけてナイフを突きつけたが、先程の技で防がれたり避けられたりで全く歯が立たなかった。マイラは、タクミの事を侮辱された恨みを今すぐ晴らそうと必死であった。


「ターク―ミー!! キャハハハ!!」


「マイラが豹変してきている! 今すぐそっちに行くからな! マイラ!」


「おっと! 行くんだったら、俺を倒してからにしろや!」


 マイラの豹変した姿に、タクミは危機を察知してマイラの方へと行こうとした。だが、先程までに対峙していたガレッズに止められてしまい、マイラの平常心を取り戻せずに焦りを覚えた。


「そこをどけ!」


「てめぇのパンチは、全く痛くねぇんだよ」


 タクミの焦って繰り出した一撃は、ガレッズに難なく片手で受け止められた。その勢いでタクミの右手を握り潰して、空いているもう片方の手でタクミの腹に一撃を喰らわした後、タクミを投げ飛ばした。


「ぐふぉっ!!」


「おいおい! さっきの威勢はどうしたんだよ!?」


「う、るせぇ……」


「タクミッ!?」


 先程の一撃でタクミは、痛みを堪えることしかできなかった。かなり、良い音が出る程の威力だったが、ガレッズには全く効かなかった。それを、確認したマイラはマイコラを置いてタクミの方へと近寄った。


「私の相手をしなさいよぉ、寂しいじゃなぁい」


 マイコラも、ガレッズと同じ考えでタクミとマイラを近寄らせないように攻撃を仕掛けた。行く道を防がれたマイラは、マイコラに憎悪の目を向けていた。


「あんた……。いい加減にしろよ……」


「ウフフ。いい目をしてるわねぇ」


「やめろ! マイラ!」


 その刹那、マイラの足元に紫色の魔法陣が浮かび上がり、マイラの身体を包み込むように光り輝いている。タクミは、それを止めようとしたがガレッズに喰らった一撃で起き上がることが出来ない。


「さすが、帝国に造られた暗殺者だわぁ。この時の為に、こんな兵器を造っちゃうなんてぇ」


「うるさい……。私は、帝国の兵器なんかじゃない……。私は……。タクミの……。タクミの将来の奥さんなんだから……」


 マイコラに向けたマイラの目は、愛するパートナーであるタクミを怪我させた怨念が詰まっている。自身の悲しみと相手に対する怨みが入り混じり、それと同時に暗号らしき文字がマイラの身体に浮かび上がってきた。


「やめろ……。マイラ……」


「本人に、全く声が届いてないようだな」


「聞こえてるよ、タクミ」


 タクミ達は、マイラがタクミの声を聞いていた事に驚きを隠せなかった。マイラが取っている行動は、帝国に暗殺者として買われた際に強制的に伝授させられた闇魔法を発動している。


 その闇魔法を、活用する事で数多くの者を殺害してきた。しかし、魔法の種類によっては何かを代償として支払わなければならない物がある。マイラが、今使っている魔法こそが自身の記憶を代償として強さを手に入れる程の闇の濃さが滲み出ている。


「私が渡そうとしている記憶は、怪我をしたタクミを見た時の記憶だけだから、心配しないでね」


「マイラ……。そうじゃないんだ……」


「タクミが言いたい事は分かるよ。でもね、そうしないと駄目なの。私のせいでタクミは、こんな目に遭わせてしまったんだから……」


 マイラの闇魔法は、漆黒のオーラで周りを包み込もうとしていた。帝国の危機に晒された時に使わされる闇魔法を、マイラは自身の愛するタクミの危険を解消する為に使おうとしていた。


 しかし、マイラが闇堕ちする事でマイコラやガレッズを陥れる程の力を手にする事が出来る。タクミもマイラが堕ちれば一緒に堕ちる覚悟はできているが、本当は使ってほしくなかった。心中する事がお互いの夢ではあるが、タクミとしてはマイラと共に人生を生きたかった。


「待っててね、タクミ……」


「マイラ!」


「いい感じの濃さじゃねぇか」


「そうねぇ、こうなったら美しい私の輝きで癒してあげようかしらぁ」


 マイラは、マイコラを標的にして漆黒のオーラを身に纏いながら襲い掛かった。マイコラは、それを待ち望んでいたかのようにタイミングよく自身の技を繰り出した。


変装少女プリティ・異花フラワー!!」


 マイラの身に纏っているオーラとは、全く違う桃色に輝くオーラでマイコラはマイラに対抗した。バラの形をしており、マイラに向けて桃色に輝く光線を放っている。


「魔盗術式・戦いたもうことなかれ」


 その刹那、マイラの漆黒のオーラもマイコラの攻撃も突然止まり、技が強制的に止まった。床下には青い魔法陣が浮かび上がっており、闘技場にいる者全員がそれに気づいた。勿論、誰の仕業なのかも分からずにいた。


「誰がやった!?」


「そうよぉ、誰がやったのよぉ!?」


「私だよ」


「お、お姉ちゃん!?」


「ふん、そういう事か」


 先程まで端っこで泣き崩れていた依頼者の弟が、自身の姉が来た事で安心しながら呼び叫んだ。赤色の短髪に動きやすい白の運動着を着ているクールな女性がガレッズ達を睨みつけていた。


「私の弟がお世話になったね」


「兄も弟も奪われた気持ちはどうだ! 悲しいか? 辛いか?」


「悲しくも辛くも無くなったよ。私の意思で非魔人になったからね。どっかのクソ魔人と違って、無理やり契約させる事はなかったよ」


「面白い事言うじゃねぇか。なら、取り返してみろや」


「やってやるよ。実際、私の大切な弟を取り返す為に契約したんだから」


 ガレッズは、弟を助けに来たクールな女性に喧嘩を吹っ掛けた。しかし、足元にある瓦礫を持ち上げようとしたが今まで以上に腕力が落ちている事に気づいた。


「なぜだ?」


「できるわけないでしょう。あんたも、さっきの対象者なんだから」


 マイラとマイコラの攻撃を能力で取り上げた際にガレッズも対象者に選んでいたのだ。クールな女性は、『魔盗の魔人キース』と契約して手に入れた能力で弟を転移魔法らしきもので取り返す事ができた。


「ガレッズ! やばいじゃなぁい! どうしましょ!?」


「焦る必要はない。現に、俺の組員が仕掛けているからな」


「それはどうかな?」


「何が言いたい?」


 キースと契約したクールの女性は、ガレッズの能力を利用してガレッズの腹を蹴り上げた。


「ぐふぁっ!!」


「ガレッズ!?」


 突然な事に驚いたマイコラだが、クールな女性に能力を奪われている為、手出しが出来ずに叫ぶ事しかできなかった。その後、マイコラはクールな女性に殴りかかろうとしたが黒蛇で身体を締め付けられ動きを封じ込まれた。


「この黒蛇は!? もしかして、コリスの能力も奪ったってわけなの!?」


「ご想像に任せるよ。説明するの面倒臭くなったから」


 クールな女性は、マイコラをあしらった後にコリスから奪った能力で地面に叩きつけた。叩きつけられたマイコラは、一発で気絶してしまい身動きが出来ないままクールな女性に雑に扱われた。


「俺の能力で……。屈服させるとは……。参ったぜ……」


 ガレッズも、クールな女性の能力で気絶してしまった。一息ついた後に、弟の方へ近づいて肩を貸した。


「お姉ちゃん……。ごめんよ……」


「何泣いてんだよ! 泣きたいのはこっちだっつうの!」


「だって……。だってよ……」


「怖い思いさせてごめんね。兄貴がいなくなった今、頼りになるのは私だけだもんね」


 弟に肩を貸して動きやすくなった後、気絶したマイラと身動きができないでいるタクミの方へと近づいた。タクミは、近づいてくる女性にどういう状況になっているのかを説明を求めた。


「キース様と契約をしました『マナミ』と言います。こちらは、弟の『トモヒト』です。一番隊が、六番隊の援護命令を本部から受けましてこちらに来ました」


「それは、分かった。けど、他の人達は? 一人でここに来たの?」


「違います。一番隊の七割が六番隊の管理地区に来ておりまして、他の方達は公園に洗脳されている一般人の後処理をしています」


「そういえば、俺らはジヤルドのおっちゃんに頼んでいたから、後処理しやすいようにしていたんだった……」


 マナミは、覚悟を決めてキースと契約を交わした。成功した後は、任務の出動許可をキースから頂いた。それから、マナミがガレッズ達の動きを盗み聞きしていたので話される事は全部話している。


 マナミの説明が終わった後に、他の一番隊の隊員がタクミ達に近寄り気絶したマイラ達を運びに来た。ガレッズとマイコラに関しては、しっかりと縛り上げた後に目が覚める前に本部に引き渡して情報を引き出す為の準備をした。


「俺らの魔法袋が敵によって持ち物が散らばってしまったから、かき集めて大事に保管しておいてくれ」


「了解です」


「後は、マイラと一緒の病室になりたいからその手配もよろしく頼む」


「あの……」


「なんだ?」


「私の弟を助けてくださり、ありがとうございました」


「そんな事なら気にしなくて良いよ。困っている人を助けるのが魔人討伐団体っていう奴だよ」


「分かりました。私も、その一員として弟と兄貴みたいに魔人に関して困っている人を助けたいと思います」


 マナミは、タクミとの会話でこの組織で活動するための決意を表明した。自身が伝えたい事を言えたタクミは、安心した顔をマナミに見せながら眠りについた。

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