第2.75話 酒豪の魔人(4)
「いぎゃぁぁぁぁあああ!!!」
ユボルグと契約したシンゴは、ユボルグによって腹部を刺され気を失った。それでも、ユボルグは興奮してシンゴの顔を眺めながら刺し続けていた。ナルミ達は、ユボルグの行動に圧倒されているがユリシアだけは落ち着いた表情で反撃を開始した。ユリシアは、銃から日本刀に変化してユボルグの頭を搔き切る勢いで日本刀を振ったが躱されてしまった。
「ナルミ! この人の止血をお願い! ミサキはケイスケの相手をお願い!」
「は、はい!」
「了解しました」
ミサキとナルミは、ユリシアの言われるがままに動いた。ナルミは、上着を脱いでシンゴの止血を開始した。そして、ミサキは即座に金属バットを生成してケイスケの頭を狙って攻撃をしたが、金属バットが曲がって使い物にならなくなった。
「相変わらずケイスケさんの頭は頑丈です」
「私の邪魔にならない程度でいいわ」
「了解しました」
ケイスケは、意識を乗っ取られているので戦闘不能になる事はありえない。止める方法は、意識を乗っ取ったユボルグを倒さない限りケイスケを止める事ができないのだ。
「あんたは、なぜ契約者を殺したのかしら?」
「魔人の本能に決まっとるやろ。てか、あんたも魔人ならそうしたくならんのか?」
「変態になるまで刺そうとは思わないわ」
「そんなんやない。いきなり裏切られた人間の顔がたまらんのや」
「どんな理由でも鼻血までは出ないけど。さすが変態ね」
「うっせぇわ! ボケ!」
嫌味を言われたユボルグは、血の付いた鼻を拭いながらユリシアに向けて罵声を浴びせた。暗がりの中、唯一の街灯の明かりがユボルグの怒りの顔を照らされており余計に怖さが増している。しかし、ユリシアにとって関係のない事である。
「私の部隊を、悲惨な目に合わせた事を後悔させてやるわ!」
「後悔してんのはお前やろがい!」
その刹那、二人は同時に攻撃を開始した。金属音が響き渡る中、ナルミは止血をしながらも二人の動きを眺めていた。ユボルグは、酒瓶を袖丈から新しく取り出してユリシアに対抗しており、ユリシアはランプの様なパイプを口に咥えながら日本刀を勢いよく振っていた。
ユボルグは、日本刀と酒瓶が交わりながらも他の酒瓶を宙に浮かして同時に仕掛けた。ユリシアは、自身に襲ってくる酒瓶を器用に掻き切ったり塞いだりしながら飛び散ってくる瓶の破片や酒水を紙一重に躱し続けている。
こんな状況下でも、ユリシアの落ち着いた表情で戦い続ける光景をナルミは目の当たりにしていた。ナルミは、いきなりの事で頭が真っ白になり、そのせいでカケルが死んでしまった事を後悔していた。しかし、ユリシアは一度もナルミに怒っている表情を見せていない。しかも、このような状況を隊長である自分の責任だと感じていた。
ナルミは、残酷な事ばかりで胸が苦しくなっていた。そして、シンゴの止血が完了してカケルの首を煙で生成した白い箱に詰めていた。すると、一本の酒瓶がナルミの頭に飛びかかってきた。
ガギィィィィンンンン!!!!!
その刹那、ナルミに飛び掛かってくる酒瓶をユリシアは日本刀で弾き飛ばした。ナルミは、ユリシアに守られた事によって意識が自分の世界から帰ってきた。
「しっかりしなさい。後悔してもカケルは戻ってこないわよ」
「ユリシアさんは、なんとも思わないんですか?」
「馬鹿ね。誰にその言葉を投げかけてるのよ。投げかけるべき相手はあいつでしょ!」
「ほへぇ?」
ユボルグは、自身が有利になっている状況に幸福感が芽生え、ユリシアに挑発を仕掛け始めた。それと同時に、ユボルグは酒を何本も飲み始めており、ユボルグが酒を口にする事で意識を乗っ取られているケイスケにも影響されていた。
ケイスケの筋肉が膨張する事で身体が一回り大きくなり、ミサキの懐へと即座に入り込める動きができる様になっている。ミサキは、突然の動きに反応できずケイスケの拳が腹部へと直撃した。
「うっ!」
他にも、頑丈な身体が更に強化される事で攻撃の威力が愕然と上がっている。ユリシアが来る前は、ナルミもケイスケを止める為に能力を活用して戦っていた。ナルミは、カケルの側から離れない様に意識しながら息を合わせて対抗していた。初めてなのに、カケルと息を合わせてケイスケを圧倒していたがユボルグが乱入した事で立場が逆転した。
ケイスケは、ミサキを狙って連撃を開始した。ミサキは、威力が強い攻撃を防ぎれず全身に攻撃を食らった。それを、止めようとユリシアはミサキの方へと寄ろうとしたがユボルグに遮られた。
「行かせへんで」
ユボルグも身体能力が急激に上昇する事でユリシアを圧倒しており、ミサキのところへ近寄れないような威力が五感を伝って感じさせている。そんな中、空き瓶を地面に叩き割り瓶の破片をあちこちに散らばせている事にユリシアは気づいた。
「瓶の破片が散らばりすぎでしょ」
「気づいたんや。わいの仕掛けに気づくとはなかなかやの」
「何がしたいのよ」
「今から見せたる」
ユボルグは、ケイスケを呼び出してボロボロになったミサキの髪を掴んで引き摺らせながらユボルグの方へと近寄らせた。すると、ケイスケはミサキの顔を破片が散らばっている地面に押し付け始めた。
「なっ! やめなさい!」
それでも、ケイスケはユリシアの叫びを無視してミサキの顔を傷つけている。ミサキは、ケイスケに食らった全身の痛みで抵抗力を失っているので目を瞑りながら痛みを堪えていた。
「めんどくさいわねぇ。どいつもこいつも……」
「弱い部下がめんどくさいのか?」
「あんたらだよ!!」
ユリシアは、怒り狂いながら日本刀を地面に突き刺してランプの形をしたパイプを両手で握りしめ、目を瞑りながら一人で何か呟き始めた。
「ランプの魔神よ。私の願いを叶えたまえ」
その刹那、勢い良く視界を奪う程の真っ白な煙がユリシアが手にしているランプから放出されており、敵味方関係なくその煙に耐え切れずに噎せてしまった。
「な、なんやこれ!?」
勢い良く充満していた煙は、ユリシアの頭上に集まって擬人化していき筋肉質の身体をした上半身のみの男がユボルグ達を見下ろしていた。その男は、白い体をしており下半身は煙でユリシアが手にしてるランプの吹き口に繋がっている。
「聞いた事があるで。ランプの魔神と契約して国を裏切った魔術師の話をな。それが、まさかお前だとは知らんかったで」
「あんたには関係ない話だからもう喋んないでよ。変態」
ユリシアは、ランプの魔神にミサキを救出する為にケイスケを捕獲する事とユボルグを殺す事の二つの命令を下した。
ランプの魔神は、口から煙をケイスケに向けて放出して視界を奪い、そのまま全身に縄を縛り上げる。それは、どんなに力自慢のケイスケでも破くことができないほどの威力である。
「ずっと前から戦ってみたかったんや。『ランプの魔神と契約した魔術師』とな!」
ユボルグは、興奮しながらランプの魔神の頭めがけて瓶を振りかぶったが、左手で瓶を握り潰された。ユボルグは、瓶を握り潰されるとは思っておらず無意識に隙を作ってしまった。ランプの魔神は、その隙を見逃す事なく右手で大きな一撃をユボルグに与えた。
ユボルグは、顔面に直撃して吹き飛んでしまったが、何とか体制を整えて新しく袖丈から瓶を取り出して酒を一気飲みした後に攻撃を仕掛けた。
「
ユボルグは、天狗の様に舞いながら魔神の腹部に狙いを定めて
「う、動かねぇ!?」
その刹那、ランプの魔神はユボルグの後頭部を狙って両手で叩きつけた。
「がふぉっ!!」
ユボルグは、凄まじい勢いで地面に叩きつけられてしまい、魔神に抑えられた左手が切断された。しかし、その痛みよりも地面に叩きつけられた痛みの方がユボルグにとって耐えきれなかった。
それでも、ランプの魔神はユボルグの背中に容赦なく殴り続けた。ランプの魔神が力強く握りしめて渾身の一発を繰り出そうとした刹那、ユボルグは紙一重に躱す事に成功した。すると、地面が割れて拳の跡が分かりやすく残ってしまった。
ユボルグは、何とか躱す事ができても体力がかなりギリギリである。その証拠に、息を整えるのに精一杯であり、切断した左手から血が流れていて立つ事もままならなかった。
「あの魔神に負けるなんて、ありえへんで」
ユリシアは、ユボルグが弱ったのを見て豊満な胸の中から白い札を取り出して唱えた。
「契約を交わりし愚かな契約者ユリシアにおいて告ぐ。悪き魔人を自慢の煙魔法で殺してしまえ!
ランプの魔神は、大きく息を吸ってユボルグに狙いを定めて白煙砲が繰り出したが、ユボルグは対抗する気力を見せた。
「ならば、わいもやってやるわ!
その刹那、切断された筈の左手から明らかに鬼の手の様な赤くて醜い手が生成された。その手は、かなり大きくて禍々しいオーラを放っており、攻撃の威力が先程の技よりも愕然と上がっている。
両者の渾身の一撃が激突する事で周りも巻き込んでいた。ユボルグは、ランプの魔神に対抗できている。先程のダメージで、かなりギリギリの一撃であるのにも関わらず威力は下がっておらずランプの魔神の技も負けていない。
ナルミやミサキは、凄まじい逆風に耐えながらもユリシアの勝利を見守っている。ミサキは、拘束されて身動きができないケイスケを壁にする事で支障を来す事なく見守れている。
ユボルグが踏ん張っている中、ランプの魔神は威力を加える為に白煙砲に交えて思いっきり拳を振り上げた。それが原因で爆発が発生してしまいユボルグは弾き飛んでしまった。
ユリシアは、その隙をついてランプの魔神に指示した。そして、ユボルグを拘束して捕まえる事に成功した。ランプの魔神は、そのまま殺そうと莫大な魔力を用いて拳をでかくして殴り潰そうとしたがユボルグは拘束を自力で解いた。
「死んでたまるかぁぁぁ!!!」
ユボルグは、両手を禍々しいオーラを放った巨大な鬼の手に変化してランプの魔神の攻撃に対抗した。地面が攻撃に耐え切れずに割れたがそれでも踏ん張り続けている。
「キィィシェェェェ!!!」
ユボルグは、ランプの魔神の攻撃を弾き飛ばす事ができたが限界を迎えている。その時、ユボルグは右手だけ元に戻して袖丈に入っていた最後の酒瓶を飲み干した。
「この酒だけは飲みたくはなかったがしょうがねぇ。記憶を飛ばしてまでもお前らだけには負けたくねぇんだよ」
「魔神様の為にでしょ?」
「うるせぇ! ぜってぇ殺してやる!」
その刹那、ユボルグに異変が起きた。ユボルグは、ケイスケに注いでいた魔力を自身の力にする事で身体が膨張して能力を向上させた。しかし、その影響でケイスケは死んでいるので身動きしなくなった。そして、ユボルグは姿を突然消した。
「ど、どこに行ったのかしら!?」
ユリシア達は、いきなり消えたユボルグを探していると戦闘用トラック周辺に大きな騒音が聞こえた。近寄ってみると、二台目のトラックに向けて攻撃を仕掛けていた。
「何をしてるのよ!?」
「ヴヴヴゥゥ……」
「あのトラックには一般人がいます!」
ナルミが、大声で叫んでユリシア達に知らせた。一般人を、全員保護した後にケイスケが暴れだしたのでそのトラックを完全に締め切って一人中に入り防衛に勤しんでいる。ユボルグは、本能でそれを感知してそのトラックに攻撃している。
「契約を交わりし愚かな契約者ユリシアにおいて告ぐ。悪き魔人を自慢の煙魔法で殺してしまえ。
ランプの魔神の拳には、巨大な白の針が浮かんでおりユボルグに向けて拳を振り上げた。ユボルグは、それに素早く反応してトラックの攻撃から防御に徹した。
拳と拳がぶつかり合っても尚、釘による攻撃が続いておりユボルグに痛みが走っている。その痛みに耐えながらも、ユボルグは苦しんでいる。ユボルグは、我慢の限界であり釘による痛みで体力も削られている。
「ぐごぉぉ……」
ユボルグは、身体も限界が近づいており、血しぶきが何ヵ所も出てしまっている。
「く……。くそぉぉ……」
しかし、ユボルグの筋肉が膨張して身体が大きくなっている。ユボルグは、自身の体重とランプの魔神の攻撃により地面が割れてしまい身動きが取れない。それを、眺めていたナルミは今なら狙えると思い、魔力回復のドリンクを飲み干して武器を生成した。
「やるなら今よ」
「え……」
「あなたの恋人や親友、カケルが死んだのは全てあいつが原因なのよ」
ナルミの親友達を襲った男や非魔人のシンゴも犯罪者であり魔人の被害者でもある。ユボルグが、シンゴを利用しなければ紗枝達を襲った男は洗脳されなかった。あの男が、洗脳されなければ紗枝達は死ぬ事もなかった。ナルミは、身体が震えながらも覚悟を決めて武器を握りしめた。
「うおぉぉ!!」
ナルミは、下半身を煙と化して足音を出さずにユボルグの懐へと素早く入り込む事に成功した。ユボルグは、ランプの魔神の攻撃に夢中になっているのでナルミにはギリギリまで気づかなかった。
「んな!」
ユボルグが叫ぶ間もなく、ナルミは今までの気持ちを込めて武器を振った。その武器は、演劇部の時に全員が使用したオリジナルの西洋の刀剣であり思い出の武器でもある。
ユボルグは、ナルミに切られた事によって力が抜けてランプの魔神の攻撃が直撃した。一時して、身動きを取る様子が見られなくなったナルミは安堵して地面に膝をついた。そして、術を解いたユリシアも安堵してナルミに近づいた。
「お、終わったのか……?」
「終わったみたいね……。ほん、とに、よか、た……」
ユリシアは、ナルミの真横で気絶してしまった。それに気付いたナルミは、ユリシアに声をかけたがユリシアは少しも身動きしなかった。ナルミは、ミサキに頼ろうとしたがミサキも安心した顔で伏していた。
一人になったナルミは、この状況の対処の仕方が分からず周りを見渡していると戦闘用トラックの中から誰かが出てきた。
「も、もしかして、お、終わったの?」
「アドフレスさん!」
アドフレスとは、異世界から来た魔人として覚醒してない非魔人である。アドフレスは、ケイスケが暴走したのを素早く察知して保護対象の一般市民をトラックの中に隔離してトラックが襲われても良い様に術を仕掛けていた。
「さ、さっきのは、なによ。こ、怖かったんだけど」
「相手の攻撃による衝動でしたが、無事に何とかなりました」
「あんた達! 大丈夫!」
ナルミとアドフレスが会話してると、もう一人近づいてきてナルミ達に話しかけてきた。その人は、金髪で二つ結びの髪形をした黒肌の女性で片手にクマのぬいぐるみを持っていた。
「すみません。どちら様でしょうか?」
「あ、自己紹介まだだったね。私の名は『死愛の魔人マイラ』というの。そして、クマのぬいぐるみをしたこの子は……」
「マイラの相棒である非魔人のタクミだ!」
「ぬ、ぬいぐるみが、喋った!」
ナルミは、タクミの状態に驚きながらも救援に来たマイラの指示に従ってこの状況を乗り切る事ができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます