第1.5話 洋灯の魔人(2)

「やっと目が覚めたわね」


 目が覚めた成実は、ソファでランプの形をしたパイプタバコを持っている女性に膝枕を施されている事に気付いた。成実から見ると、赤色の短髪が照明に当てられて綺麗に見えた。それに、顔も整っていてスタイルも良いので着ているドレスがまるで王女と言う威厳を見せつけられている様に成実は感じていた。


 そして、成実は驚きを隠せずに勢い良く起き上がるのと同時に周りを見渡すとタワーマンションの家に居る事に気付いた。すると、成実は大きな窓から見える夜景が先程の出来事を思い出して咳き込んでしまった。


「ミサキ、お水を持ってきて」


 ミサキと呼ばれた女性は、ランプの様なパイプタバコを持っている女性に指示された事で成実に水を渡しながら落ち着いてほしい事を伝えた。二人は、成実が惨たらしい出来事にあったからこそ落ち着くまで静かに待った。


「落ち着くまで待つわ。ただでさえ、あんな奴に出会ってしまったんだもの」


「あなた達は、あの男の事を知っているのですか?」


 成実は、息を整えながら二人に犯人の男について質問をしたが、二人は先に自分達の事を伝えた。パイプタバコを持っている女性は『洋灯の魔人ユリシア』と名乗り、もう一人の生真面目そうな女性が『ミサキ』と名乗った。


「あの男は、尋問して聞き出してる途中だからまだ分からないわ。だけど、私と同じ魔人と言う存在に操られている事は事実かもね」


「ごめんなさい。まだ、理解が追い付けていなくて」


「いいわよ。順序良く話すわ」


 魔人とは、異世界からやってきた人間『異世界人』がこちらの世界の精神病にかかり、それを駆使して自分の力として覚醒した者を魔人と言われている。


 異世界人は、現実世界の人間と違って元から魔力はあるが、転移する事で魔法や魔術は空想物として全く使えなくなる。しかし、こちらの世界が解明した精神病は異世界人にとって想像できない程の苦痛に襲われる。その精神病を、味わった後に耐え切って駆使した者が魔人として覚醒できる。


 ユリシアの場合、この世界に来てから魔人討伐団体の団長に勧められた事がキッカケでこの組織に入団した。ある時、基地にあるタバコ自販機を見てほんの出来心で購入した。しかし、一口吸った途端にタバコならではの味に落ち着きと気持ち良さを覚えた。それから、仕事中でもタバコを口にしながらでないと集中できなくなり、タバコが無くなると倦怠感や苛立ちが激しくなった。


 そして、それが原因で一人の先輩を戦闘不能にさせてしまった。すると、ユリシアは吐き気や目眩に襲われながら周りに抑え込まれた。しかし、ユリシアは隔離されても気が狂いながら暴走していた。これは、異世界人特有の光景であり、タバコを吸う事で落ち着くのだが、ユリシアは周りから強制的に魔人の覚醒へと執行された。


 これは、この苦しみから耐えられずに命を落とす事もあり、現実世界の人間ではあり得ない事だ。例えば、タバコを吸う事で肺がんになってしまい、それが原因で死ぬ事は現実世界の人間でもある。ただ、意識だけで命を落とす事は異世界人だけだ。


 他にも、依存している物が盗られた後に一人にされて鬱病になり、衣食住もままならずに老衰する事はあるが、異世界人は物によって起こる鬱病が呪いにかけられてしまったかの様な苦しみに襲われるのだ。


 しかし、この苦しみに耐えた者だけが手にする事ができるのが魔人の能力である。しかも、恐怖症やその他の精神病によって覚醒のなり方が違ってくるのだ。そして、ユリシアはこの苦しみの中である事に気付いた。


 それは、周りの人は自分が魔人として覚醒する事を望んでいる。だから、誰一人として助けようとしなかった。ただただ、防犯カメラで様子を眺めている事に気付いた。しかし、近くで団長が駆け寄り、『助けてくれるのは自分だけだ』と言う言葉を投げかけた。


 その事を言われたユリシアは、魔人にならなければ助からないと気付いて自身が持っている魔力を用いてこの苦しみから脱却した。自身の体内から、煙を生成して周りにばら撒く事で呪いを自力で解いたかの様な解放感を味わえたのだ。


 その後は、タバコを使って自身の力の源として使用する事になった。覚醒前は、ただ気持ち良くなりたいと言う気持ちだけで吸っていたのだが、魔人になってからは能力を使う為のアイテムとして吸う事が増えたのだ。


「あれ? この世界では、魔法を使う事ができないのでは?」


「元々、魔人は空想世界からやってきた人間なの。だから、使えないのは異世界人の時だけでこの世界の物を使って呪いを浴びて魔人として力を開放する事でこの世界専用の魔法を扱う事ができるのよ」


 成実は、ユリシアの嚙み砕いた説明にようやく理解できた。ユリシアの他にも、魔人として能力を開花させた魔人は居るのだが、今回の事件も魔人が裏で関わって居るのではないかとユリシアは告げた。成実の同級生を殺したあの男は、魔人ではなく魔人に利用されたただの一般人ではないかと言う事もユリシアは語った。


「なら、その魔人は誰なんですか? 僕の親友を殺した男が魔人ではないのなら他に魔人がいるのなら俺が殺したい。いや、殺させてください!」


「どうやって殺すの?」


「そ、それは……」


「興奮する気持ちは分かるけど、興奮してると何も考えれずに相手に飲み込まれるわよ」


「すみません……」


「そこで、これからミサキの話をするわ」


 ユリシアは、隣に居るミサキを注目の的にして話を進めた。ミサキは、これから自分の事を暴露されるのにも関わらず、何一つ表情を変えずに落ち着きを保っている。


「ミサキは、私と契約して魔人の能力を借りる事ができる人間『非魔人ひまじん』なのよ。非魔人は、契約した魔人と同じ能力が使えるの」


「なら、僕もミサキさんみたいに契約を交わすと魔人に対抗できるんですね?」


「できるわよ。でも、人の話を最後まで聞いてほしいわ」


 ユリシアは、興奮気味で話を聞きそうにない雰囲気を醸し出している成実が落ち着く様に気を遣いながら説明した。ミサキは、彼氏が起こした事件に巻き込まれていた所を任務で来ていたユリシアに助けられた。しかし、ミサキの彼氏は魔人によって殺された。当時のミサキは、彼氏と結婚を前提にお付き合いしている程に上手くいっていたが、事件後に精神的に病んでしまい、行く当てもなく落ち込んでいた所をユリシアが非魔人の契約について話を持ちかけたのがキッカケだった。


「成実と同じ境遇なのだけど、ミサキの方が落ち着いてたわ」


「す、すみません」


「そんな事はありませんよ。私も、当時は成実さんと同じで焦っていましたし、魔人はまだ生きていましたから。倒したのは、ユリシア様と契約を交わした後なので気に病む事はありません」


 ミサキは、ユリシアの指摘に落ち込んだ成実を気にして優しく励ました。この一件でミサキは、やっていた仕事を辞めてユリシアが居る魔人討伐団体に入団する事になった。


「契約を交わす事になるけど、心の準備はできているのかしら?」


「はい! お願いします!」


 成実は、今日一番のやる気ある声を出したがミサキはそっぽを向きながら顔真っ赤にしている。その反応を見て不思議に思った成実だが、ユリシアは気にせずにゆっくりと成実に顔を近づけた。


「あ、あの……」


「いいから舌を出して」


 ユリシアの甘い雰囲気に飲み込まれた成実は、緊張しながら何も考えられずにそのまま舌を出した。その刹那、ユリシアは成実の口に舌を入れてきた。ソファにランプの様なパイプタバコを置いて、成実の頬に両手を添える事でユリシアの豊満な胸が成実の体にあたる程の密着度が増した。そして、キスがしやすい態勢になった事でユリシアの唾液が成実の口の中にどんどん入ってきた。しかも、二人の舌が交じり合いながらお互いの吐息も荒くなる。成実は、その唾液がタバコの味がして何故か先程の興奮が落ち着き始めている。


 やがて、どっちか分からない唾液が成実の口からこぼれ落ちる程の量がユリシアの口から成実の口へと移される中、勢いに負けた様に成実は唾液を飲み込んでしまった。その刹那、ユリシアはキスをするのを辞めた。そして、成実とユリシアは息を荒くしながら甘く目を見つめ合っていた。


「これで……。契約完了よ」


「ふぇ? どう言う……。事ですか?」


「さっき……。唾液を飲んだでしょ? その唾液は私のなの……。私の唾液を飲む事で契約が完了になるの……」


「ユリシア様と成実さん、タオルをご用意しております」


「あ、ありがとう」


「どうも……」


 ミサキは、顔を真っ赤にしながらユリシアと成実にタオルを渡した。成実は何故、ミサキが先程の反応をしていたのかが契約の儀式を経てようやく理解した。ユリシアは、息を整えながら成実に説明を挟んだ。


「自分の胸を見てごらん。私専用の魔人の紋章に自分の名前がカタカナで刻まれてるわ。それが、契約完了の印よ」


 そう言われて成実は、服の中から思わず自分の胸を見た。すると、煙が沸いているランプの絵がタトゥーのように描かれており、そこに自分の名前がカタカナで刻まれていた。


「これからは、漢字ではなくカタカナで呼んでいる事になるわ。ナルミくん」


「何か意味でもあるのですか?」


「実は、深い意味があるらしいけど私には分からないの。ただ、『現実世界の人間から魔人と契約を交わした非魔人』になった証拠ってとこかしら」


「そうなんですね。しかし、思ったのですがユリシアさんはなんで来たのですか? 後、どうやって来たのかも教えてほしいです」


「そうね。それも教えなきゃいけないけど、落ち着いて質問できるようになったって事は私達も質問していいかしら」


「は、はい」


 ナルミは、ユリシアに言われて自身が落ち着いている事に気付き、思わず息を呑んだ。すると、スーツにサングラスをかけた男性が扉のノックを三回鳴らして部屋に入室した。


「ユリシア様。先程の、犯人の息子様を発見してこちらに預かっております」


「分かったわ。なら、その子にも事情聴取をしようかしらね」


「ユリシアさん。俺も行って良いですか?」


「もちろんよ。契約したからには、チームの一員として働いてもらうわ」


「わ、分かりました。よろしくお願いします」


「えぇ。よろしく頼むわ」


「私の方こそ、よろしくお願いします」


 ナルミは、ユリシアと契約を交わした事で魔人討伐団体『チーム非魔人』に入団する事になった。ナルミは、訳も分からずに入団してしまった自覚はあるが、それよりも親友達の仇を討つ事を優先してユリシアとミサキの後について行く事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る