第2.25話 酒豪の魔人(2)

 今回の事件を起こした魔人の名は『酒豪の魔人ユボルグ』の非魔人の犯行であると推測された。今回の事件以外にも、お酒が原因で起きた事件はいくつか発見されている。


 なので、その魔人の居場所を突き止めた後に討伐を開始する。魔人を討伐する事で、契約した非魔人は強制的に契約が解除されるので能力が使えなくなる。そして、無力となった人間を生け捕りにして魔人の消費者金融を経営している魔人のグループの正体を暴くと言う戦法が今回の作戦会議で出た。


 そして、ユリシアとミサキはその話をしながらナルミの訓練を観察していた。ナルミは、スーツに着替えて訓練用の室内で部下のカケルに教えて貰いながら技の習得に励んでいた。


 カケルは、他の魔人との契約時に失敗して暴走してしまった非魔人である。だが、落ち着く為の手術をして適性検査でユリシアと相性が一致したのでユリシアの魔力が入ったパッチン式のネクタイを装着して能力を使用している。


 魔人との契約を、一度失敗したり他の魔人と重ねて契約を交わそうとすると命を落としてしまう。二つの能力を扱える人間は、絶対に現れる事はないと判明されているのでユリシアはナルミに自身の能力を極めてほしいと感じていた。


「その調子です。ナルミさんが、やりたい事や作りたい物を頭の中で想像する事で自分の体内から出る煙を使って実現させるのです」


「こうですか?」


「そうです。ただ、遅いのでもう少し早く生成して仕掛けないと相手にやられますよ」


「了解です」


 ナルミは、カケルに教わりながら武器を生成している。自身が思い浮かんだ物を、ユリシアから授かった能力で作り出している。ただ、相手に反応して対処される程のスピードなのでカケルに何度も説明を受けているが、ユリシアはこの光景を見て期待の声を上げている。


「カケルも教えるのが上手くなったし、ナルミも短時間で上達してるわね」


「そうですね。私とは大違いです」


「そんな事ないわ。私の能力を使ってるんだから、皆んな出来るに決まってるわよ」


 カケルは、説明下手で相手とのコミュニケーションが苦手であったが、少しづつ改善されていた。しかも、カケルとナルミは訓練の間だけで相性が合っている事が誰が見ても一目瞭然である。一発で契約を成功したナルミは、技の習得に長けているので相性が合うカケルと技を習得する事でユリシアに褒められる程の成長を遂げた。


 やがて、放送でユリシア率いる十二番隊の出動が基地内で流れたのでそれを聞いたナルミ達は手を止めて出動の準備へと移行した。


「いよいよですね、ナルミさん」


「はい。緊張しますけど、今になって恐怖で足がまともに動けないです」


「大丈夫です。私やミサキさんが付いていますし、何よりユリシアさんが付いてますから」


 ナルミは、時間の経過とともに恐怖にやらていた。紗枝を助けられなかった事や海彦達の死体を見た時の恐怖がどうしても今になって思い出す。カケルは、ナルミに肩を貸して訓練室を後にした。そして、その様子を見ていたユリシアは不審に思ったのでナルミに駆け寄った。


「もしかして、魔力切れかしら?」


「え? 魔力切れって?」


 ナルミは、ユリシアの質問に訳が分からず回答できなかった。ナルミやミサキは、ユリシアの魔力一つで成り立っている。ユリシアは、膨大な魔力を供給する事で自身の体を保つ事ができるが、ずっと魔力を溜めていると体に異変が起こり体調を崩してしまう。だが、その魔力には非魔人にとって精神安定剤の様な役割を持つが、魔力が切れるとその状況によって影響する気持ちが過剰に反応してしまうのだ。なので、ナルミは先程の訓練で魔力を大量に消費した事でこのような事態に陥っていた。


「ミサキ、あれをナルミに渡してちょうだい」


 ミサキは、ユリシアに言われてポケットから掌サイズの透明瓶を取り出した。その瓶の中には、透明の水が入っており、まるでミニドリンク剤のようなお手軽アイテムであった。


「これは、私の魔力が入ったドリンクなの。戦闘中に魔力が切れる時があるから、そう言う時はこれを飲みなさい」


「唾液が……」


「いえ! 魔力よ!」


 ナルミは、契約時に行った儀式を思い出してしまい口走ってしまった。だが、それを察知したユリシアはすぐに訂正した。ナルミは、躊躇しながらもユリシアの魔力が入ったドリンクを飲み干した。すると、先程の気持ちが嘘かの様に落ち着き始めたのだ。


「落ち着いたかしら?」


「はい。すぐに収まった気がします」


 非魔人は、契約前の興奮や先程の恐怖もユリシアの魔力が入った唾液やドリンクを摂取する事で即座に効いてしまうのだ。他にも、睡眠など安静にしておく事も魔力が回復する方法である。ナルミは、その効き目に圧倒されながらも出動の準備へと移行した。


 ユリシア率いる十二番隊は、ユリシアのグループとミサキのグループ、ナルミのグループに分かれて戦闘用トラックに乗り込んで現場へと出発した。そして、目標となる魔人『酒豪の魔人ユボルグ』とその非魔人のアジトを攻め込む事になった。チーム非魔人には、たくさんの情報を元に相手の居場所や個人情報を調べ尽くす魔人がおり、その魔人の手にかかれば三十分前後で全ての情報を知る事ができる。


 その魔人によって突き止めた場所は、誰も使われてない廃工場であった。その廃工場は、かなり古くから使われていない。昔は不良のたまり場だったが、今はユボルグに追い出されて人間は太刀打ちできていないと言う情報も手にしていた。


「先程も言いましたが、ナルミさんは私の側から離れないでくださいね」


「分かりました」


 ナルミのグループには、先程の訓練で共に励んだカケルが一緒にいる。ナルミは、初めてではありながらユリシアの契約を成功しているのでグループの中心にいる。


 その他にも、異世界人数名とカケルの様な非魔人数名でグループ設計されており、それぞれのトラックが目標地点に到着した。なので、全員がアジトに入る様子を伺う事ができた。そして、ナルミはカケルと共にユリシアとミサキの所へと合流した。ユリシアは、何も仕掛けられてないと判断して部下達に先に行く様に合図した。


 すると、先頭に立っていた部下の頭に酒瓶が直撃した。それと同時に、工場の入り口から大人数の人が正門に向かって歩み寄っているのが分かった。


「あなた達は、下がっててちょうだい! この人達は、恐らく操られているただの一般人なのよ!」


 ユリシアは、ユボルグが酒を能力として使って一般人を洗脳して操る事ができると言う情報を収集していた。そして、その危険を察知したユリシアは酒瓶に直撃して気絶した部下を通り越して一人だけで廃工場へと攻め込んだ。


 ユリシアは、走りながらパイプタバコを吸った後に煙を吐いて銃を生成した。そして、その銃で人間達が持っている酒瓶を狙って発砲した。すると、見事に打ち砕いて攻撃が仕掛けられない様に無力化する事に成功した。


 その後は、周りに煙を充満させて人間達を眠らせた。ミサキは、それを見計らって縄を生成して人間達を縛り上げた。


「さてと、こんなもんかしらね」


「私もご一緒しますか?」


「そうね。カケルもいるから、この人達の保護をナルミ達に任せようかしらね」


「了解しました。すぐに指示してまいります」


 ミサキは、近くに駆け寄ってきたナルミとカケルにユリシアの指示をその場で伝えた。そして、理解を得たユリシアとミサキは意を決して廃工場の中へと入っていった。

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