第2.5話 酒豪の魔人(3)

「おい、起きろ。もうすぐ、敵が来るぞ」


 威厳のない魔人と契約している俺はシンゴという名前だ。越田慎吾こしだしんごと言う名前だったのに、何故か契約する事でカタカナになってしまった。まだ、漢字のフルネームで呼ばれた方がかっこよく思える。


 ユボルグと出会ったのは一年前ぐらいだ。パワハラ上司のせいで、やってもない罪を着せられ途方に暮れていた所をユボルグに声をかけられた。最初は、『恨みのある奴を陥れる力を手に入れたくはないか』と言われて疑念はもちろんあったが、それよりも諦めた気持ちの方が強かった。


 だが、ユボルグと契約を交わす事で力を難なく手に入れた。こう見えても、ユボルグは女の魔人らしい。陰キャの様な女で、黄ばんだ白の着物一着だけで頭には鬼の角が生えている。異世界では、魔物の一種である鬼人族の落ちこぼれだったと聞くが最初はあり得ない気持ちで全く慣れなかった。だが、今ではユボルグの寝相の悪さを含めて慣れてしまった。


 恨みがある奴を全員陥れる事ができ、それと同時進行で敵の襲撃に備える事もできたからもう思い残す事はない。だが、あの子供を逃がしてしまった事で此処がバレるのも時間の問題と思った俺は、恨みは無くとも通りすがりの一般人を巻き添えにして対抗する事にした。やり方は、気絶させて洗脳魔法が入ったお酒を飲ませるだけだ。ゾンビの様な感じではあるが、数人同じ様に洗脳させたから問題ない。


 これぐらいで十分と思った俺は、次にユボルグを起こす事にした。こいつは、この世界のお酒を死ぬ程愛しているし、お酒を飲んだ後のユボルグはかなり最強である。まぁ、飲まないと意味ないけどな。


「何を、焦ってるんや」


「お前が、動かないからだろ!」


「動かないっちゅう事は、そんだけお前を信頼してるっちゅう事や」


「ただ、さぼりたいだけだろ!」


 思わず叫んでしまったが、ユボルグの事は信用している。ユボルグのリーダーの事は知らないが、ユボルグは魔人を中心に結成された暴力団組織『魔人会』の中でもかなり強いと聞いている。他の連中と関わらないから自覚はしてないが俺もその組織の一員である。ただ、ユボルグとリーダーの接点を見た事はないし、リーダーの事も知らない。


「俺が頼んだお酒は作り終わったのか?」


「作り終わったし、仕掛けもばっちりや」


「お酒の事になると早いんだよな」


 ユボルグは、自分の魔力を使って酒を作ったり攻撃に使用する事もできる。お酒の事は、誰にも引けを取らない。さすが、『落ちこぼれの酒吞童子』と呼ばれてるだけはある。


 そうしてると、ユボルグから敵の気配を素早く察知して俺に知らせてきた。洗脳させた人間で数人程見張りをさせていた為、そいつの意識に入り込んで俺と会話しながらその見張りをしていた。入り口と正門には、少し距離があるがそこに洗脳させた一般人を配置させて敵の観察を行う。相手の人数や出方次第では、ユボルグと俺が出る事になる。


 二階の窓から観察してると、黒い大きなトラックが三台ぐらい止まった。やはり、国が認めた秘密組織なだけはある。スーツを着た奴らが何人かいるが、恐らく非魔人の奴らだろう。それに、寒そうな服を着た女を中心にぞろぞろと俺らの出方を伺ってやがる。


「シンゴさんや、これを投げとくれ」


「お前、何してんだ?」


 すると、ユボルグは首から下が液体へと変化しながら酒瓶の中に入り込んでいる。ユボルグは、自ら酒へと変化する事で相手の懐へと入り込むと言う作戦を俺に言ってきた。


 俺は、ユボルグが入った酒瓶を投げて誰かに直撃すれば簡単に割れてそいつの意識を乗っ取るという事を伝えられた。しかも、乗っ取られた非魔人は身体が持たずに暴走してしまい死んでしまうらしい。


「分かった。失敗すんなよ」


「それは、お互い様やで」


 俺は、完全に液体へと変化したユボルグが入っている酒瓶を手に持って手前のゴリラみたいな奴に向けて思いっきり投げた。見事に命中したが酒瓶が割れなかった。


「何やってんだよ、あいつ」


 思わず舌打ちをしてしまったが、そうしてる暇はない。すぐに、次の作戦を考えないといけない。その刹那、銃声が響き渡るのが聞こえてきた。何事かと思い、外を眺めると中心に居る寒そうな服を着た女が、一度も失敗せずに瓶を打ち砕きながら攻めてきやがる。その後に、女は身体から大量の煙を放出して奴らを眠る様に倒れさせた。後ろに居た青髪に眼鏡をかけた女がその煙を利用して、縄を素早く生成して動かなくなった奴らを縛り上げた。


「使えないやつらだ! この!」


 俺は、使えない奴らに苛立って机を蹴飛ばした。すると、攻撃を仕掛けていた女二人がこちらに侵入してきた。だが、それよりも俺が気になったのはトラックの周りにオーロラみたいな紫色の光りが突如現れていた事だ。しかも、ユボルグが入っていた酒瓶が割れているし、女二人はそれに気付かずに入っていきやがった。


「もしかして、ユボルグの奴はもう仕掛けに入ったな」


 俺は、酒瓶が相手に当たったのも割れなかったのもあいつの力だったのかと痛感した。なら、あいつに負けないように俺も敵の女二人を蹴散らせてやる。


「見つけたわ。非魔人のシンゴだったっけ? 確か、越田慎吾だったわよね?」


「もう行きついたのか」


 すんなりと、こちらまで来られてしまったようだ。確か、洗脳させた奴らを数人程忍ばせていたが難なく超えられたようだ。しかも、名前まで調べ上げるとは都合が良すぎる。


「あなたは、冤罪に陥れた人間を復讐する為に非魔人になったのね」


「なぜ、それを?」


「敵の事ぐらいは、全部知っておかないとでしょ」


「そこまで言われると、何か清々しいぜ。確かに、お酒を使って奴らを洗脳させたし復讐したい奴らも全員陥れたからな。思い残す事はないぜ」


「騙されてるわね、あなた」


「そんな事はどうでもいいんだよ。あの時から、普通に生きても意味ないんだよ。非魔人として生きる事で、実力次第では思い通りになるからな」


 俺は、もう人間として普通に生きる事はできないんだ。ユボルグと契約をした時からもう非魔人として生き、非魔人として死ぬ事を決めたからな。それが、騙されていようが俺には関係ない話だ。


「そもそも、冤罪に会わせたのは『酒豪の魔人ユボルグ』の仕業なのよ」


「は?」


 俺は、何を言われてるのか分からなかった。確かに、タイミング良くあいつと会ったのがきっかけだ。それが、俺を非魔人に誘う為にわざと陥れたとあいつは言いたいのか。


「我々、魔人は人間の負のエネルギーが大好物でね。それが、最終的に自分のためか人間のためかで派閥が生まれてるだけなの」


「その一つの派閥にあいつがいて、その派閥は自分の為ならば何でもすると言いたいのか?」


「そういう事よ」


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 俺は、何も考えずに酒瓶を持って飛び出した。本当だとしても、今までうまくいっていたのもそれを台無しにしたのもあいつらの仕業と言いたいのか。ふざけてやがる。俺は、部長クラスまで上り詰めた男だ。ブラック企業でありながら、何時間も耐えて就業して結果も残してきた。それが、あいつのおかげだと言いたいのか。寒そうな服を着た女に向けて酒瓶を叩きつけようとしたが、銃を発砲して酒瓶を割りやがった。その勢いに負けてしまい、あの女には届かずのけ反ってしまった。


「勘違いしてるから言うけど、あなたが会社で経験した事は全て裏で魔人が関係してるのよ」


「俺が恨む様に仕向けたって事か?」


「そうね。あなたの場合は、酷い魔人に目を付けられたのよ」


「なぜ、そう言い切れる?」


 寒そうな服を着た女が言うには、ユボルグがいる派閥は『魔神派』と言う魔神を拝む魔人集団らしく、そのリーダーはあいつらも分からないらしい。どんなに尽力してもそれだけは調べ切れていないが、逆に敵対する『人間派』には分からない様にしていると言う事だけは分かっているとの事だ。


 その魔神派には、魔人と人間の相性が分かる能力を持つ魔人が存在しており、その魔人に俺とユボルグが選ばれたとの事だ。それで、周りを上手く操って俺の負のエネルギーが上物になる様に今まで上手くいく様に俺は仕向けられていたそうだ。


「あいつらに騙されたとしても、俺が成功したのは俺の努力の賜物だ」


「本当にそうかしらね」


 寒そうな服を着た女がそう言いながら、スカートの中から煙を大量に放出した。俺はやばいと思い、後ろに下がってユボルグが仕掛けていた酒瓶を宙に浮かして攻撃を開始した。酒瓶を自在に操りながら、避けられても何度も攻撃をし続けたが全く当たらなかった。どんなに、狙っても煙になって避けたり銃で発砲して酒瓶を割ったりして全く歯が立たない。


「くそ!」


「陰湿な事しか活躍できないのかしら?」


「うるせぇ!」


 寒そうな服を着た女は、俺を挑発しながら近寄り顔面を殴りに来やがった。全身が煙となって酒瓶を通り抜けていき、即座にこちらへと向かってきた。しかし、急に痺れが全身に伝わっていき集中力が切れ始めていく。


バチィーン!!!


「ぐふぉっ!!」


 俺は、防ぎきれずに攻撃を食らいながら顔面だけでなく全身の痺れが激痛へと変わり力が抜けていくのが分かる。そして、タバコの匂いを全身で感じながら、俺は倒れ込む事しかできず意識を保つのが精一杯だ。


「なぜだ……。いきなり、力が……」


「私の能力にかかったのかしらね」


「くそ……。全く歯が立たねぇ……」


 寒そうな服を着た女は、煙から縄を生成して俺を拘束した。俺は抵抗できず、拘束されるのと同時に無力感に襲われた。俺は、あの女と話す事で術に掛かっていき、徐々に追い詰められていたのかと推測する事しかできなかった。


 その後に、もう一人の女がやってきて下に居る一般人を全員保護できた事を報告していた。そう言えば、あの女も入っている所を今更ではあるが思い出した。寒そうな服を着た女が、俺と話している間に下の奴らを対処していたのだと思うと少し爪が甘かったと後悔した。


「私も終わったわ。ただ、何か違和感を感じるのよね」


「私もそう思います」


 実は、俺も何か違和感を感じている。俺は、何か忘れている様な感触を感じながらも寒そうな服を着た女に引き摺られていた。そして、俺は全身に痛みを感じながらも全く動けない悔しさを噛みしめていると何か騒がしい音が聞こえてきた。


「ど、どうなってんのよ!?」


 俺を引き摺っていた女が、驚いた声で手を引き離した。全身が地についてしまい周りが見づらくなったが、どうしても気になった俺は首だけ上げてトラックの周りを見渡した。そこには、たくさんのスーツを着た非魔人達の死体が転がっていた。


「そういえば、あいつがいたな」


「それってどういう意味なのかしら?」


 俺は、思わず笑いだしてしまった。ユボルグが、自ら酒瓶に入って相手の懐に入る作戦がこんなにも上手くいくとは思わなかった。


「いやぁ、面白いぜ。酒瓶に化ける作戦がこんなにも派手に成功しているとは」


「それって、私の部下に直撃した瓶の事?」


 俺は、面白くなって包み隠さずに本当の事を女二人に告げた。唖然としている顔を見ていると得意げな気分になった。一緒になって、周りを見渡してると誰かの首を抱きしめた男が女二人に声をかけていた。


「ユリシアさん! カケルさんが……。カケルさんが……」


「ナルミ、この状況はどうなってるのかしら?」


「実は、さっきまで保護していた人達をトラックまで運んでいたら気絶していたはずのケイスケさんが暴走してしまいこの様な状況に……」


「そ、そんな……」


「しかも、ユボルグと言う魔人が現れてから悲惨な目に遭ってしまい、僕を庇ってカケルさんが死んでしまいました」


 ナルミと呼ばれている男が言うには、酒瓶に当たって気絶していた男が意識を乗っ取られて暴走していた所をユボルグが加勢したせいで非魔人達が次々と死んでいったらしい。最後に生き残ったナルミと言う奴は、泣きじゃくりながら死んでしまった奴の首を抱きしめていた。


「最高だぜ! ユボルグ!」


「何が面白いのよ!」


「当り前だろ! 俺の仇を派手に取ってくれるなんて凄く気持ちいいぜ!」


「もう黙ってて!」


「ケイスケさんは助からないのでしょうか?」


「もう手遅れだわ。死んでいる状態で暴走しているのよ」


 ケイスケと言う非魔人は、意識を乗っ取られた時点で身体が限界を迎えた事で死んでユボルグに操られている状態らしい。ユボルグは、そのケイスケと一緒に佇んでおりこちらを眺めている。


「あんたがユボルグね」


「それが、どないしたんや?」


「絶対許さないから」


「ほう、やってみろや。でも、その前に」


 その刹那、ユボルグが寒そうな服を着た女から俺を奪い取り少し距離を取った。ユボルグは、俺に跨って息を荒くしながら身体をベタベタと触っており、何か様子が変である事を感じ取りながら俺は助けを求めた。


「シンゴきゅ~ん♡」


「ユボルグ、身体が動かねぇんだよ。早く助けてくれ」


 しかし、ユボルグは持っていた酒瓶を地面に叩き割り鋭く尖った瓶の破片で俺の腹部に突き刺してきた。


「いぎゃぁぁぁぁあああ!!!」


 俺は、我慢できない激痛がユボルグによって与えられている事を認識しながら意識が途絶えていった。

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