第2話 酒豪の魔人(1)
ナルミは、蒼然とした取調室で静まり返った子供がいかつい男性達数人に囲まれながら励まされる所を見ていた。取調監視室には、ユリシアとミサキ、ナルミの他にも体格の良い男性達が周りを囲っていた。そして、スーツにサングラスをかけた一人の男性がユリシアに報告していた。
「以上が、報告となります」
「分かったわ。ミサキとナルミ以外は全員下がって頂戴」
いかつい男性達は、心地良いぐらいにタイミング良く頭を下げて張りのある声で挨拶をして部屋から出て行った。ナルミは、ユリシアの威厳に圧倒されていた時にユリシアから声をかけられた。
「あなたの親友を、殺した加害者の子供を見てどう思う?」
「いや、思うも何もこの子には関係ないと思うのですが」
「もしかしたら、この子が魔人かもしれないのよ」
「その時は殺しますが、報告を聞いているとこの子はただの被害者だと思います」
報告によると、犯人は会社にクビを宣告されるのと同時に妻が浮気をして息子を置いて家を出られてしまう。それが原因で、消費者金融に多額の借金をしてしまうが金を借りる場所が魔人に支配された消費者金融である為に犯人は好き放題される。
魔人の正体までは判明していないが、魔人の魔法が入ったお酒を犯人に渡したのも魔人の消費者金融の手口だと報告が上がった。犯人が持っていた酒瓶のお酒の成分には、強烈な媚薬の効果がある成分の他にも洗脳するための魔法の成分と見られる物も調合されている。
それを、無理やり飲まされている光景を息子は隠れて見ていた。書類を見ていると、犯人の実の子供だという事も記載されている。
ナルミは、記載されている書類と報告を照らし合わせてみた時に犯人が危機的状況である事を良い事にこのような目論見をした魔人に怒りの矛先を向けていた。
「良かったわ。かなり落ち着いたのね」
ユリシアは、落ち着いたナルミを見て安堵の姿を見せていた。魔人の唾液には、現実世界の人間にとって精神安定剤みたいな効果をもたらすとユリシアは語った。しかし、その効果がない人も存在する。魔人と人間には相性があり、相性が最悪だと意識が乱れて暴走してしまうのだ。
「なぜ、それを先に言わなかったんですか!」
ナルミは、重大な事を聞くタイミングではない事を察知してユリシアに問い詰めた。だが、ユリシアには暴走を止めれる自信があった。しかも、ユリシアにとってナルミが好みの男性だったので早めに契約を交わしたかった事を告げた。
「ミサキも居るから何とかなると思ったのよ」
「何ですか、その理由は?」
「ごめんなさいね」
「ユリシア様、取り調べが終わったそうなので私たちも行きましょう」
ミサキは、一人だけ取り調べの監視を行っていた。いかつい男性達が、子供を連れて取調室から出ていく様子を見てユリシアに報告をしたがユリシアは首を横に振った。
「ミサキは、先に行ってていいわよ」
「何か行うのでしょうか?」
「えぇ。ナルミに、今後の事について相談するわ」
「え、僕とですか?」
「当り前よ。聞かなきゃいけない事は山ほどあるのよ」
ユリシアは、ナルミと二人だけで話す事を優先した。ユリシアの代わりにミサキが、これからの作戦会議に出る事になったのでユリシアとナルミは取調室に移動した。
「さぁ、始めようかね」
「先に、この組織について不安があるのですが……」
「そうね。私から話すわ」
ユリシアは、この組織について先に話す事にした。この組織は、国民には公に発表されてないが、国に認められた組織である。この組織は、十一年前に総理大臣の妻が魔人に攫われた事が始まりであった。その魔人を、討伐して妻を救出したのがこの組織の団長である『天秤の魔人ムルス』と言う魔人だ。国民には、知れ渡らずに方が付いた事に感謝され、秘密組織として魔人討伐団体を設立した。
ムルスを先頭に、副団長と十二人の隊長で構成されており、一つの隊に数十名の非魔人が所属している。そして、ユリシアは十二番隊隊長として任務が与えられている。
「隊長なら、作戦会議に出た方が良かったのではないですか?」
「今回の作戦会議は、ミサキが隊長代理として参加しているから何もお咎めなしよ」
今回の作戦会議は、魔人が起こした事件と見做されて警察から渡された内容である。ムルスから、強制参加として報告を出されない限り代理として部下に参加させても問題ないそうだ。
ユリシアの部下は、ミサキの他にも先程居たスーツにサングラスをかけた男性達もユリシアの部下なのだ。ただ、まだ魔人として覚醒できてない異世界人や契約時に他の魔人と相性が合わずに暴走してしまった人間も居る。
だが、対処法として魔力が入ったネクタイを付ける事で落ち着きが保てている。そして、その後の配員決めはムルスと副団長の取り決めで決定される。
チーム非魔人の目的は、現実世界の人間に被害を加える魔人の殲滅である。魔人は、人間を不幸にして自身の力として取り込む事ができるので負のオーラを求める為に人間に被害を加えるのだ。
その原因として、初めて異世界から転移してきた異世界人が人間達に馬鹿にされて殺されかけたのが魔人の始まりであるとナルミはユリシアから聞いた。
「私はあちらの世界が嫌いでね、周りを見渡すと親を亡くした子供達や魔物の気持ちを汲み取らず無差別に殺す人間が当たり前に居る世界だったの。だけど、もう一つ世界があってね。その世界は、魔法も魔物も存在しない平和な世界があるって聞いたのよ。それから、願う様になってね。数日後に、赤い月の神と青い月の神が私の所にやってきたの」
「え、異世界は二つも月があるのですか?」
「いや、四つあるわ。赤い月、青い月、緑の月、黄の月があって、それぞれに神が存在するのよ」
「四つもあるんですね……」
ユリシアの世界では、現実の世界には存在しない空想世界の魔物や魔法などが当たり前に存在する世界だが、魔物と人間が分かりあう事ができずに殺し合いになったり、同じ人間同士なのに魔法と魔術で揉めて戦争になったりするのがユリシアにとって嫌いな理由なのだ。
ユリシアは、偶然に平和な世界が存在すると言うおとぎ話を聞いたのでそちらの世界に行きたいと願う様になった。それから、数日後に二人の神がユリシアの前に現れたので願い通りに転移する事ができた。
「しかし、こちらの世界も平和ではないです」
「そうね。ただ、こちらでは死んだ人を嘲笑う人間は居ないでしょ。もし、居たとしても笑われてる人間は善い行いをしてないからでしょ」
「そうですけど」
「異世界では、どんなに人の為に動いたって殺されたり恨まれたりするのよ。どんなに、助けた人に感謝されたって都合が悪くなると簡単に裏切られるのよ」
「それは、こちらも同じです」
「そんなわけないわ!」
ユリシアは、ナルミの発言に涙をこらえながら反抗した。ユリシアが、言いたいのは功労者が死んでも泣く人の数より喜ぶ人や無関心の人の方が多い事が気に食わないのだ。これが、例え敵の功労者だとしても見返りを求めずに身内の為に動く功労者があっけなく裏切られて公開処刑される姿を見て同情するのだ。
「しかし、目立ってないだけでこちらも同じだと思います」
「あんたに、何が分かるのよ! 今までボーっと生きてきたなまくら者が偉そうに語らないでくれる!」
ユリシアは、机を大きく叩き立ち上がったがナルミはそれでも真っ直ぐな目でユリシアを見つめながら語り始めた。
「環境が変わっていても、皆んなやってる事は変わらないんですよ。残酷な世界の元凶は、人間の欲にあるのです。私も経験してますから」
ナルミは、魔人によって付き合ったばかりの紗枝と親友の海彦達を失っている。惨たらしい状況を目の当たりにするのが初めてでありながら、これからも残酷な事が起きると腹をくくっている。ユリシアの精神安定魔法で取り乱さずに済んでいるが、ここまで覚悟を決めれるのは初めての経験である。
「それでも、殺される事だけが残酷ではないと私は思います」
「確かにそうね。取り乱したわ」
「いえ、こちらこそすみません。ただ、肉体的か精神的かの違いですよね。ユリシアさんの方が辛い経験しているのに申し訳ありません」
ユリシアも、ナルミを軽く見ていた事に深く反省した。ただ、大切な人が傷ついたり失くしてしまう事も起きている事は同じだ。それを、どちらが苦労しているかを争うより分かち合う事の方が最も大事であるとナルミ達は学ぶ事ができた。
「そうよ。これから、魔人の能力の使い方を学んでおかないといけないわね」
「そうなると、時間的に親友の仇は取れなくなりませんか?」
「それは無いわ。簡単な説明と軽く練習してから現場に向かって貰うわよ」
ユリシアは、ナルミに魔人の能力の使い方の練習と説明を受けてもらう事にした。どんなに、能力が同じでも発揮の仕方はそれぞれ個性が出る。それを、見極める為に説明と実践を兼ねての練習をしてもらう事になった。
「無茶だと思うけど、私達を信じてついてきてほしいわ」
「わかりました。必ず、自分の物にして魔人に復讐してみせます」
こうして、ナルミとユリシアは話し合いを終わらせて復讐を果たす準備を行った。
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