第5話 逆鱗覚醒

辰善は一歩、脚を進める。

すかさずヤクルスは尾で地面を払い、衝撃と石や土を飛ばす。

散弾銃さながらの威力を誇る飛び道具。

しかも竜脈がたっぷりと込められているソレらは掠るだけでも命を刈り取る凶悪無比な弾丸と化している。

そんな脅威を前に、辰善が取った行動は新儺の盾になる事だった。


ヤクルスの攻撃は辰善の身体を粉微塵にしていく。


腸が吹き飛ぶ。

肝臓が削れる。

心臓が抉れる。

左脳がまろび出る。


激痛を超えた感覚が、全身を襲う。

確実に死んだと解る感触がする。








辰善は、また。

一歩踏み出す。


勝ち誇っていたヤクルスの顔が、驚愕で歪む。

チーズみたいに穴ぼこだらけの傷はみるみるうちに朱色の竜脈で塞がっていき、傷一つ無い身体へと戻ったのだから。


「アレで死なねえって、お前本当に生物かよ!?」


ヤクルスはスピードを上げて跳躍。

残された左手を大きく振りかぶり、新儺ごと辰善を刻み殺そうとする。


辰善はそのまま新儺を護るために立ち塞がり、両腕を上げて交差。防御姿勢を取る。

辰善の腕と、ヤクルスの爪が交わる。

金属が打ち合ったか様な音が辺り一面に鳴り響く。


辰善の腕は無傷だった。

腕を纏う朱鱗は傷一つ残っていない強度を誇り、光耀く。

その一方で、硬さに耐えきれなかったヤクルスの左掌は。

逆にそのままもげて。力無く地面に落ちた。

壊れた蛇口の様に手首から血飛沫が噴き出し、舞い散る。


「ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ?!

この糞餓───────ぐぼッガハッ!!!?」


喚くヤクルスの腹に、膝蹴りが打ち込まれた。

ゴルフボールみたいに高く打ち上げられ、地面と激突するヤクルス。喧嘩慣れしていない高校生の威力とは思えない。


「女の子、しかも怪我人巻き込まないと攻撃出来ないのか?

ほら、真っ直ぐ向かって来いよ。

俺は何処にも行かない。逃げ足の速いお前と違ってな。」


辰善はヤクルスを挑発する。

その表情は堅く、険しく。

心の中では。

ある一つの決意が芽生えて、収束していく。


両腕を再起不能にされ、立ち上がるのも一苦労だったヤクルスの顔が歪む。

格下だと思っていた奴にボコボコにされた上に、挑発までされたのだ。

さぞ、ムカつく事であろう。


「言うなぁ、貴様ぁぁぁ。

いいだろうぅぅぅぅ。そこまで言うならぁぁぁぁ。

楽には……


殺さんぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


ヤクルスの姿が一瞬にして消える。



瞬間、辰善の鳩尾に激痛が奔る。

音と衝撃と共に、その身に伝わる。

肩や腰、アバラの骨が軋み体内から突き出る。

逆流した血液が口や目、耳から溢れ出す。


新儺はその辰善の背後を見て、思わず目を見開く。

あまりの速度に、ヤクルスが通った跡からチロチロと火が燃える。


「どうだ、オレ様のトップスピードは!!

ただ吻を突き刺しただけじゃねぇ、テメェの内側が衝撃波でグチャグチャのミキサーみたいになってる筈だ!!

流石の貴様もこれで死ぬだろう!!?

力を付けた途端にイキリ散らすからこうなるんだよ糞餓鬼がぁあああああああアアアアア!!!」


まるで餌場から排除しようとするカブトムシの様に、ヤクルスは高笑いしながら突き刺した吻で辰善を持ち上げようとする。












そんなヤクルスの脳内が、違和感を覚える。


どうして、コイツの死体は持ち上がらない?


ムカつく奴。生意気な奴。弱い奴。

どんな相手でも、真正面からこの速度で突き刺してきた。

自慢のスピードで一突きすれば、そいつの体内はミンチみたいにぐちゃぐちゃになる。

自慢の吻で持ち上げて、血をシャワーの様に浴びるのは何よりも最高だ。

このムカついて、生意気で、クソみてぇに弱いこの小僧も、早贄みたいに串刺しになるべきだ。


そうなるべき、なのに………。



何故。

コイツの死体は持ち上がらない──────!?
































「──────────────捕まえた。」


放たれた声は、冷たかった。

内側からボロボロになった身体は、隅々まであっという間に元に戻った。

辰善の右掌は、腹に突き刺さったヤクルスの頭を掴む。


ふと、辰善の朱角と右掌が。

藍色の光に包まれる。


その藍色は強く鮮やかで、どこまでも耀かしい光だった。

角と鱗の朱色と合わされば。

まるで夜明けの空の様な幻想的な色の光。


そんな光が灯った次の瞬間。















「ギィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!??」


ヤクルスの全身が、藍色の光に包まれる。

その口からはつんざく様に響く咆哮を響かせ。

泡を含んだ大量の血を吐き出す。


「青い、雷…!?」


新儺は辰善が纏い放つ、藍色の光の正体を雷だと見破る。

古くは天の怒りや裁きの象徴とされ。

空を翔る龍と同一視される事もされたであろう自然現象。


その強大な雷がどれほどの威力を発揮しているかは。

竜脈により身体を強化されたヤクルスが痛みで抵抗出来ない様子を見れば嫌でも分かる。








(苛烈だ。あの雷も、それを放つあの子も。

……あれでは、まるで。)


新儺はその雷に目を眩ませながらも、真正面から目の前の光景を見据える。


激しく、鮮烈な耀きを放つ藍色の雷。

その雷からヤクルスを逃がさない辰善。

新儺の目に映る背中から伝わる、強靭な意志。















「………まるで、彗星みたい。」



新儺の口から、今の辰善の有様が紡がれる。


その星はプラズマで出来た尾を放ち。

遥か昔の人々が凶兆の顕れと同一視して。

その尾からは毒をもたらし、地上を死で覆うとされた天災。


そして今この場で生命すら投げうつその姿に。

新儺は燃え尽きる星の様な儚さすら感じた。



 





新儺が雷に見入っているその時。

突如、ヤクルスが吼える。


「ぎっ…貴様ァこの餓鬼が!!

あまり俺をナメてんじゃねぇえぞぉおおお!!」


ヤクルスもただ無抵抗で掴まれている訳ではない。

痙攣に負けじと、脚に力を入れて踏み込む。

目の前に立ち塞がる生意気な糞餓鬼と死にかけの女竜騎士ドラグーンを轢き殺す為に。





しかし、どれだけ力を入れようとしても。

ヤクルスの脚は動くことはなく、身体は前に進む事はなかった。


それどころか、感覚が無い。

脚を包み込む熱さすらない。

無理もない。当然であろう。


ヤクルスの脚は燃え尽きて、塵に還ってしまったのだから。



「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

くそ!!くそ!!ぐぞがぁあああ!!

俺の、俺の!!!

脚がぁああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


自身のアイデンティティとも言える脚が灼き尽くされたヤクルスは嘆きの咆哮をあげる。

そして今になって、ヤクルスは気付く。


脚だけじゃない。

人体を斬り飛ばす尾も、コンクリートを砕く腕も。

身体の末端から徐々に灼き尽くされていき。

────────塵に還っていく、その絶望に。







「お前は無駄に速いからな。

一度トップスピードとやらを出せば目で追う事すら難しい。

だから、こうして動けなくする必要があった。俺の身体を削ってでも。

それが出来さえすれば、後はこっちの掌の中だ。」


辰善はただ淡々と語る。

不意に話しかけられたヤクルスが。

思わず辰善の顔へと目線を向ける。


「自慢の脚、燃えてしまったな。

でも、誰かを殺す為に使う脚だもんな。

………必要ないよな?」


辰善の眼も。表情も。

ヤクルスにかけられた、その言葉も。

身に纏う灼熱の雷とは対照的に。


どこまでも、果てしなく。

冷徹そのものでしかなかった。


目の前のソレを知覚したヤクルスの背筋が凍りつき、そして理解する。

今、ヤクルスが吻を突き刺している相手は。

ヤクルスの身体を灼き尽くしているこの少年は。





竜騎士ドラグーンという範疇を超えた。

───────別の化け物だというその事実に。



「待って!!待っで下さいお願いです!!どうか、助けて下さい!!

まだ俺は死にだぐ無い!!」


ようやく詰みだと悟ったヤクルスは掌を返すかの如く命乞いを始めた。

先程まで放っていた殺気は完全に消え失せ、弱気になって辰善は顔色を伺っている。


「死にたく無い、か…。




きっと潮だってそう思っていた筈だ。お前はそれを踏み躙った。」


「ああ…ああああ……!!あ……いや!!いや!!いや……!!


あああああああああああああああああ熱いいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


ヤクルスは喘ぎ、叫ぶ。

辰善の右掌に込めた雷に悶え苦しむ。

口から血や嗚咽、煙やその他諸々の情けなさを吐き出しながら苦しみ続けていた。


そんな仇が苦しむ様を見て、辰善は歓喜も幸福も感じない。

憎悪も憐憫すらも感じる事は無かった。



ただ。

感じる事は。

たった1つだけ。





“────────────この化け物は死んで当然の事をした!!”















一気に力を籠める。藍色の雷が耀く。


ヤクルスの身体が爆ぜた。

爆ぜたヤクルスの身体は火に包まれ、塵になっていく。

血飛沫や脳漿が舞い散らかり、辰善がそれを一身に浴びるも。

雷に触れると、すぐさま蒸発していく。







あれだけ憎しみを抱いていたヤクルスは、この世からあっさりと消え失せた。


そこに勝利の達成感は無く。

復讐を果たした高揚感も無い。




ならば、この手は何を成し遂げたのだろうか。




疑問に思って、ヤクルスの血飛沫で塗れた右掌を見る。

藍色の雷が消え失せた右掌から朱鱗が剥がれていき。

みるみる内に人間本来の掌へと戻っていく過程を知覚したその時。


「あ、れ…?」


ふと、目眩を感じた。

少し横にフラついた後、仰向きに倒れる。 


夜の帳を彩る満天の星と心配そうに呼びかける新儺を見上げながら、辰善の意識は黒く沈んでいった。

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