第一話

第一節 逃亡の果てに

 赤い光に照らされ思わずレイ・アルマは目を閉じた。衝撃が来るかと構えていたが、いつまでたっても痛みはもちろん、出血した感覚もない。恐る恐る目を開けてみれば、そこは開けた場所だった。

 見る限り、荒廃した街並みだ。


「エイリークさん!しっかりしてください、エイリークさんっ!!」


 ケルス・クォーツの、まるで今にも泣きそうなくらいの悲痛な声が耳に届く。その声で我に返ったレイは、慌てて背後を振り向く。そこには胸に矢が突き刺さったままのエイリーク・フランメが倒れていた。

 周りの仲間の必死の呼びかけにも彼は、返事一つ返さない。


「エイリーク!」


 レイもエイリークに近付き、状況を確認する。彼の顔色は明らかに悪い。そのうえ矢が一本だけ刺さっているだけのはずが、見た目以上に出血の量が酷い。どうしてこれほどまでの怪我になっているのか、理解できなかった。

 とはいえ、刺さっている矢を抜いたら確実に失血死してしまう。仲間の危機に動揺するだけで、物事の判断ができないでいた。


「大丈夫ですか?」


 声をかけられて後ろを見れば、そこにはつい今しがた自分たちを助けたと思われる、カーサのヴァダース・ダクターとコルテ・ルネがいた。どうして彼らがここにいるのだろうか。そもそも、なぜ自分たちを助ける真似なんてしたのか。


「その様子だと、どうやら無事に転送されたようですね」


 自分たちに対してまだ好意的に話しかけてきたコルテに、警戒しつつも尋ねた。


「コルテ……それ、どういうことだよ……!」

「安心してくださいレイくん。ちゃんと説明しますよ。けどそれは、役者が全員そろってからでもいいですか?」

「役者……?」


 問いただそうとして、すぐそばで先程見た、赤い光が浮かび上がる。光はやがて、目を開けていられないほど強く光り輝く。眼球を焼かれないように目を閉じる。

 それから少しして、物音が耳に届いた。光の強さも縮小した頃合いを見計らい、ゆっくりと目を開く。


 目の前にいたのは、ヤク・ノーチェとスグリ・ベンダバルの二人。そして見覚えのあるカーサの二人の人物だった。見知った人物が見えた瞬間、安心感を覚えるというもので。肩に入っていた力が少し抜けた。

 ヤクとスグリも最初こそ混乱した様子を見せたが、やはりそこは軍人としての慣れなのだろうか。状況を把握したようで、なるほどと一言言葉を零す。


「どうやら、手筈通りに事が運べたようですね」


 一行に対して、ヴァダースが全員に声をかける。彼の言葉に同意するようにヤク達と共に転送されてきた、シャサール・ソンブラが頷いた。


「さて、早速ですが選んでいただけますか?我々と一時休戦するか、戦うか」


 ヴァダースの言葉に、ヤクがどういうことか尋ねる。


「言葉通りの意味です。裏はありませんよ。まぁ少なくとも軍のトップの方々ならば、この状況でどうするのが一番なのか、ご理解いただけるのではないでしょうか」


 ヴァダースの言葉に、ヤクとスグリが自分たちの方を見る。レイのそばにいた、負傷しているエイリークに視線を落とした二人が、少し動揺を見せた。

 エイリークの呼吸は刻一刻と浅くなりつつある。このまま治療を施さなければ命すら危うい、そういう状況だ。本当なら今すぐにでも安全な場所で、手当てをしたいのだが──。

 不安そうにヤクとスグリを見上げれば、彼らも理解してくれたようだ。


「……どうやら、知らない間に恩を売られてしまったようだな」

「そのようだ。ならば休戦の提案を飲むしかあるまい。ただし、こちらとしても条件がある」

「話が早くて助かりますが、条件とはなんでしょう?」

「この場所には貴様たちのアジトがあるのだろう?ならば医務室のベッドを借りたい。彼は一見しても分かる通り、瀕死の重傷だ。急ぎ治療を施したい」

「彼の生死に関しては、我々があずかり知るところではありませんが……。まぁ、いいでしょう」


 どうやら話がまとまる──そういう空気が漂いつつあったが、そこに異を唱える人物が一人。


「休戦だなんて、そんな言葉は信じられませんっ!!」

「ケルス……」

「貴方方は、僕たちの敵です。そんな都合のいい話があるものですか!」


 ケルスはエイリークを庇うように腕を広げていた。彼はヴァダースを強く睨みつけながら、言葉を吐き捨てる。

 以前聞いたことがある。基本的にケルスは人を恨むような人物ではないが、ただ一人だけ憎んでいる人物がいると。それが、目の前にいるヴァダースなのだ。詳細は知らないが、どうやらケルスの両親はヴァダースのよって殺されたらしい。


 そんな相手からの言葉だ、確かに信じることはできないだろう。

 とはいえ、今は状況が状況だ。エイリークの命が尽きようとしている今、無駄な戦闘――とりわけ、カーサの幹部たちと戦うことは避けたい。

 ただレイも、ケルスの気持ちが理解できないというわけではない。どう言葉をかけたらいいか悩んでいると、ふとヴァダースが口を開く。


「そうですか。どうやらアウスガールズ本国の国王様は、思っていたよりも残忍な性格の持ち主なのですね」

「どういうことですかっ……!」

「今ここで我々と戦うということは、そこに倒れている彼を見殺すということと変わりない。貴方の隣に控えているミズガルーズ国家防衛軍の方は、業腹なのでしょうが我々との休戦を考えた。それは何故か。彼の命を救うためですよ」

「っ……!」

「人命を救うために、個人の感情よりこの場に用意された最も最善の方法を選んだ、ということです。それを理解せず、個人的な感情で我々と戦おうだなんて。それが子供の我が儘にも等しいということが、まるで理解できていないようですね」


 痛烈な言葉だが、ヴァダースの言葉はどれも正論だった。ヤクもスグリも──なんなら自分たちも、カーサと敵対している組織の人間だ。それでもエイリークを救うために、あえてヴァダースの提案を受け入れようとしているのだ。

 どちらが自分たちに利のある行為か、冷静に考えれば火を見るよりも明らか。ケルスだって――おそらくこの場にいる仲間の誰よりも、エイリークを失いたくないはずだ。

 悔しそうに唇をかみしめながら、それでも反論の言葉を探そうとしているケルスに対して、今度はヤク達が彼に進言する。


「陛下、お気持ちはお察ししますがどうか聞き分けを。今の我々には圧倒的に情報も足りない。なにより、こうしている間にも刻一刻とエイリークの命は尽きようとしています」

「ここは一度、休戦の提案を飲むべきです。本来なら他国の人間である自分たちが、こうして貴方に言葉をかけることは許されませんが、どうか聞き入れてください。俺たちも彼を失いたくないのです」


 ヤク達の言葉も聞いて、ケルスはしばらくエイリークを見つめたあとに渋々と言った様子で頷く。休戦の提案を飲んでくれたようで、レイは安堵の息を吐く。


「そういうわけだ。至急医務室のベッドまで、彼と数名を案内してもらおう」

「わかりました。そちらはシャサールにお願いしましょう。いいですか?」

「ええ、わかってる。それじゃあその坊やを運ぶから、アンタ達の中から数名一緒に来てもらうわ。けど、そっちの軍人二人はヴァダースから話があるから除外してね」


 シャサールからそう告げられ、先に動いたのはラントだった。ヤクとスグリを除外した中で一番力があるのは彼だ。


「なら、俺がエイリークを運ぶ。ほかにも、治癒術が使える人は一人でも多くいた方がいいだろ?」

「そうね、こっちもあまり人員は割けないから。そうしてくれると助かるわ」

「なら、俺も一緒に行く。俺の治癒の力がどこまで作用するか分からないけど、できる限りのことはする。ケルスも、手伝ってくれるか?」


 彼らの会話に答え、ついでにケルスにも同行を依頼する。

 エイリークほどではないが、ケルスも顔色が相当悪い。本来ならアウスガールズ本国の国王として、彼もヴァダースたちの会話を聞かなければならないだろう。

 しかしエイリークの容体が危険な今、レイだけの治癒能力でどこまで回復できるかもわからない。少しでも回復の手は欲しい。なにより、ケルス自身がエイリークの傍を離れたくないだろう。


「レイさん……」

「エイリークを助けるために、俺に協力してほしいんだ」

「っ……わかりました」

「話は終わったかしら?」


 ケルスの意思を確認した後、シャサールから声をかけられる。彼女に頷こうとしたが、あることを思い出し少し待ってほしいと告げた。そのままレイはヤクの元まで行くと、あるものを彼に手渡す。

 ヤクに手渡した物は通信機だ。以前ヤクとスグリが拉致され行方不明と知らされた際、ミズガルーズ国家防衛軍の一人でヤクの直属の部下であるゾフィー・クルークから手渡されたものだ。


「俺が持っているよりも、師匠が持っていた方がいいと思って……」

「……わかった、預かろう」

「ありがとう、師匠……」


 仲間も、師もいるのに。どうしても不安が拭いきれず、思わずヤクを見上げる。そんな自分の肩に、ヤクの手が置かれる。


「安心しろ。こちらもできる限り情報を集めておく。だから今は余計なことは考えずに、自分のできることに集中しろ。それだけでいい」

「自分の、できること……」

「私は医療魔術が使えん。傷を負った仲間の命を救うことは、私にはできない。だがお前には、その力がある。消えかかっている誰かの命を、お前なら拾い上げることが出来る。……私の言いたいことは、わかるな?」


 エイリークを救うことだけを考えろ。言外にそう伝えてきたヤクの言葉を理解できたレイの瞳に、決意の光が戻る。


「……わかった。必ず、助けてみせる」

「頼んだぞ」


 もう動揺しているだけの子供ではいられない、しっかりしなくては。ヤクの言葉を聞き、レイは心の中で己を叱咤する。そのままシャサールの元へ行き、医務室までの案内を頼むのであった。

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